がん免疫療法、なぜ効かなくなる?治療に抵抗する“悪玉サブクローン”の正体を解明

2025年9月1日 公開

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 M&Dデータ科学センター AI・ビッグデータ研究部門 AI技術開発分野の鎌谷高志講師、慶應義塾大学 医学部 泌尿器科学教室の梅田浩太共同研究員、田中伸之専任講師、大家基嗣教授と東京大学 大学院理学系研究科の角田達彦教授(兼 同大学 新領域創成科学研究科 教授)らの研究グループは、転移性尿路上皮がんが免疫チェックポイント阻害薬に対する耐性を獲得するメカニズムとして、がん細胞の生存過程でがん原性の遺伝子変異が繰り返し生じ、多種の悪性サブクローンが生まれて、免疫チェックポイント阻害薬では克服できない免疫抑制環境を作り出していることを明らかにしました

本研究では、転移が生じた(転移性)尿路上皮がんの剖検例において、腫瘍部位間での抗PD-1療法に対する反応の違いに着目して、多領域の腫瘍オミクス解析を行い、一部のサブクローン(悪性サブクローン)が治療中にがん悪化の原因となる固有の遺伝子変異を起こしていることを明らかにしました。さらに、空間トランスクリプトミクス[用語1]単一細胞解析[用語2]により、悪性サブクローンは、その生息環境と一致し、固有の免疫抑制環境を形成していることも明らかになりました。

近年、腫瘍内部に悪性サブクローンが共存することが予後不良に関連する、すなわち一部の悪性度が高いサブクローンが腫瘍全体の挙動に影響を与えるという 「悪いリンゴ, bad apple」概念が注目を集めています。本研究によって得られる知見は、免疫チェックポイント阻害薬の効果を高めるためのサブクローン標的戦略や免疫微小環境の改変等、将来のがん免疫治療の開発につながることが期待されます。

研究成果は、2025年8月27日(英国夏時間)に英国科学誌Nature Communicationsのオンライン版に掲載されました。

背景と概要

転移性尿路上皮がんでは、抗PD-1抗体ペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ)が2017年に承認されて以降、免疫チェックポイント阻害薬によるがん免疫療法が標準治療となりました。しかし、免疫チェックポイント阻害薬が無効な症例や耐性を獲得する症例が後を絶たず、このような症例の克服が臨床上の課題となっています。

近年の技術の進歩により、がんの遺伝子異常の解析が進み、腫瘍内には遺伝子の一部が変異したクローンが何種類も不均一に存在することが明らかになり、一つの腫瘍といってもこの各クローンから増殖が起こる(多クローン性増殖)ことがわかってきました。しかし、がん免疫療法中に生じる多クローン性増殖の原理や腫瘍周囲に存在する様々な組織や細胞で成り立つ微小環境への影響はほとんど知られておらず、免疫チェックポイント阻害薬が無効になったり、耐性が生じたりする理由は依然として解明できていません。

本研究で我々は、転移性尿路上皮がんが免疫チェックポイント阻害薬に対する耐性を獲得するメカニズムとして、がん細胞の生存過程でがん原性の遺伝子変異が繰り返し生じ、多種の悪性サブクローンが生まれて、免疫チェックポイント阻害薬では克服できない免疫抑制環境を作り出していることを明らかにしました。

研究成果と意義・今後の展開

本研究は、転移性尿路上皮がんの病理解剖例において、腫瘍部位間で抗PD-1療法に対する反応の違いを研究対象としました。原発巣と転移巣合わせて8部位の評価病変うち、原発巣や傍大動脈リンパ節の転移巣の一部、頸部リンパ節の転移巣には免疫療法の効果がみられたものの、腫瘍辺縁や肺、傍大動脈リンパ節の転移巣の一部、後腹膜リンパ節の転移巣には効果がみられませんでした。そこで我々は、これら8部位を対象に、各部位の全ゲノムシーケンス[用語3]を行い、さらに8部位に対して図1に示す合計58箇所の評価点を設定して多領域全エクソームシーケンス[用語4]RNAシーケンス[用語5]を行いました。

図1

全ゲノムシーケンスの結果、同一患者内で8部位の腫瘍にはそれぞれパターンの異なる遺伝子変異が見られました。全エクソームシーケンスを行うと、多くの変異のパターンは臓器内・臓器間を問わず一致していましたが、一部の変異のパターンは同一臓器内でも異なっていました(図2)。多くの遺伝子変異は部位と部位の間で共通するものの、部位ごとに特異的な変異やコピー数の多型、構造異常、活性化された生物学的経路も存在することが示唆されました。この検討から、同じ臓器内でも異なる場所で異なる表現型が誘導される可能性があることが明らかになりました。

図2.各列は各検体を表し、検体は由来する部位別にまとめて示した

全エクソームシーケンスのゲノムデータから、腫瘍空間に存在するクローン集団の構造を推測できるツール:パイクローンを用いて多クローン性増殖の詳細を調べた結果、19のサブクローンが同定されました。特定のサブクローンの存在が、臓器間の免疫チェックポイント阻害薬感受性に影響を与える可能性を考慮し、19全てのサブクローンの組織内分布を調べたところ、2つのサブクローン(#12と#14)が、免疫チェックポイント阻害薬の効果がみられなかった部位に多く存在することが分かり、悪性クローンと考えられました。

次に、空間トランスクリプトミクスや単一細胞解析を行いました。サブクローン#12と#14が生息する部位を対象に解析を行い、サブクローン#12・#14のマッピングを行いました。まず、悪性サブクローンに特徴的なマーカー遺伝子を定義し、空間トランスクリプトームデータを組み合わせることで、サブクローン#12・#14に対応する、空間トランスクリプトミクス上の細胞集団を同定しました(サブクローン#12:Visiumクラスター10、サブクローン#14:Visiumクラスター13/14)。続いて、空間トランスクリプトミクス上で、サブクローン#12・#14に対応する領域の免疫環境を調べたところ(図3)、サブクローン#12がみられた箇所では、細胞障害性T細胞とともに悪性なM2マクロファージの浸潤が確認されました。一方、サブクローン#14がみられた箇所では、細胞障害性T細胞の疲弊が特徴的であり、免疫の抑制がコントロールされていないことが示唆されました。

図3.各Visiumクラスターにおける免疫を担う細胞との関連

また、遺伝子発現解析により、細胞表現型が2つの悪性サブクローン間で顕著に異なり、サブクローン#12はがん幹細胞性の特徴を示し、サブクローン#14は細胞増殖能の亢進を示すことが明らかとなりました。これらの結果は、シングルセルRNAシーケンスデータでも確認され、空間トランスクリプトミクスから得られた悪性サブクローンの特徴がより明確化されました。以上から、悪性サブクローン#12と#14は、単一細胞レベルでも異なるがんプロファイルを持ちつつ同一患者内で共存し、固有の免疫抑制環境を形成していることがわかりました(図4)。

図4

本研究で、免疫チェックポイント阻害薬に対する耐性を獲得するメカニズムとして、がん細胞の生存過程でがん原性の遺伝子変異が繰り返し生じ、一人の患者の中に異なる性格の悪性サブクローンを生み出し、既存の免疫治療では克服できない免疫抑制環境を作り出していることが示されました。近年、腫瘍内部に悪性サブクローンが共存することが予後不良に関連する、すなわち一部の悪性度が高いサブクローンが腫瘍全体の挙動に影響を与えるという 「悪いリンゴ, bad apple」概念が注目を集めています。

本研究によって得られる知見が、免疫チェックポイント阻害薬の効果を高めるためのサブクローン標的戦略や免疫微小環境の改変等、将来のがん免疫治療の開発につながることが期待されます。

特記事項

本研究は、JSPS科研費:20H03240, 20K16408, 21K19414, 22H03217, 22K15576, 23K08724, 23K24476, 24H00649, 24K21301, 25K02261、JST -ムーンショット型研究開発事業ムーンショット目標1:JPMJMS2217-4-3、JST-CREST:JPMJCR2231、高松宮妃癌研究基金、公益財団法人安田記念医学財団、公益財団法人武田科学振興財団、慶應義塾学事振興資金の支援によって行われました。

用語説明

[用語1]
空間トランスクリプトミクス:組織内の遺伝子発現を空間的情報と組み合わせて解析すること
[用語2]
単一細胞解析:細胞をまとまった集団として解析するのではなく、単離した1つの細胞ごとに独立したデータを取得して解析すること
[用語3]
全ゲノムシーケンス:ゲノムを構成するDNAの全ての塩基配列を解読すること
[用語4]
全エクソームシーケンス:ゲノムのうちエクソームと呼ばれるタンパク質に翻訳される領域の塩基配列を解読すること
[用語5]
RNAシーケンス: 次世代シーケンサーを用いてメッセンジャーRNAやlincRNAといった全RNAの発現量を計測すること

論文情報

掲載誌:
Nature Communications(オンライン)
タイトル:
Clonal diversity shapes the tumour microenvironment leading to distinct immunotherapy responses in metastatic urothelial carcinoma
タイトル和訳:
クローン多様性が腫瘍微小環境を形成し、尿路上皮がんの免疫療法に異なる反応をもたらす
著者:
鎌谷高志、梅田浩太、岩澤智裕、宮冬樹、松本一宏、三上修治、原健祐、下田将之、鈴木穣、西野穣、加藤護、垣見和宏、田中伸之、大家基嗣、角田達彦

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