ポイント
- 歯周病原細菌による多発性硬化症の増悪メカニズムの一端を、世界で初めて明らかにしました。
- 歯周病原細菌が、低酸素環境下でインフラマソーム活性化することにより、炎症反応を強める仕組みを解明しました。
- 歯周病と神経疾患の関連について新たな視点を提示し、病態の理解と今後の治療法開発に貢献する知見を提供しました。
概要
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 細菌感染制御学分野の鈴木敏彦教授と岡野徳壽助教の研究グループは、東京大学、昭和医科大学、大阪大学、関西医科大学との共同研究により、歯周病原細菌が免疫細胞であるマクロファージに対して、低酸素誘導因子HIF-1α[用語1]に依存して、自然免疫反応の一つであるインフラマソーム[用語2]の活性化を誘導し、それによって多発性硬化症[用語3]の増悪を引き起こすことを明らかにしました。
この研究は、文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて実施されたもので、本成果は、国際科学誌「Cell Death Discovery」において、6月10日午後3時(米国東部時間)にオンライン版で発表されました。

背景
歯周病は、歯周組織における慢性の炎症疾患であり、その原因は、さまざまな歯周病原細菌によって構成される細菌性バイオフィルムです。つまり、歯周病は細菌感染症の一つであり、歯周病原細菌が宿主に対して病原性を発揮する機構を解明することは、極めて重要な課題です。
さらに、近年の研究成果から、歯周病は歯周組織にとどまらず、全身へ炎症反応を波及させ、糖尿病、アルツハイマー病、関節リウマチといった全身性疾患の発症や増悪と関連していることが明らかになっています。
Porphyromonas gingivalis (P. gingivalis)は、歯周病患者の歯周ポケット内から最も高頻度で分離される歯周病原細菌の一つです。P. gingivalisは偏性嫌気性菌であり、低酸素濃度下でしか生育できませんが、これまでの研究の多くは通常の酸素条件下で行われており、本来の棲息環境である低酸素状態を考慮した研究はほとんど行われていませんでした。
そこで本研究では、低酸素環境下におけるP. gingivalisに対する免疫細胞の反応を調べることにしました。
研究成果
はじめに我々は、P. gingivalisを通常酸素条件下または低酸素条件下でマウス骨髄由来マクロファージに感染させたところ、低酸素条件では通常酸素条件下よりも、インフラマソームの活性化に伴うIL-1βの産生が増加することを見出しました。
さらに、自然免疫の活性化に重要な因子であるtoll-interleukin-1 receptor domain-containing adaptor-inducing interferon-β (TRIF) が、HIF-1αの発現量を制御し、低酸素環境特異的なP. gingivalis感染によるインフラマソームの活性化亢進を誘導していることを、遺伝子欠損マウス由来のマクロファージを用いて確認しました。
以上の結果から、低酸素環境におけるP. gingivalis感染によって誘導されるインフラマソームの活性化亢進には、低酸素環境下で安定化するHIF-1αが重要であることが示唆されました。
また、自己免疫疾患の一つである多発性硬化症が、このHIF-1α依存的なインフラマソーム活性化の亢進によって増悪することも、マウスモデルを用いた実験により示されました。
社会的インパクト
本研究成果は、歯周病原細菌によるインフラマソームの活性化が、低酸素環境によって制御されているという新たな知見をもたらしました。さらに、歯周病原細菌が、自己免疫性神経脱髄疾患である多発性硬化症を増悪させるメカニズムの一端を明らかにしました。
今後の展開
本研究成果は、酸素濃度が歯周病原細菌による全身性炎症につながるという、これまでにない新たな炎症誘導機構を提案するものです。今後は、歯周病原細菌と関連があるとされる全身性疾患の治療法確立への貢献も期待されます。
用語説明
- [用語1]
- HIF-1α:Hypoxia inducible factor-1 alpha(低酸素誘導因子)。低酸素状態になると細胞質から核内へと移行し、炎症や代謝に関する様々な遺伝子の発現を制御している。
- [用語2]
- インフラマソーム:病原体の感染、宿主代謝産物を感知する細胞質内センサー分子等によって形成されるタンパク複合体。カスパーゼ-1の活性化を誘導する。
- [用語3]
- 多発性硬化症:中枢神経系の慢性炎症性脱髄疾患の一つ。欧米を中心に300万人の患者がいる。原因は明らかとなっておらず、病巣にはリンパ球やマクロファージの浸潤が見られる。
論文情報
- 掲載誌:
- Cell Death Discovery
- タイトル:
- Hypoxia drives progression of multiple sclerosis by enhancing the inflammasome activation in macrophages with Porphyromonas gingivalis infection
- 著者:
- Tokuju Okano, Hiroshi Ashida, Masayuki Tsukasaki, Tamako Iida, Masahiro Yamamoto, Hiroshi Takayanagi, Takeharu Sakamoto, and Toshihiko Suzuki
研究者プロフィール
鈴木 敏彦 Toshihiko Suzuki
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
細菌感染制御学分野 教授
研究領域:感染免疫学、感染症学

岡野 徳壽 Tokuju Okano
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
細菌感染制御学分野 助教
研究領域:口腔微生物学、感染症学
