ポイント
- 巨視的には対称な結晶構造でありながら「バルク光起電力効果」を示す物質を発見
- 温度上昇で増強する光電応答の新しいメカニズムとして、熱による原子の「揺らぎ(動的な局所対称性の破れ)」を提唱
- 原子の動的揺らぎ(ノイズ)をあえて利用する、新しい光機能材料の設計・創出へ
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 材料系の村田陵河大学院生(研究当時)と総合研究院 フロンティア材料研究所/自律システム材料学研究センターの笹川崇男准教授は、結晶中で原子が動的に揺らぐ物質において従来の常識を覆す光電変換効果を発見し、新しいメカニズムと物質設計指針を示すことに成功しました。
光を当てるだけで外部から電圧をかけずに電流が取り出せる「バルク光起電力効果(Bulk Photovoltaic Effect: BPVE)[用語1]」は、従来の太陽電池の効率限界を超える可能性を持つ新しい光電変換現象として注目されています。この効果はこれまで、結晶構造に「反転対称性[用語2]」がない(非対称な)物質でしか発現しないと考えられてきました。この常識に反する物質として、本研究ではCuCrP2S6(CCPS)を見いだしました。
CCPSは、低温では反転対称性を持たない結晶構造を示すのに対し、室温では結晶全体の平均構造が対称な構造へと変化します。したがって従来の理論では、室温で光電流は消滅するはずでした。しかし実験の結果、室温でも低温相と同様に明瞭な光電流が発生し、その大きさは温度上昇とともに約1.5倍に増強されることも判明しました。
この現象の鍵となるのが、結晶中の銅(Cu)原子の「揺らぎ」です。室温ではCu原子が一つの位置に固定されず、結晶中で複数の位置の間を熱によって激しく移動しています。そのため、時間や空間で平均した結晶全体の構造は対称であっても、光が物質に作用するフェムト秒(1000兆分の1秒)オーダーの瞬間においては、局所的に反転対称性が破れた状態が作り出されていると考えられます。
本研究は、「原子を規則正しく固定する」という従来の材料開発とは逆発想の、「原子の瞬間的な動きを積極的に利用して光電変換を強める」という全く新しい物質設計の可能性を示すものであり、次世代の太陽電池材料開発につながることが期待されます。
本成果は、「Advanced Functional Materials」誌のオンライン版に8月9日付で先行公開されました。
背景
太陽電池をはじめとする光電変換技術では、光エネルギーを効率よく電気エネルギーへ変換する新しい材料の開発が求められています。一般的な太陽電池では、性質の異なる半導体を接合したpn接合をはじめとしたデバイス構造の非対称性を利用し、内部の電場によって光で生じた電子を移動させています。一方で、物質そのものが持つ結晶構造の非対称性を利用し、外部電圧やpn接合なしに光から電流を生み出す「バルク光起電効果(Bulk Photovoltaic Effect: BPVE)」が知られています。pn接合では個々の半導体材料に固有な性質で起電力の上限が決まるのに対し、BPVEではその限界を超えることができるため、次世代の光電変換技術として期待されています。
BPVEの発現には、結晶構造の「反転対称性の欠如(非対称性)」が不可欠であるとされてきました。また、これまでの研究は主に原子が完全に静止した「静的な結晶構造」を前提として議論されてきました。一方で、温度が上がると物質中の原子が熱によって大きく動的に振動・移動する(揺らぐ)場合があります。しかし、このような原子の動的な「揺らぎ」が光電変換にどのような影響を与えるかは未解明のままでした。
研究成果
本研究では、層状のvan der Waals(ファンデルワールス)結晶[用語3]である化合物CuCrP2S6(CCPS)に着目しました。CCPSは銅・クロム・リン・硫黄で構成され、温度によって結晶構造が変化する特徴を持ちます。約150 K以下の低温では反転対称性を持たない構造ですが、温度を上げると、室温では結晶全体としては反転対称性を持つ構造へと移行します。このため、温度変化に伴う結晶構造の対称性とBPVE特性とを詳細に検証できる物質として、CCPSが適していると考えました。
本研究では、CCPS単結晶に光を照射し、外部電圧をかけない状態で発生する光電流を測定しました。その結果、低温の非対称相では、結晶の対称性のないa軸方向にのみ明瞭な光電流が観測されました。室温まで温度を上昇させると、結晶構造の平均的な対称性が高まり対称相になるにもかかわらず、a軸方向の光電流は消滅せずに維持されることが分かりました。
さらに注目すべきことに、一般的な太陽電池では温度が上昇すると発電効率や出力は低下しますが、本物質では温度上昇に伴って光電流は増加しました。室温では低温の非対称相と比較して光電流は約1.5倍に達しました(図1)。
さらに、電極材料や照射光の強度・偏光方向・波長などに対する依存性を詳細に調べた結果、この光電流はトポロジカルな電子構造に起因して発生するシフト電流[用語4]であることが示唆されました。
この「対称な結晶でも光電流が発生し、更に温度が上がるほど光電流が強くなる」という一見矛盾した現象を説明する鍵が、Cu原子の熱運動による動的な揺らぎです。室温の対称相では、Cu原子は一つの位置に静止しているのではなく、熱によって複数の位置の間を移動しています(図2)。X線回折などの通常の構造解析で観測されるのは「時間・空間的に平均化された対称な構造」ですが、光電流の要因となる光励起(電子が光を吸収するプロセス)は100フェムト秒以下の極めて短い時間で完了するため、電子は原子の瞬間的な偏りを感知します。
このような動的な局所対称性の破れによって、室温における巨視的には対称な結晶であっても効率的なシフト電流の発生が観測され、さらに温度上昇に伴ってCu原子の動きが活発になるほど、この応答が増強されるものと考えられます。
社会的インパクト
本研究は、「原子を整列・固定化して性能を高める」という従来の固体材料開発の常識を覆し、「原子の動的な揺らぎ(熱運動)を機能として積極的に活用する」という新しい材料設計指針を提示するものです。これまで「反転対称性があるから光起電力は出ない」として見過ごされてきた数多くの物質群に、光機能材料としての新たな可能性を拓くものです。
今後の展開
今後は、超高速時間分解分光や構造解析、理論計算などが連携した研究によって、Cu原子の動的な揺らぎと光電流発生メカニズムのミクロな相関がより詳細に解明されることに期待します。また、CCPSで見いだされた「動的な対称性の破れによる光電変換」という考え方を、他のファンデルワールス結晶やイオンが動きやすい物質へと展開していくことで、室温でさらに巨大なバルク光起電力効果を示す新物質の探索を目指します。原子の動きを「ノイズ」ではなく「機能」として捉えることで、これまでにない光電変換材料の創出が期待されます。
付記
本研究はJSPS科学研究費助成事業(JP21H04652、JP21K18181、JP21H05236)、JST SPRING(JPMJSP2106、JPMJSP2180)、JST CREST (JPMJCR20B4)の助成の下で実施されました。
用語説明
- [用語1]
- バルク光起電力効果(Bulk Photovoltaic Effect: BPVE):pn接合を必要とせず、物質そのものが持つ結晶構造の非対称性によって、光を照射するだけで外部電圧を加えなくても直接電流が発生する現象。従来の太陽電池とは異なる原理に基づく光電変換として注目されている。特に、従来のpn接合型太陽電池の理論的効率限界であるショックレー・クワイサー限界を超える光電変換への応用可能性も議論されている。
- [用語2]
- 反転対称性:結晶格子の中心点を基準として、全ての原子の位置を点対称に反転させたとき、元の原子配置と完全に重なり合う性質のこと。反転対称性を持つ結晶では、反転によって互いに対応する方向からの寄与が打ち消しあうため、バルク光起電力(シフト電流)は原理的にゼロになるとされていた。
- [用語3]
- van der Waals(ファンデルワールス)結晶:原子が強固な化学結合で結びついた2次元的な層状構造が、層と層の間に働く弱いファンデルワールス力によって積み重なった結晶。グラフェンや本研究で扱ったCuCrP2S6などが該当し、層間の自由度や強い異方性を利用した新しい物性・機能の開拓が世界的に活発に進められている。
- [用語4]
- シフト電流:バルク光起電力効果を生じる主要な微視的メカニズムの一つ。光を吸収して電子がある量子状態から別の状態へ遷移する際、電子の波動関数の中心(位置)が実空間上で一定量「シフト」することによって生じる直流電流。通常の光電流のように、光で生成されたキャリアが長距離を移動して電流を運ぶことを本質とするのではなく、光励起に伴う量子力学的な電子状態の変化そのものによって生じるため、超高速な光電変換につながる可能性がある。
論文情報
- 掲載誌:
- Advanced Functional Materials
- タイトル:
- Unusual Temperature-Enhanced Bulk Photovoltaic Effect beyond the Centrosymmetric Phase in CuCrP2S6 van der Waals Crystals
- 著者:
- Ryoga Murata and Takao Sasagawa
- DOI:
- 10.1002/adfm.77517
研究者プロフィール
村田 陵河 Ryoga Murata
東京科学大学 物質理工学院 材料系 博士後期課程3年(研究当時)
研究分野:量子物質科学、固体物理、無機材料
笹川 崇男 Takao Sasagawa
東京科学大学 総合研究院
フロンティア材料研究所/自律システム材料学研究センター 准教授
研究分野:量子物質科学、固体物理、無機材料