脳の「時計」は1つではない

2026年6月12日 公開

脳領域同士時間を共有しながら独自にも動く仕組みを発見

ポイント

  • 大脳の各領野が持つ時計(時間表現)が、時間を「共有して刻むモード」と「別々に刻むモード」を柔軟に行き来することを発見。
  • マウスの脳活動を広視野2光子カルシウムイメージングで同時記録し、数千個規模の神経細胞活動から時間情報の表現を解析。
  • 脳領域間をつなぐ「まばらな結合」と脳全体に広がる「1/fゆらぎ」が、時間情報の安定性と柔軟性を両立させる仕組みを明らかにした。
  • 脳領域間の「協調」と「独立」のバランスを理解する新たな枠組みを示し、精神・神経疾患の病態理解や脳型AI開発への応用が期待される。

概要

私たちは日常生活の中で、「いま何秒たったか」「次にいつ何が起こるか」を絶えず予測しています。では、脳の中にある時間の物差しは、1つなのでしょうか。それとも、複数の脳領域がそれぞれ別の時計のように時間を計っているのでしょうか。

東京科学大学(Science Tokyo) 医歯学総合研究科 細胞生理学分野の今村啓人大学院生、平理一郎准教授らの研究チームは、マウスに次の報酬タイミングを予測する行動課題を学習させ、前頭葉の二次運動野(M2)[用語1]と頭頂葉の後部頭頂皮質(PPC)[用語2]の活動を、2光子カルシウムイメージング[用語3]によって同時に記録しました。神経活動から「脳がどの時点を表しているか」を読み解いたところ、2つの領域はいずれも時間を表現していましたが、その読み取り結果は常に完全に一致しているわけではありませんでした。具体的には、M2とPPCが同じように時間を読み違える「協調誤差」と、片方だけが読み違える「独立誤差」の両方が見つかりました。これは、脳の時計が1つに固定されているのではなく、複数の領域が同じ時間を共有する場合と、それぞれ別々に時間を進める場合の両方を併せ持つことを示しています。

さらに研究チームは、「なぜ2つのモードが生まれるのか」というメカニズムを調べるため、Twin-RNNモデル[用語4]という計算機上の神経回路モデルを構築し、解析を行いました。その結果、2つの脳領域をつなぐまばらな結合と、脳全体に広がる1/f ゆらぎ[用語5]が、この2つのモードを生み出すことを明らかにしました。まばらな結合は、2つの領域をそろえる方向に働き、広い範囲に及ぶゆらぎは、各領域が完全には同期せず、独自の時間表現を保つ余地を生み出していました。これは、脳が「複数領域で同じ時間を共有する」安定性と、「必要な領域が独自の時間を追う」柔軟性を両立させる仕組みを示すものです。

本成果は、複数の脳領域が協力しながらも独立性を保つ仕組みの理解を進めるものです。将来的には、認知機能の理解や、脳領域間の連携の乱れが関わる精神・神経疾患の理解、さらには安定性と柔軟性を兼ね備えた脳型AIやロボット制御システムの開発につながることが期待されます。本成果は、6月11日付(現地時間)の「Nature Communications 」誌に掲載されました。

図1. 左は、大規模二光子カルシウムイメージングにより、マウス大脳皮質の複数領域から多数の神経細胞活動を同時に記録した画像です。右は、実験で観察された脳領域間の時間情報処理を理解するために構築したTwin-RNNモデルを示しています。2つのネットワークをまばらに結合することで、脳領域どうしが時間情報を共有しながらも、必要に応じてそれぞれが独立して働く仕組みを検証しました。

背景

「時間を計る」能力は、音楽やスポーツのタイミングだけでなく、作業記憶、行動計画、意思決定など、さまざまな認知機能を支えています[参考文献1]。脳では、前頭葉、頭頂葉、海馬、線条体、小脳など、多くの領域が時間情報に関わることが知られています。

一方で、複数の脳領域が時間情報を扱う際、それらが常に同じ時計として動くのか、それとも必要に応じて別々の時計として動くのか、十分には明らかになっていませんでした。例えば、同じ出来事をもとに行動するときには、脳領域どうしで時間情報をそろえる必要があります。一方、複数の出来事からの経過時間を同時に追う場合には、領域ごとに独立した時間計算も必要になります。

本研究では、前頭葉の二次運動野(M2)と頭頂葉の後部頭頂皮質(PPC)に着目しました。これらの領域は互いに結合しており、短期的な時間認知に関わることが知られています。私たちが開発してきた広視野2光子顕微鏡を用いたカルシウムイメージング[参考文献2、3、4]により、これらの活動を同時に記録することで、M2とPPCの相互作用が時間認知をどのように構成しているかを調べました。

研究成果

研究チームは、マウスに6秒と12秒の報酬間隔が交互に現れる課題を開発しました。マウスは訓練を重ねると、6秒後だけでなく12秒後の報酬タイミングも予測する行動を示すようになり、2つの時間間隔が交互に現れることを学習しました。

この課題中に、広視野2光子カルシウムイメージングを用いて、M2とPPCの神経細胞活動を同時に記録しました。両領域では、時間の経過に沿って異なる神経細胞が順番に活動する「時系列的な活動」が見られ、いずれの領域も時間を表現していることが分かりました。

次に、神経活動から「いま何秒目か」をコンピューターで読み取る解析を行いました。その結果、M2とPPCの時間の読み取りには、片方だけがずれる「独立誤差」と、2つの領域が同じようにずれる「協調誤差」の両方があることが分かりました。これは、2つの脳領域が完全に一体化しているわけでも、完全に別々に動いているわけでもないことを示しています。

さらに、研究チームはCARP[用語6]という解析法を用いて、M2とPPCが共有する活動のうち、どの成分が時間情報を担っているかを調べました。その結果、時間情報は、最も大きく共有される1つの成分に集中しているのではなく、複数の低分散な共有成分に広く分散していることが分かりました。一方、報酬をなめる行動などの行動情報は、より大きな共有成分に強く表れていました。

最後に、なぜこのような協調性と独立性が同時に生まれるのかを調べるため、2つの再帰型ニューラルネットワークをつないだTwin-RNNモデルを構築しました。このモデルに、脳領域間のまばらな結合と、脳全体に広がる1/f ゆらぎを導入すると、実験で見つかった独立誤差と協調誤差のバランスを再現できました。さらに、DLIC[用語7]という解析により、まばらな結合は脳領域どうしの時間表現をそろえる力として働き、広い範囲で共有されるゆらぎは、各領域が独立して動く余地を生み出すことが示されました。

社会的インパクト

本研究は、脳が「同じ情報を共有すること」と、「領域ごとに独自の計算を行うこと」をどのように両立しているのかを示しました。これは、時間感覚そのものの理解にとどまらず、記憶、予測、注意、意思決定など、多くの認知機能を理解するための基盤となる成果です。

精神・神経疾患では、脳領域どうしの連携のバランスの乱れが、症状や認知機能の変化に関わる可能性があります。本研究は疾患を直接扱ったものではありませんが、脳領域間の「協調」と「独立」のバランスを定量化する考え方を提供するものであり、将来的な病態理解の基礎になることが期待されます。

また、AIの分野でも、複数のネットワークが情報を共有しながら、それぞれが独自に判断できる仕組みは重要です。本研究で示した、まばらな結合と共有ゆらぎによって安定性と柔軟性を両立する原理は、脳型AIやロボット制御システムを設計する際のヒントになる可能性があります。

今後の展開

今後は、M2とPPC以外の脳領域も含めて、脳全体で時間情報がどのように共有・分担されるのかを調べていきます。特に、視床や神経修飾系など、広い脳領域に影響を与える入力を操作することで、時間の「協調モード」と「独立モード」がどのように変化するのかを検証していきます。

また、本研究で開発したCARPやDLICの考え方は、大規模神経活動データの解析に広く応用可能です。将来的には、ヒトを含む多領域脳活動の解析や、疾患モデルにおける脳領域間コミュニケーションの評価への展開も期待されます。

付記

本研究は、MEXT/JSPS(JP26H01161、JP24H02156、JP22H02731、JP20K22678、JP21B304、JP21H05134、JP21H05135、JP21H05242、JP23H02589)、AMED(JP22wm0525007、JP25wm0625405)、JST(JPMJFR231X、JPMJCR1751)、中谷財団、島津科学技術振興財団、武田科学振興財団、精密測定技術振興財団、立石科学技術振興財団、光科学技術研究振興財団の支援を受けて行われました。また、RNNの学習と解析には東京科学大学TSUBAME4.0スーパーコンピュータを利用しました。

参考文献

[参考文献1]
Paton, J. J. & Buonomano, D. V. The neural basis of timing: Distributed mechanisms for diverse functions. Neuron 98, 687–705 (2018).
[参考文献2]
Yu, C.-H., Stirman, J. N., Yu, Y., Hira, R. & Smith, S. L. Diesel2p mesoscope with dual independent scan engines for flexible capture of dynamics in distributed neural circuitry. Nat. Commun. 12, 6639 (2021).
[参考文献3]
Hira, R., Townsend, L. B., Smith, I. T., Yu, C. H., Stirman, J. N., Yu, Y., & Smith, S. L. (2024). Mesoscale functional architecture in medial posterior parietal cortex. BioRxiv, 2023-08.
[参考文献4]
Hira, Ri., Imamura, F., Imamura, H., Yoneyama, Y., Handa, T., Fujioka, O., Yu, C-H., Suitoh, S., Hira, Re., Kamoshida, Kao, S., A., Kobayashi, K., Shiwaku, H., Takahashi, H., Smith, S. L., Funamizu, A., & Isomura, Y. (2026). Open-source modular field-programmable gate array system for two-photon mesoscope enabling multiarea, multidepth neural activity recording and lifetime imaging. Neurophotonics, 13 (1), 015013-015013.

用語説明

[用語1]
二次運動野(M2):マウスの前頭葉にある大脳皮質領域。運動だけでなく、記憶、予測、意思決定などにも関わると考えられている。
[用語2]
後部頭頂皮質(PPC):頭頂葉にある大脳皮質領域。感覚情報や空間情報の処理に加え、予測や意思決定にも関わると考えられている。
[用語3]
2光子カルシウムイメージング:神経細胞が活動すると細胞内のカルシウム濃度が変化することを利用し、多数の神経細胞活動を顕微鏡で同時に観察する技術。
[用語4]
Twin-RNNモデル:2つの再帰型ニューラルネットワーク(RNN)をつないだ計算機上の神経回路モデル。本研究では、M2とPPCのような2つの脳領域が、どのように協調したり独立したりするのかを調べるために用いた。
[用語5]
1/fゆらぎ:低い周波数ほど変動が大きく、高い周波数ほど小さくなるゆらぎのこと。自然界や生体信号に広く見られ、脳活動にも現れる。
[用語6]
CARP:共有される神経活動の成分を1つずつ取り除き、時間情報や行動情報の読み取りがどの程度変化するかを調べる、本研究で用いた解析法。
[用語7]
DLIC:2つの神経回路が「別々に安定する速さ」と「互いにそろう速さ」を比較し、独立モードと同期モードのどちらになりやすいかを評価する、本研究で用いた解析指標。

論文情報

掲載誌:
Nature Communications
タイトル:
Independence and Coherence in Temporal Sequence Computation across the Fronto-Parietal Network
著者:
Hiroto Imamura, Fumiya Imamura, Reiko Hira, Yoshikazu Isomura, Riichiro Hira

研究者プロフィール

今村 啓人 Hiroto Imamura

東京科学大学 医歯学総合研究科 細胞生理学分野 大学院生
研究分野:神経科学

平 理一郎 Riichiro Hira

東京科学大学 医歯学総合研究科 細胞生理学分野 准教授
研究分野:神経科学

礒村 宜和 Yoshikazu Isomura

東京科学大学 医歯学総合研究科 細胞生理学分野 教授
研究分野:神経科学

関連リンク

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准教授 平 理一郎

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