ポイント
- 脊椎動物31種に共通する骨細胞外基質タンパク質255種類を進化学的に解析し、運動様式の転換期に適応進化したタンパク質群を同定した。
- Fetuin Aを含む5つのタンパク質が、進化学的に正の選択を受けると同時に、力学刺激を受けた骨形成細胞で顕著に発現増加することを実証した。
- 骨のメカノレスポンスが進化の過程で組み込まれた分子機構であることを示し、骨疾患の新たな診断マーカーや治療標的探索につながる知見を提供した。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 生体材料工学研究所 無機生体材料学分野の中村美穂非常勤講師らの研究チームは、トゥルク大学(フィンランド)、バルセロナ自治大学、ラサレバルセロナ大学(スペイン)との国際共同研究により、骨基質[用語1]タンパク質255種を進化学的に解析し、運動様式の転換期に適応進化したタンパク質を特定しました。
本研究では、骨が機械的負荷(体重や運動による力学刺激)に応答して構造や強度を適応させる「メカノレスポンス」の分子基盤を、進化の観点から明らかにしました。ヒトを含む脊椎動物の骨には非コラーゲン性タンパク質が多数含まれていますが、その多くの機能は未解明です。研究チームは、骨形成を主体的に担う骨芽細胞に対する力学刺激実験と、脊椎動物31種にわたる系統進化解析を組み合わせ、骨基質タンパク質255種の進化的特徴を網羅的に調査しました。
その結果、水中から陸上への移行(約4億年前)およびヒトの二足歩行の進化(約1100~400万年前)という2つの重要な運動様式の転換期に、特定の骨細胞外基質タンパク質が正の選択を受けていたことが明らかになりました。特にFetuin A は、両転換期において強い適応進化の痕跡を示し、力学刺激下で最も顕著な発現増加を示しました。本研究は、骨のメカノレスポンスが進化の過程に組み込まれたシステムである可能性を示すものであり、骨粗鬆症[用語2]などの骨疾患に対する新規バイオマーカーや治療標的の発見につながることが期待されます。
本成果は、2025年11月29日付(日本時間午後12時)で、「Communications Biology 」誌に掲載されました。
論文の概要動画はYouTubeを参照。
背景
骨は体を支えるだけでなく、重力下での運動や日々の繰り返される負荷に適応するため、絶えずその構造を更新しています。Wolff の法則が示すように、骨は力学刺激に応じて形態を変化させますが、その分子機構は完全には理解されていません。特に、骨基質タンパク質の約90%を占めるコラーゲン以外にも、数百種類の非コラーゲン性タンパク質が存在しますが、それらの役割については限定的にしか明らかになっていません。
一方、骨の適応能は脊椎動物の進化と密接に関わっています。水生脊椎動物が陸上へ移行した際には、四肢は水の浮力を失い、重力に抗して体を支える必要が生じました。また、ヒトでは祖先が二足歩行へ移行したことで、上肢と下肢にかかる力学負荷の分布が劇的に変化しました。こうした環境変化に伴い、骨の構造や関連タンパク質が適応進化してきた可能性が考えられますが、その実証はこれまでなされていませんでした。
研究成果
本研究では、骨基質タンパク質の進化的変化が、現代の骨における力学応答(メカノレスポンス)を規定しているという新しい仮説を、細胞実験と進化学的解析を統合することで実証しました。具体的には、脊椎動物31種に共通する骨基質タンパク質255種を対象に、系統進化解析と正の選択解析を行い、主要な運動様式の転換期に適応進化したタンパク質群を同定しました。
その結果、水中から陸上への進出(約4億年前)およびヒト系統における二足歩行の獲得(約1100~400万年前)という2つの進化的転換期において、Fetuin A、Osteopontin、Bone sialoprotein(BSP)、Matrilin 3(MATN3)、Fetuin B の5つの骨細胞外基質タンパク質が進化学的正の選択を受けていたことを明らかにしました。
さらに、これらのタンパク質について骨芽細胞を用いた力学刺激実験を行った結果、正の選択を受けたタンパク質はいずれも、機械的負荷下で発現が有意に増加することを実証しました。特にFetuin Aは、2つの運動様式転換期の両方で強い適応進化の痕跡を示すとともに、力学刺激に対して最も顕著な発現増加を示しました。
これらの結果から、骨のメカノレスポンスは単なる細胞内シグナル応答ではなく、脊椎動物の進化史の中で形成され、選択されてきた分子システムであることが示されました。
社会的インパクト
本研究の最大の意義は、骨の力学応答が進化によって形作られてきた機能であるという新しい概念を提示した点にあります。従来、骨のメカノレスポンスは、細胞シグナルや局所的な環境といった生理学的要因の観点から主に研究されてきましたが、本研究では、脊椎動物の運動様式の変化というマクロな進化イベントが、分子レベルのタンパク質機能に影響を与えていることを明らかにしました。
特に、Fetuin A をはじめとする正の選択を受けたタンパク質群は、骨粗鬆症、関節リウマチ、異所性石灰化などの疾患との関連が知られており、今後の診断マーカーや治療標的として大きな可能性を有しています。さらに、これらのタンパク質は力学負荷に応じて顕著な発現変化を示すことから、運動療法の効果を分子レベルで説明するものと期待されます。
今後の展開
骨基質タンパク質の進化的解析という新しい方法論は、今後、軟骨や腱、歯をはじめ、他の臓器におけるメカニクス研究にも応用可能であり、生命科学全体への幅広い波及効果が期待されます。
付記
本研究は、 以下の支援を受けて行われました。
- 文部科学省科学研究費補助金(JP23K08670)
- Sigrid Jusélius Foundation
用語説明
- [用語1]
- 骨基質:骨を構成する細胞外成分。ビルに例えると、鉄筋に相当するコラーゲン線維とコンクリートに相当するミネラル成分から構成される複合マテリアル。
- [用語2]
- 骨粗鬆症:骨量(骨密度)が減る、または骨の質が低下することで骨がもろくなり、骨折しやすくなる病気。いま現在、骨折や、腰・背中の痛みがなくても、骨が弱っていると骨粗鬆症と診断される。(公益財団法人骨粗鬆症財団Webサイトより)
論文情報
- 掲載誌:
- Communications Biology
- タイトル:
- Bone mechano-response is driven by locomotion transitions during vertebrate evolution
- 著者:
- Saeka Shimochi, Clara Brunet, Margalida Fontcuberta-Rigo, Katja Hrovat, Pere Puigbò, Miho Nakamura
研究者プロフィール
中村 美穂 Nakamura Miho
東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所 非常勤講師
University of Turku グループリーダー・非常勤教授(フィンランド)
La Salle Campus Barcelona Ramon Llull University 准教授(スペイン)
研究分野:バイオマテリアル、骨再生
ペレ・プッチボ Pere Puigbò
バルセロナ自治大学 講師(スペイン)
トゥルク大学 非常勤教授(フィンランド)
研究分野:バイオインフォマティクス