顎関節の成長と生涯にわたる構造維持を支える仕組みを解明
神経栄養因子受容体p75NTRが軟骨細胞の生存・分化と力学的負荷への適応を制御
ポイント
- 神経栄養因子受容体p75NTRが、顎関節の成長と生涯にわたる構造の維持に重要な役割を果たすことを明らかにしました。
- p75NTRを欠失させたマウスでは、顎関節の低形成や加齢に伴う変性が生じるとともに、力学的負荷に対する顎関節の適応能力が低下することを明らかにしました。
- 神経栄養因子BDNFがp75NTRを介してAktやp38のシグナルを活性化し、軟骨細胞の生存や分化を促進することを明らかにしました。
- ヒトの変形した顎関節ではp75NTRの遺伝子発現が低下しており、p75NTRが顎関節症の新たな治療標的となる可能性が示されました。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 顎顔面矯正学分野の門田千穂助教、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のクリスティーン・ホン(Christine Hong)教授、オフィアー・クレイン(Ophir Klein)教授らの研究チームは、各種モデルマウスやヒトサンプルを用いた研究により、顎関節の成長・発育と生涯にわたる恒常性の維持に、軟骨細胞に存在する神経栄養因子受容体p75NTR[用語1]が重要な役割を果たすことを見いだしました。
さらに、その背景にあるメカニズムとして、神経栄養因子BDNFがp75NTRに作用し、その下流のシグナル因子であるAktやp38のリン酸化を促進することで、軟骨細胞の生存や分化を促進するとともに、細胞死を抑制することを明らかにしました。
本研究は、東京科学大学、カリフォルニア大学サンフランシスコ校、シダーズ・サイナイ・ゲリン小児病院、ジョンズ・ホプキンス大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、ネブラスカ大学、ワシントン大学による共同研究として実施されました。
本成果は、10月21日付(米国東部時間14時)の国際学術誌「Science Advances」に掲載されました。
背景
顎関節は、下顎頭と関節窩などの硬組織と、関節円板、筋肉、靭帯などの軟組織からなり、食事、発音、嚥下などで顎が動く際に、筋肉とともにその運動を司る重要な器官です(図1)。良好なかみ合わせや顎の機能を獲得するためには、下顎骨が適切に成長することが重要であり、その主な成長の場が顎関節であることが分かっています。
顎関節は、顎の運動に伴って圧縮力やせん断力を受ける、力学的負荷の高い組織です。軟骨細胞がこれらの刺激を感知し、細胞の増殖・分化や細胞外基質の産生を調節することで、顎関節の形態と機能が維持されています。適度な力学的刺激は軟骨の恒常性維持や適応を促す一方、過剰または異常な負荷は炎症や基質分解を誘導し、顎関節の変性につながることが知られています。このように、顎関節は力学的刺激を受けながら、胎生期から生涯にわたって成長・発達・成熟していきます。
一方、顎関節症に代表されるように、いったん顎関節に障害が生じると、痛みや関節雑音、機能異常などを引き起こし、患者の生活の質を低下させることがあります。重篤な場合には顎関節の変形を伴い、かみ合わせや顔面形態に変化を生じることもあります。
顎関節の成長や障害発生のメカニズム、さらに成長制御や治癒機転については、これまで多くの研究が行われてきました。しかし、画期的な治療法の開発につながる知見は、いまだ十分に得られていないのが現状です。
そこで本研究チームは、神経栄養因子受容体p75NTRという分子に着目しました。これまでに本研究チームは、長管骨の骨量制御や頭蓋骨の成長にp75NTRが重要な役割を果たすことを明らかにしてきました[参考文献1、2]。一方、下顎骨や顎関節におけるp75NTRの機能については未解明な点が多く残されています。そこで本研究ではp75NTRノックアウトマウスやヒトサンプルなどを用いて、顎関節におけるp75NTRの役割を解析しました。
研究成果
マイクロCT解析および組織学的解析により、p75NTRをノックアウトしたマウス(p75-/-)では、顎関節の低形成や、成長終了後の加齢に伴う変性の進行が認められました。同様の表現型は、Prx1-creERT2[用語2]による間葉前駆細胞特異的p75NTRノックアウトマウスでも、Aggrecan-cre ERT2[用語3]による軟骨細胞特異的p75NTRノックアウトマウス(p75Acan)でも認められました。これらの結果から、軟骨細胞におけるp75NTRの存在が、正常な顎関節構造の維持に重要であることが分かりました。
さらに、顎関節への力学的負荷モデルでは、コントロールマウスにおいて、力学的負荷に応答した軟骨層の肥大と軟骨細胞マーカーの発現レベルの増加が認められました。一方、p75-/-およびp75Acanでは、このような軟骨層の反応性肥大は認められませんでした。これらの結果から、p75NTRは定常状態における顎関節の構造を制御するだけでなく、軟骨細胞の力学的負荷に対する応答にも関与していることが示唆されました。
シングルセル解析では、p75-/-の顎関節において、軟骨細胞の割合の減少と炎症性細胞の増加が認められました。また、パスウェイ解析により、BDNFシグナル経路が抑制されている可能性が示唆されました。さらに、ウエスタンブロット解析により、BDNF-P75NTR軸の下流では、Aktやp38を介してシグナルが伝達されていることが分かりました。
機能解析として、骨髄由来間質細胞を軟骨細胞へ分化させた実験では、BDNFの添加によって軟骨細胞への分化や細胞増殖が促進されました。一方、p75-/-から採取した細胞では、軟骨細胞への分化が認められず、細胞死が増加していました。また、BDNFを添加しても分化は促進されませんでした。
さらに、ヒト顎関節サンプルの解析では、変形を生じた顎関節において、健常な顎関節と比較してp75NTRの遺伝子発現レベルが低下していました。
これらの成果から、BDNF-p75NTR軸がPI3K-AktやMAPK-p38パスウェイを介して、軟骨細胞の生存や分化、力学的負荷に対する応答に関与し、生涯にわたる顎関節構造の維持に重要な役割を果たしていることが明らかになりました(図2)。今後、さらなる研究を進めることで、顎関節の成長制御や顎関節症の新たな治療法の開発につながることが期待されます。
社会的インパクト
本研究では、マウスとヒトサンプルを用いた解析により、種を超えてp75NTRが顎関節の恒常性維持に重要な役割を果たすことが示され、臨床的にも意義のある知見が得られました。本研究で得られた成果は、顎関節の成長や障害発生のメカニズム、さらに成長制御や治癒機転を理解する上で重要な知見であり、今後、p75NTRが新たな治療標的となる可能性があります。
また、本研究成果は、顎関節に限らず、全身の軟骨や関節組織においてもp75NTRが同様の役割を担っている可能性を示唆するものであり、歯科矯正学のみならず、整形外科学や骨・軟骨代謝学など、幅広い分野への波及効果も期待されます。
付記
本研究は、米国国立衛生研究所(NIH)傘下の米国国立関節炎・筋骨格・皮膚疾患研究所(NIAMS:R01AR077761)および米国国立歯科・頭蓋顔面研究所(NIDCR:R01DE035743)の支援を受けて実施されました。
参考文献
- [参考文献1]
- Kadota-Watanabe C et al., p75NTR regulates postnatal skeletal development via NGF-responsive JNK signaling. Bone Reports. Vol 26. 2025.
- [参考文献2]
- Zhao B et al., p75 Neurotrophin Receptor Regulates Craniofacial Growth and Morphology in Postnatal Development. Front. Cell Dev. Biol. 2025. Sec. Molecular and Cellular Pathology. Vol 13. 2025.
用語説明
- [用語1]
- p75NTR:低親和性神経栄養因子受容体の一つで、NGFRとも呼ばれる。NGF、BDNF、NT-3、NT-4などの神経栄養因子が結合することで下流のシグナルが活性化され、細胞の生存や分化などを制御することが知られている。
- [用語2]
- Prx1-creERT2:Prx1を発現する間葉系細胞を、タモキシフェンの投与によって選択的に標識したり、特定の遺伝子を操作したりすることができる遺伝子改変マウス。本研究では、Prx1陽性細胞における遺伝子の働きを調べるために用いた。
- [用語3]
- Aggrecan-cre ERT2:軟骨の主要な細胞外基質成分であるAggrecanを発現する軟骨細胞を、タモキシフェンの投与によって選択的に標識したり、特定の遺伝子を操作したりすることができる遺伝子改変マウス。本研究では、軟骨細胞における遺伝子の働きを調べるために用いた。
論文情報
- 掲載誌:
- Science Advances
- タイトル:
- p75NTR orchestrates chondrogenesis and mechanoadaptation to preserve temporomandibular joint development and homeostasis
- 著者:
- Chiho Kadota-Watanabe, Jinsook Suh, Eric Yin, Byron Zhao, Jey Kim, Yan Zhang, In-Won Chang, Sowmya Ramesh, Yuna Lee, Joshua Chen, Maulik Ahuja, Sara Jahangiri, Isabelle Lao-Ngo, Ursula Eisinger, Kate Lindsey, Haihui Zhang, Fatemeh Momen-Heravi, Juan Du, James M. Gardner, Rebeka Silva, Sumit Yadav, Chelsea S Bahney, Aaron W James, Reuben H. Kim, Ophir D Klein, Christine Hong.
研究者プロフィール
門田 千穂 Chiho Kadota-Watanabe
東京科学大学 医歯学総合研究科 顎顔面矯正学分野 助教
研究分野:矯正・小児系歯学、骨軟骨代謝、顎関節症、顎変形症、先天異常