―羊の皮を被った狼を暴く―くちのがん「孔道癌」の遺伝子異常を解明

2026年6月9日 公開

早期診断・早期治療に期待

ポイント

  • 非常にまれな口のがんである「孔道癌(こうどうがん)」の症例を調査した結果、遺伝子異常とそれに起因するがん細胞の特徴の一端を解明。
  • 孔道癌は悪性のがんにもかかわらず、正常の上皮細胞と似たおとなしい見た目(悪そうに見えにくい)であることから、診断が非常に難しく、治療が遅れることがある。
  • 孔道癌の87.5%で病的な遺伝子異常が見つかり、特徴的な「遺伝子のパターン」がある事が明らかとなり、この異常が「おとなしい見た目」につながっている可能性があるという知見を得た。
  • 孔道癌をより正確に、より早く診断し、早期治療へとつながることに期待。

概要

東京科学大学 医歯学総合研究科口腔病理学分野の布川裕規助教と同 石丸直澄教授は、岡山大学 学術研究院医歯薬学域の小野早和子助教・山元英崇教授、大阪大学 大学院歯学研究科の廣瀬勝俊助教・豊澤悟教授らとの共同研究グループで、口の中に発生する扁平上皮癌の特殊亜型である「孔道癌[用語1]」の遺伝子プロファイルを世界で初めて明らかにしました。また、その遺伝子異常が、低い増殖活性などのがん細胞の特徴へとつながっている可能性を見出しました(図1)。

図1. 顕微鏡で見た孔道癌の写真(左)とがんの特徴(右)

孔道癌は、「正常の上皮細胞」と似たおとなしい見た目(顕微鏡像)であり、「がん」と診断することが非常に難しい病気です。病気の見逃しや間違った診断が起こることが多く、診断の遅れは病気の拡大や死亡率の増加などの患者さんの不利益へと繋がっていきます。一方で、孔道癌は発生頻度が非常に低いため、症例の集積が難しく、これまで孔道癌の分子病理学的特徴[用語2]についてはほとんどわかっていませんでした。

今回、研究グループは、口の中にできた扁平上皮癌[用語3]2002例の中から、孔道癌症例を集めました。そして、次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析技術により、孔道癌の87.5%で病的な遺伝子異常を同定しました。また、一般的な扁平上皮癌とは異なる特徴的な遺伝子プロファイルを持っていることを明らかとしました。さらに、遺伝子異常と関連して、孔道癌ではがん細胞の増殖活性が低いという特徴を明らかにしました。

本研究成果は、遺伝子プロファイルを明らかにしたことから、孔道癌の正確かつ迅速な診断と早期治療に役立つことが期待されます。また、分子標的薬[用語4]という新たな治療選択肢が広がることや、孔道癌の生物学的動態の解明にもつながる重要な知見となることが期待できます。

本研究成果は、北米頭頸部病理学会公式科学誌「Head and Neck Pathology 」に、2026年5月25日(月)(日本時間)に公開されました。

背景

扁平上皮癌は、口の中(口腔)で最も発生頻度が高い悪性腫瘍で、患者数は年々増加しています。治療の遅れは、食べることや話すことに支障をきたし、生活の質が低下するだけではなく、死亡率が上がることがあります。

そのため、早期発見・早期治療が重要となっていますが、孔道癌は、扁平上皮癌全体の0.7-2.7%程度と非常にまれなため、がん細胞の特徴はこれまでほとんど分かっていませんでした。また、顕微鏡でみる細胞の見た目が正常の上皮細胞と同じように見えるため、「がん」と診断することが非常に難しく、診断や治療に遅れが生じているのが現状です。

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研究成果

研究グループは、口の中にできた扁平上皮癌2002例の中から、孔道癌とその類似症例を23例集めました。そして、次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析技術と免疫組織化学染色により、孔道癌の病態について包括的な検討を行った結果、以下の重要な知見を得ました。

  1. 87.5%の症例で、病気に関わる遺伝子に異常が検出されました。
  2. FAT1NOTCH1PIK3CACASP8 などの遺伝子に異常が見つかる割合が高く、孔道癌には特徴的な遺伝子プロファイルがあることが明らかとなりました。
  3. 一般的な扁平上皮癌で検出される TP53CDKN2A の遺伝子の異常の割合が低いことが、低い増殖活性やおとなしい見た目などの孔道癌の特徴へとつながっている可能性が示唆されました。

社会的インパクト

孔道癌は、診断を専門とする病理医(または口腔病理医)であっても、がんと診断することが非常に難しい病気です。病気を見逃すことや間違った診断が起こりやすく、「異常所見なし」と判断され経過観察となることもあります。診断の遅れは病気の拡大や死亡率の増加などの患者の不利益へと繋がっていきます。

今後の展開

詳細な遺伝子プロファイルを明らかとした本研究成果は、正確で迅速な病理診断、ひいては早期治療へとつながることが期待されます。また、孔道癌で高頻度に認められる PIK3CA などの遺伝子異常は、新たな治療選択肢として分子標的薬の有効性が期待できることを示しています。さらに、孔道癌の生物学的動態の解明にもつながる重要な知見となることが期待できます。

用語説明

[用語1]
孔道癌(こうどうがん):扁平上皮癌の非常にまれな亜型で、細胞の異型が目立ちにくいことを特徴する。おとなしい見た目の一方で、うさぎの巣穴のようにトンネル状に周囲組織へ入り込み、破壊しながら浸潤・進展する。
[用語2]
分子病理学的特徴:顕微鏡で見た細胞や組織の形(見た目)だけでなく、遺伝子やタンパク質など分子レベルの変化から分かる、その病気に特有の性質(特徴)。
[用語3]
扁平上皮癌:体の表面や口のなかなどを覆っている重層扁平上皮から発生するがん(悪性腫瘍)。
[用語4]
分子標的薬:病気の原因となる特定の分子(遺伝子や蛋白質)にだけ作用するように設計された薬で、がんを含む様々な疾患の治療に用いられている。

論文情報

掲載誌:
Head and Neck Pathology
タイトル:
Genetic Landscape of Oral Carcinoma Cuniculatum and Its Histological Mimics
著者:
Sawako Ono, Yuki Fukawa, Katsutoshi Hirose, Yumiko Hori, Daisuke Motooka, Hiroyuki Harada, Eiichi Morii, Satoru Toyosawa, Naozumi Ishimaru and Hidetaka Yamamoto

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