材料を砕いて、ウイルスをつかむ力を引き出す

2026年10月9日 公開

ボールミリングでマンガン系複合酸化物の表面を変え、抗ウイルス性能を向上

どんな研究?

新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに、感染症のリスクを減らすさまざまな技術が注目されてきました。その1つが、材料そのものにウイルスの働きを抑える機能を持たせる抗ウイルス材料です。

これまでに、ドアノブや手すりなどに使える抗ウイルス材料として、銀や銅、光触媒などが研究されてきました。しかし、銀や銅はコストや変色、性能低下が課題となることがあり、光触媒は光が届かない場所では十分に働きません。

東京科学大学(Science Tokyo)の中島章(なかじま・あきら)教授らの研究チームは、これまで、暗い場所でも働く無機材料を研究し、ランタンやイットリウムなどのレアアース(希土類元素)と銅を組み合わせた強さと長持ちを両立する抗ウイルス材料などの開発を進めてきました。

Hui L/Shutterstock.com

ところが、レアアースは産出地域が偏っており、安定供給の面で課題があります。そこで、レアアースへの依存を減らすため、マンガンと亜鉛や銅などを組み合わせた複合酸化物に注目しました。さらに研究チームは、元素の組み合わせだけでなく、材料の表面そのものを変えることにも着目しました。無機材料では、機械的な力を加えることで、表面積や結晶の状態、構成元素の化学的な状態が変わり、触媒としての働きが高まることが知られています。このように、機械的な力によって材料の構造や化学的な性質を変える手法を、メカノケミカル処理と呼びます。しかし、このような処理が抗ウイルス性能にどう影響するかは、十分に分かっていませんでした。

そこで研究チームは、メカノケミカル処理の一つであるボールミリングを試しました。ボールミリングとは、容器の中で硬い球と材料を一緒に回し、衝突や摩擦で粉を細かくする方法です。今回は、複合酸化物をエタノール中でボールミリングし、抗ウイルス性能がどのように変わるかを調べました。

ここが重要

研究チームは、ボールミリングの前後で、複数のマンガン系複合酸化物の抗ウイルス活性を比較しました。すると、すべての材料で処理後に抗ウイルス活性が高まっていることが確認できました。ただし、その程度は材料によって異なりました。中でも銅とマンガンからなる複合酸化物(CuMn₂O₄)が最も高い性能を示しました。一方で、ビスマスとマンガンの複合酸化物(BiMn₂O₅)は、ミリング後に表面積が増え、有機物を酸化分解する力も高まりましたが、抗ウイルス活性は他の材料ほど高くありませんでした。こうした違いから、研究チームは、粒が細かくなって表面積が増えたことだけが、性能向上の原因ではないと考えました。

ミリング後の材料を詳しく調べると、亜鉛とマンガンの複合酸化物(ZnMn₂O₄)やCuMn₂O₄では、材料表面から一部の酸素が抜けることで、ルイス酸点と呼ばれる、ウイルス表面の分子と結びつきやすい部分が増えていました。研究チームは、ルイス酸点がウイルス表面のタンパク質などと結びついてウイルスを材料表面に固定し、その近くでマンガンによる酸化反応が進むことで、ウイルスを覆う膜などを傷つけると考えました。

一方、ミリング後のBiMn₂O₅では、酸化分解する力は高くてもルイス酸点が形成されませんでした。つまり、ウイルスを壊す力はあるものの、表面にしっかりと固定する力が弱いため、抗ウイルス活性が他の材料より低かったと考えられます。

今後の展望

今回の成果は、元素の組み合わせだけでなく、加工によって材料表面の働きを高められることを示しています。今後、ウイルスを固定する力と、酸化して壊す力の最適な組み合わせが分かれば、暗い場所でも働き、レアアースへの依存を抑えた抗ウイルス材料の設計につながる可能性があります。今回は、エンベロープウイルスのモデルであるバクテリオファージφ6を用いて評価しているため、今後は他のウイルスでも効果を検証する必要があります

研究者のひとこと

マンガンの複合酸化物を合成して最初に抗ウイルス活性を測定したときは、期待したほどの活性が得られず、「この研究はうまくいかなかったかな」と思いました。ところが、この研究を担当した修士学生の宮崎孝太郎君が、試料をエタノール中で粉砕することで、抗ウイルス活性が劇的に向上することを見いだし、今回の成果につながりました。この研究を通して、私たちが自然の理について知っていることは、ほんの一部にすぎないことを改めて実感しました。予想外の現象の中にこそ、未知の発見が潜んでいる―そんなことを教えてくれた研究でした。
(中島章:東京科学大学 物質理工学院 材料系 教授)

中島章教授
研究を担当した宮崎孝太郎さん

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