常温の水中で尿素とリン酸から高エネルギーリン酸化合物を生成

2026年5月12日 公開

生命の起源に迫る新しいリン酸化経路を提示

ポイント

  • 常温・中性pHの穏やかな水中で、尿素とリン酸から高エネルギーリン酸化合物であるカルバモイルリン酸の合成に成功。
  • この反応は水中で尿素、亜硝酸イオン、リン酸、硫化銅を混合することで進行する。また、ヌクレオシドを加えるとリン酸化反応が、アスパラギン酸を加えると核酸塩基前駆体であるカルバモイルアスパラギン酸の生成反応も進むことが確認された。
  • これらの反応は、生命の発生に不可欠なリン酸化やカルバモイル化をもたらした可能性が考えられる。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の富澤錦大学院生(博士後期課程3年)、未来社会創成研究院 地球生命研究所(ELSI)の中村龍平教授(兼 理化学研究所 環境資源科学研究センター チームディレクター)らの研究チームは、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の北台紀夫主任研究員、田川翔大朗ポストドクトラル研究員との共同研究で、常温・中性付近の穏やかな水溶液中でも尿素[用語1]を活性化させれば、高エネルギーリン酸の生成と核酸前駆体のリン酸化反応[用語2]が進むことを見出しました。

尿素は多くの生体分子の合成に重要であるリン酸化反応を進めるため、生命の起源における化学進化[用語3]を推し進めた重要な化学種です。従来、リン酸化反応には加熱による尿素の活性化が不可欠でしたが、加熱は同時に熱に不安定な生体分子を壊すため、生成可能な生体分子の範囲は限られていました。そこで、本研究では加熱をしない常温の水溶液条件で尿素を活性化できないかと考え、硫化銅鉱物(コベライト[用語4])が尿素存在下でリン酸化反応を促すかを調べました。その結果、常温・中性付近の水溶液中で、硫化銅により尿素が活性化されて高エネルギーリン酸であるカルバモイルリン酸[用語5]が生成し、アミノ酸から核酸塩基前駆体も生成することが分かりました。さらに核酸の前駆体であるウリジンのリン酸化反応も促されることが確認されました。

この成果は、温和な水環境における高エネルギーリン酸生成の可能性を示すとともにリン酸化反応の新たな経路を提示しました。今後、化学進化過程におけるATP(アデノシン三リン酸)や遺伝分子RNAの生成経路の理解につながることが期待されます。

本成果は、3月23日付(英国時間)で「Chemical Communications」誌に掲載されました。

図1. 尿素とリン酸からの高エネルギーリン酸生成の模式図
尿素、リン酸、亜硝酸イオンを含む中性付近の水溶液に硫化銅を加え、酸素を含まない雰囲気下、常温で撹拌操作を行った。その結果、硫化銅存在下でのみ高エネルギーリン酸を検出した。また、核酸前駆体であるヌクレオシドを添加した条件では、そのリン酸化反応が促されることも確認した。すなわち、常温の水中での核酸(RNA)の材料が生成することを示した。

背景

現在の生命にとって、リン酸は不可欠な要素です。リン酸は、生命を定義すると考えられている膜・代謝・遺伝を担う生体分子に含まれており、生命の構造と機能の両方を支えています。一方で、このようなリン酸を含む生体分子は生命誕生前にどのようにして生まれたのでしょうか。これは、生命の起源を明らかにするうえでの重要な問いの1つです。最初の生命は化学進化の過程を経て誕生したと考えられており、生命誕生前のリン酸を含む生体分子もこの化学進化の過程で誕生したと考えられています。これまでに行われた室内での化学実験により、原始の地球に存在したとされる尿素がリン酸化反応を促したことが分かっています。尿素を用いたリン酸化反応では約65-100°Cに加熱して高温にする必要がありました[参考文献1]。すなわち、リン酸化反応は加熱をしない常温の水中では困難でした。その一方で、生体分子にはカルバモイルリン酸やRNA(リボ核酸)など、生体内で重要な働きをするにも関わらず、加熱を行うと数時間ほどで壊れてしまう熱に弱いリン酸を含む生体分子も存在します。そのため、これまで加熱による尿素の活性化プロセスが、生成可能なリン酸含有生体分子の種類を制限してきました。

研究成果

本研究に携わった両チームでは、これまでに地球ができた直後の環境で産生する硫化鉱物が窒素原子を含む分子の変換反応を促進した可能性を検証してきました[参考文献2]。最近では、嫌気環境に鉱物として存在する硫化銅(コベライト)が亜硝酸イオン(NO2−)およびアンモニア(NH3)を活性化することを見出しています [参考文献3]

そこで本研究では、硫化銅によって促進される尿素の活性化と、それに伴う高エネルギーリン酸の生成が常温の水中で起こるかどうかを調べました。はじめにpH6のリン酸緩衝液中に13C原子で同位体標識した13C-尿素とNO2−を基質として加え、生じた物質を核磁気共鳴分光計(NMR)で分析しました。その結果、硫化銅は高エネルギーリン酸であるカルバモイルリン酸の生成を促すことが明らかになりました(図2a)。反応の過程でカルバモイルリン酸の濃度は上昇し、24時間後に最大収率0.9%に到達したあと、次第に減少する様子が見られました(図2b)。

図2. 硫化銅に促進される高エネルギーリン酸の生成
(a)硫化銅の存在下での高エネルギーリン酸の生成を示す13C(上) および31P(下)の NMRスペクトラム
(b)硫化銅の存在下において生成した高エネルギーリン酸(カルバモイルリン酸)の経時変化

次に、尿素の活性化が硫化銅により促進されるかを調べました。亜硝酸イオンを15N原子で同位体標識した15NO2−に変えて、生成した窒素を含む気体分子をガスクロマトグラフィー質量分析計(GC-MS)で分析したところ、硫化銅が29N214N15N)の生成を促進することが分かりました(図3)。この29N2は尿素由来の14Nと15NO2−由来の15Nの異なる2つの窒素原子から構成されています。これらの結果は、硫化銅が尿素の活性化反応を促すことでリン酸が活性化されて、高エネルギーリン酸であるカルバモイルリン酸へと変換されることを示しています。

図3. 硫化銅の存在下における窒素ガス29N2の生成量の経時変化

続いて、同じ反応条件下で核酸の前駆体であるヌクレオシド(ウリジン)のリン酸化反応に対する硫化銅の影響を確かめました。pH6のリン酸緩衝液中に尿素、亜硝酸イオン、ウリジンを加え、生じた物質を超高速液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS)で分析しました。その結果、リン酸化されたウリジン(5’-UMP)が硫化銅の存在する条件では見られました。また、5’-UMPの収量は、時間とともに増えました。その一方で、硫化銅が存在しない条件では見られませんでした(図4)。

図4. 硫化銅の存在下および非存在下におけるリン酸化されたウリジン(5’-UMP)の収率の経時変化

最後に、アミノ酸であるアスパラギン酸(Asp)のカルバモイル化反応に対する硫化銅の影響を確かめました。pH7のMOPS緩衝液中に尿素、亜硝酸イオン、アスパラギン酸を加え、生じた物質をLC-MSで分析しました。その結果、カルバモイルアスパラギン酸(NCA)の生成量が硫化銅の存在する条件で増えることが分かりました(図5a)。尿素を13C原子で同位体標識した13C-尿素に変えて反応を行ったところ、生成した目的化合物の質量/電荷比が12C-尿素を用いた場合の175から176へと1だけ増加しました。すなわち、硫化銅の存在する条件で促進されるカルバモイル化反応が、尿素に由来して進むことが分かりました。(図5b)これらの結果は、尿素、亜硝酸イオン、硫化銅が存在する常温中性の水溶液中において、カルバモイルリン酸の生成反応、核酸塩基前駆体NCAの生成反応および核酸前駆体であるヌクレオシドのリン酸化反応が促されることを示しています。

図5. 硫化銅に促進されるN-カルバモイルアスパラギン酸の生成
(a)硫化銅の存在下および非存在下におけるカルバモイルアスパラギン酸(NCA)の収率の経時変化
(b)硫化銅の存在下における尿素によるアスパラギン酸のカルバモイル化

今後の展開

本研究では、原始地球に存在しうる硫化銅鉱物、亜硝酸イオン、尿素を用いて、25℃・中性付近という常温の水環境下で、核酸前駆体や高エネルギーリン酸など生命の材料となる分子を連続的に合成できることを示しました。一方で、従来の加熱条件や活性化剤を用いる手法に比べると、生成物の収率が低いという課題があります。今後は、水中の金属イオンや岩石表面での触媒効果を詳しく調べることで、より効率よく反応が進む原始地球上の化学反応場の条件を解明したいと考えています。

生命の起源をめぐっては、RNA(リボ核酸)を代表とする生命の情報分子が先に生まれたとする「遺伝ファースト」仮説と、エネルギー獲得のための化学反応ネットワークが先に成立したとする「代謝ファースト」仮説が対立してきました。RNAは熱に弱く温和な水環境を必要とする一方で、CO2などの無機物から代謝分子を作り出す有機合成反応は高温などの過酷な条件を前提とすることが多く、両者の成立を満たす環境条件には大きな隔たりがありました。本研究が示した硫化銅を介したリン酸化反応は、この隔たりを埋め、代謝系と遺伝系が同じ環境下で共に進化できた可能性を示すものです。今後は、この温和な連続反応系を発展させ、ATP(アデノシン三リン酸)やRNAのようなより複雑な生体分子の合成へ展開し、原始地球上で物質がどのように生命へと進化したのか、その仕組みの解明を目指します。

付記

本研究はJSPS科学研究費助成事業(22H05153、22H05149)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2180)による助成を受けて行われました。

参考文献

[参考文献1]
R. Lohrmann, L. E. Orgel, Science 171, 490-494 (1971)
[参考文献2]
N. Kitadai, R. Nakamura, M. Yamamoto, K. Takai, N. Yoshida, Y. Oono, Sci. Adv. 5, eaav7848 (2019)
[参考文献3]
D. He, K. Adachi, D. Hashizume, R. Nakamura, Nat. Chem. 16, 1605-1611 (2024)

用語説明

[用語1]
尿素:分子式(NH2)2COで表され、1828年に初めて化学的に合成された有機化合物として有名。タンパク質を消化する過程で発生する有害なアンモニアは肝臓で無害な尿素に変換され、体外に排出される。植物が必要とする肥料としても用いられる重要な製品。工業的にはアンモニアと二酸化炭素から製造される。
[用語2]
リン酸化反応:タンパク質や糖などの有機化合物とリン酸(H2PO4−)との間の脱水反応により、有機リン酸が生成する化学反応。
[用語3]
化学進化:生命誕生前に、無機物など単純な分子がより複雑な有機化合物に変換され、それら有機化合物が集積・組織化することによって最初の生命が誕生したとする過程。
[用語4]
コベライト:2価の銅イオンを含む硫化銅鉱物の一種(CuS)。
[用語5]
カルバモイルリン酸:構造式H2N−C(=O)−OPO3H2で表される。生体内において、核酸のピリミジン塩基の合成に関わる重要な高エネルギーリン酸中間体。肝臓においてアンモニアを無毒化して、尿素として体外に排出する過程で生産される。一部の微生物はカルバモイルリン酸を用いて、ATPを再生産している。

論文情報

掲載誌:
Chemical Communications
論文タイトル:
Nonenzymatic Carbamoylation and Phosphorylation via Urea Nitrosylation under Mild Aqueous Conditions
著者:
Nishiki Tomizawa, Norio Kitadai, Shotaro Tagawa and Ryuhei Nakamura

研究者プロフィール

富澤 錦 Nishiki Tomizawa

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 大学院生(博士後期課程3年)
研究分野:有機化学、生命起源

中村 龍平 Ryuhei Nakamura

東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 教授
理化学研究所 環境資源科学研究センター チームディレクター
研究分野:電気化学、生命起源

田川 翔大朗 Shotaro Tagawa

海洋研究開発機構 生命地球科学研究部門 海洋地球生命史研究プログラム ポストドクトラル研究員
研究分野:無機化学、生命起源

北台 紀夫 Norio Kitadai

海洋研究開発機構 生命地球科学研究部門 海洋地球生命史研究プログラム 主任研究員
研究分野:電気化学、生命起源

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