ポイント
- 耐久性が高く、二酸化炭素(CO2)を高密度、低コストで吸収する化学吸収ブロックを開発
- 酸化マグネシウム添加酸化カルシウムとケイ素含浸炭化ケイ素フォーム支持体を組み合わせ、反応性、サイクル安定性と熱伝導性を向上
- エンジン移動体向けの新たなカーボンニュートラルシステムであるvACRESの実用化を前進
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の加藤之貴教授、髙須大輝准教授、舩山成彦助教、環境・社会理工学院 融合理工学系の冨田健太大学院生らの研究チームは、大型エンジン移動体向けのカーボンニュートラル(CN)システムとして移動体向け炭素循環エネルギーシステム(vACRES, Vehicle with Active Carbon Recycling System)[用語1]を提案しました。
移動体向けのCNは乗用車分野では蓄電池、燃料電池自動車が検討されています。日本の移動体のCO2排出量の50%を占める大型移動体はエネルギー消費量が格段に大量で、車載電池、水素は重量・体積が過大となります。また、電力供給、水素供給にも制限があるため実用化に課題があります。vACRESは従来のエンジン自動車と液体合成燃料(e-fuel)[用語2]によってCN化が可能であり、従来の移動体向けインフラをそのまま利用することができます。また、エンジン排気ガスに含まれるCO2の回収の難しさが、実用化における課題となっていました。
本研究では酸化マグネシウム(MgO)添加酸化カルシウム(CaO)とケイ素含浸炭化ケイ素(SiSiC)フォームを複合した新しいCO2吸収材料ブロックを開発しました。このブロックは従来のCO2吸収材料と比べて高密度CO2貯蔵が可能であり、CO2の繰り返し吸収・脱着における高いサイクル耐久性を有し、低コスト材料である可能性を示しました。特にブロック型の形状を維持し高い反応性、高耐久性を実現できたことで、従来の粉体形状のCO2吸収材料に比べて車載用の積載が格段に簡易となり、かつ高反応性、高耐久性、高熱伝導性を維持することが可能であることを実証しました。
vACRESは従来のエンジン自動車のCN化が可能であり、従来の移動体向けインフラをそのまま利用することによって、CNシステムを低コストで実現でき、移動体分野の低炭素化に大きく貢献できると期待されます。
本成果は、2026年8月13日付で「Chemical Engineering Journal」にオンライン掲載されました。
背景
炭素燃料はエネルギー密度が高く重要なエネルギー源です。一方で、炭素燃料の燃焼で生成するCO2は地球温暖化の要因とされており、CO2排出削減のため炭素燃料の利用に制約が発生しています。炭素燃料から再生可能エネルギー、原子力などのゼロカーボンエネルギーや水素などへのエネルギー源代替が進んでいますが、産業分野によっては引き続き炭素燃料の利用が必要とされています。これらの背景のもと、加藤之貴教授らは能動的炭素循環エネルギーシステム(ACRES, Active Carbon Recycling Energy System)[用語3][参考文献1]を提案してきました。ACRESは産業プロセスにおける炭素利用を可能とするとともに、生成するCO2を回収し、還元、再度炭素燃料化して炭素を循環利用するものです。これまでに鉄鋼分野へ応用したiACRES(Ironmaking with ACRES)の開発を進めてきましたが[参考文献2]、今回は移動体分野で特に大型重機、船舶系といった大型移動体向けの炭素循環エネルギーシステム(vACRES, Vehicle with ACRES)について検討しました(図1)。
運輸部門でのカーボンニュートラル(CN)実現に向けて、現在では電動化、水素燃料電池利用などが進められています。しかし電池であれば高コスト、安全性の低さ、原料の海外依存が課題とされています。また水素利用は水素供給・貯蔵に要するコストが高く、移動体利用のための水素を個別に配分するための水素ステーションも高価です。特に大型移動体は自家用車と比較してエンジン、モーターの稼働時間が極めて長く、電池、燃料消費が格段に大きいため、燃料搭載負荷が課題になります。船舶分野の水素化、電動化においても同様の課題を有します。
本研究で提案するvACRESは液体合成燃料e-fuelを燃料として内燃エンジンまたは燃料電池移動体を駆動し、排出されるCO2をCO2回収機能にて回収・貯蔵するとともに、運転休止時にはCO2を系外に分離し、グリーン水素と合成して液体e-fuelに再変換し、燃料として再度循環利用することが可能です。このため、e-fuelを用いたvACRESは既存手法の代替案として期待できます。またvACRESはe-fuelとして水素が活用でき、従来のガソリンインフラを利用することで車両への水素エネルギー充填がガソリン同様に常圧で素早くできるという特徴を有します。このため従来のシステムからのCNへの移行がより円滑に実現できる可能性があります。
研究成果
vACRES成立の技術要件として、エンジン排気ガス中のCO2を効率的に回収することが挙げられます。さまざまなCO2吸収・回収手法の中から、本研究では化学反応によるものに着目しました。既往の研究ではゼオライトなどの材料による吸収・回収が検討されていますが、排気ガス中に含まれる水蒸気を事前に分別する必要があり、かつCO2吸収量が10重量%程度と低い数値にとどまっています。今回は、これまでの材料に代わるものとして、本研究では酸化カルシウム/二酸化炭素/炭酸カルシウム系(CaO/CO2/CaCO3)を採用しました。
CaO+CO2→CaCO3, ΔH=−178 kJ/mol (1)
CaOは国産材料のため安価で材料制約が無く、人体に安全です。CaOは反応温度を選定することで水蒸気混在下であっても炭酸化反応によりCO2を選択的に吸収する材料であり、ゼオライトに比べて高密度にCO2を貯蔵します。吸着したCO2は加熱することで進行するCaCO3脱炭酸化反応によって脱離し、高純度CO2として回収できます。
しかしCaO粉体のままでの充填では炭酸化、脱炭酸化反応を繰り返すと数回程度でCaO同士が焼結し凝集体となりCO2が材料深部まで浸透せず、CO2吸収が十分に進みません(拡散阻害)。またCaOのCO2吸収反応は発熱反応ですが、CaOは熱伝導度が低いために放熱ができず、CO2吸収が進みません(伝熱阻害)。このような背景でCaO/CO2/CaCO3系の利用普及は進んでいませんでした。
研究チームはこの課題を克服するため、ケイ素含浸炭化ケイ素(SiSiC)フォームにCaOを担持させた複合ブロックを開発しました(図2)。このブロックはCaOをSiSiCフォーム内の多数の狭小な空間に分散させて充填することで、CaO同士の焼結を抑制でき、繰り返しのCaO炭酸化/脱炭酸化反応において従来のCaO単体材料より高い反応耐久性を有することを実証しました。SiSiCは伝熱性が高く、反応熱を高速で除去することができるため、加熱によるCaCO3脱炭酸化反応が可能になりました。あわせて、複合ブロックにおいてはSiSiCとCaOの空間をCO2が高速で拡散できることが確認され、CaO単体ブロックに比べて高速な反応性を実現しました。さらにCaOに酸化マグネシウムを混合することで繰り返し反応における耐久性を向上させました。CaO材料をブロック化したことにより、充填層反応器の形状にあわせて簡易かつ的確にCaOを配置できるため、従来のCaO粉体充填層に比べて、高いCO2吸収反応性、繰り返し耐久性を実現しました。今回の複合材料の開発で排気ガスからのCO2回収が効率的になりvACRES社会実装の可能性が大きく高まりました。
社会的インパクト
本研究の成果は大型移動体分野のCNを促し、人々の幸せに貢献します。大型移動体は自家用車と比較してエンジン、モーターの稼働時間が極めて長く、燃料消費が多くなるため、電池・水素の利用の際には搭載電池/水素容器の体積/重量負荷が課題になります。また、使用場所が郊外に及ぶことから、現地までの大量の電力供給/水素供給が必要である点も課題です。船舶分野の電池・水素利用も同様の課題を有します。vACRESであれば移動体分野で従来のエンジンが利用でき、液体e-fuel燃料を利用してCNが実現できます。日本の移動体分野での大型移動体のCO2排出量は移動体分野全体の5割であり、乗用車と同じ規模です。開発した複合材料は科学の進歩の成果としてvACRES実現のために開発されました。vACRESによるCN化は移動体分野のCO2排出削減に量的な効果が大きいと期待できます。従来のエンジン産業、ガソリンインフラの大きな変更を伴わず利用できるため、社会変容の負担が軽く、さらに、このコンセプトは国際的に活用でき、国内外のCN技術として社会的インパクトが大きいと予想されます。
今後の展開
この複合ブロックを用いた在来エンジン式のトラクターによるvACRES実証を計画しています。実証ののちに速やかにシステムの最適化を進め、大型移動体を中心とした社会実装を計画する予定です。
付記
本研究は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 第3期「スマートエネルギーマネジメントシステムの構築」JPJ012207(研究推進法人:JST)の支援を受けて実施されました。また、研究の一部は文部科学省ミッション実現加速化経費事業 グリーン・トランスフォーメーション・イニシアティブ(Science Tokyo GXI)のGXI大岡山ラボにおける成果に基づいています。
参考文献
- [参考文献1]
- Y. Kato; “Carbon recycling for reduction of carbon dioxide emission from iron-making process”, ISIJ Int., 50(1), pp. 181-185 (2010). DOI:10.2355/isijinternational.50.181
- [参考文献2]
- Kenta Tomita, Shigehiko Funayama, Tsuyoshi Izaki, Xiaoyu Chen, Hiroki Takasu, Yukitaka Kato, “Carbon dioxide capture performance of a highly durable calcium oxide composite supported on silicon carbide-based foam”, Chemical Engineering Journal, 547 (2026) 180712, DOI:10.1016/j.cej.2026.180712
用語説明
- [用語1]
- 移動体向け炭素循環エネルギーシステム(vACRES, Vehicle with Active Carbon Recycling System):合成燃料で駆動する移動体エンジンの燃焼排気ガスからCO2を吸収・回収し、回収したCO2と水素を反応させ合成燃料を再生し、再度エンジンで利用することでCO2を排出しない炭素循環型の移動体システム。
- [用語2]
- 液体合成燃料(e-fuel):ゼロカーボンエネルギーである再生可能エネルギー、原子力発電エネルギーによる電気分解で製造した水素(グリーン水素)と二酸化炭素を原料として得られる合成炭化水素燃料。合成メタン(e-メタン)が先行検討されている。車載向けに液体のe-fuelとしてe-メタノール、e-ガソリン、e-ディーゼル、SAF(持続可能な航空燃料、Sustainable Aviation Fuel)の製造、利用の検討が進んでいる。
- [用語3]
- 能動的炭素循環エネルギーシステム(ACRES, Active Carbon Recycling Energy System):炭素燃料を利用する産業プロセスにおいて、排出されるCO2を回収し、炭素燃料を再合成し、再度循環利用するカーボンニュートラル産業システム。
論文情報
- 掲載誌:
- Chemical Engineering Journal
- タイトル:
- Carbon dioxide capture performance of a highly durable calcium oxide composite supported on silicon carbide-based foam
- 著者:
- Kenta Tomita, Shigehiko Funayama, Tsuyoshi Izaki, Xiaoyu Chen, Hiroki Takasu, Yukitaka Kato
研究者プロフィール
加藤 之貴 Yukitaka Kato
東京科学大学 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所 所長、教授
研究分野:化学工学、エネルギー貯蔵、炭素循環エネルギーシステム
髙須 大輝 Hiroki Takasu
東京科学大学 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所 准教授
研究分野:応用化学、二酸化炭素資源化、水素システム
舩山 成彦 Shigehiko Funayama
東京科学大学 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所 助教
研究分野:化学工学、熱エネルギー貯蔵、エネルギーシステム解析