ポイント
- 広く用いられている抗血栓性ポリマーPMEAを凌ぐ優れた抗血栓性に加え、高いコーティング安定性を示す新規ポリマーst-PMECMを開発。
- st-PMECMでは、表面に高密度かつ安定に露出した側鎖末端のメトキシ基が水と相互作用して、抗血栓性に寄与する中間水を多く含む水和層を形成。
- st-PMECMは高次構造の形成により優れた抗血栓性とコーティング安定性を両立した。血液と接触する医療デバイスの長寿命化と安全性の向上に必要不可欠な抗血栓性コーティングへの利用に期待。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の黒川成貴助教と戸木田雅利教授らの研究チームは、血液と接触する医療デバイスに従来広く用いられている抗血栓性[用語1]コーティング材料である「ポリ(2-メトキシエチルアクリレート)(PMEA)」を上回る抗血栓性と高いコーティング安定性を兼ね揃えた新規ポリマー「st-PMECM」を開発しました。
st-PMECMはPMEAと同種の側鎖を有するシンジオタクチックポリ置換メチレンです。シンジオタクチックポリ置換メチレンは全ての主鎖炭素に側鎖となる置換基を有し、その立体規則性[用語2]と高い側鎖密度によりらせんコンホメーションをとって剛直となった主鎖が自発的に一方向に並ぶことで、液晶性を発現します。
血小板付着試験の結果、st-PMECMで作った膜の表面に付着した血小板の数はPMEA膜の4分の1程度であり、しかもその75% が最も活性化度の低い球状形態に留まり非常に優れた抗血栓性を示しました。また、PMEA膜では脱濡れ[用語3]が観察されたのに対して、st-PMECMには脱濡れが生じませんでした。X線散乱測定による構造解析から、st-PMECMは剛直な棒状の主鎖から側鎖が伸張した液晶構造を形成していることが分かりました。この構造により側鎖末端のメトキシ基が水との界面に高密度で安定に露出し、抗血栓性に寄与する中間水[用語4]を多く含む水和層を材料表面に形成したと考えられます。
本研究で開発したst-PMECMは、高次構造[用語5]の制御により高い抗血栓性とコーティング安定性の両立を実現した初めての材料です。血液と接触する医療デバイスの長寿命化と安全性の向上に貢献すると期待されます。今後さらに改良を進めて、ステントや人工心肺回路などのコーティング材料として応用試験を行い、実用化に向けた安全性・有効性を検証します。また、これまでの抗血栓性ポリマーは一次構造[用語6]に着目をした研究が主流でしたが、一次構造だけでなく高次構造も抗血栓性などの機能の発現に重要であることを本研究の結果は示しています。
本成果は、10月27日付(米国東部時間)の「ACS Applied Bio Materials」誌に掲載されました。
背景
人工心肺装置やステントなどの血液と接触する医療デバイスの表面では、血栓(血の塊)の形成が重篤な合併症を引き起こすため、血栓形成を抑制するための抗血栓性ポリマーによる表面コーティングが必要とされます。
抗血栓性コーティング材料としてこれまで広く用いられているPMEAは、側鎖末端のメトキシ基と相互作用する水和水(中間水)の存在により優れた抗血栓性を示すことが知られています[参考文献1]。一方、ガラス転移温度が室温よりも低い液体状のポリマーであるため、長期使用時の脱濡れなどによってコーティング安定性が失われることが課題でした。
研究成果
本研究では、PMEAと同じ側鎖を有するシンジオタクチックポリ置換メチレン(st-PMECM)を設計・合成し、その抗血栓性と高次構造を詳細に評価しました。その結果、研究グループでは、シンジオタクチックポリ置換メチレンの主鎖がらせんコンホメーションをとり剛直で棒状の分子となることで液晶性を発現することを見出していました[参考文献2]。
血小板付着試験では、st-PMECMの表面に付着した血小板数がPMEAの約4分の1となり、そのうえ付着血小板の約75%が最も活性化度の低い球状形態に留まるという、非常に優れた抗血栓性を示しました(図1)。さらに、液体状ポリマーであるPMEAでは脱濡れが観察されたのに対して、液晶構造をとって固体状ポリマーになるst-PMECMは脱濡れが生じない高いコーティング安定性を実現しました。
X線散乱測定から、st-PMECMは室温で主鎖の配列が異なる2種の液晶(オブリークカラムナー液晶相(Colob)とヘキサゴナルカラムナー液晶相(Colhex))を形成して、主鎖から50°傾いた方向に側鎖を伸長させていることが分かりました(図2)。液体であるPMEAは水と接触すると、中間水のほかに、主鎖近傍にあるカルボニル基が水との界面に移動し、水分子と強く相互作用して不凍水[用語7]を多く形成します。一方、上述の液晶構造を自発的に形成するst-PMECMは、表面に側鎖末端のメトキシ基を密集して露出させています。水界面ではこれらメトキシ基が水と相互作用して優先的に中間水を形成するので、PMEAを凌ぐ優れた抗血栓性を発現したと考察されます(図3)。
社会的インパクト
本研究で開発したst-PMECMは、高次構造制御により、従来広く用いられているPMEAをしのぐ抗血栓性とコーティング安定性を実現した初めてのポリマー材料です。血液と接触する医療デバイスの長寿命化と安全性の向上に貢献すると考えられます。また、これまでの抗血栓性ポリマーの開発は(主に)一次構造に着目をした研究が主流でしたが、一次構造のみではなく高次構造制御も抗血栓性を含めた効果的な機能の発現に重要であることを本研究の結果は示唆しています。
今後の展開
今後、開発した材料の改良をさらに進めるとともに、ステントや人工心肺回路など具体的な医療機器へのコーティング材料として応用試験を行い、実用化に向けて安全性・有効性を検証する予定です。
さらに、本研究で示した「シンジオタクチックポリ置換メチレンによる高次構造を利用して側鎖の機能を最大限に引き出す」という設計コンセプトを、他の機能性側鎖にも展開し、抗血栓性のみならず、抗菌性や選択的細胞接着などで特別な性質を持つ、多様なバイオインターフェース材料の創出を試みます。
付記
本研究は、小笠原敏晶記念財団、JSPS科学研究費助成事業 若手研究(23K13562)、基盤研究(B)(25K01524、23H02020)の助成により実施されました。
参考文献
- [参考文献1]
- Nishida et al., Advanced Drug Delivery Reviews, 186, 114310, 2022.
- [参考文献2]
- Tokita et al., Polymer, 54, 995-998, 2013.
用語説明
- [用語1]
- 抗血栓性:血液が人工物に接触した場合に生じる血の塊(血栓)の形成を抑制する性質。血栓が形成されにくい材料で作られたステントや人工心肺装置であるほど、安全かつ長期的に使用することができる。
- [用語2]
- 立体規則性:高分子主鎖に連結した側鎖が、一定の規則に従って並んでいることを指す。側鎖が規則正しく連結していると主鎖が規則構造(らせんコンホメーション)をとり液晶や結晶などの高次構造を形成して、諸物性が変化する。
- [用語3]
- 脱濡れ:基板上に製膜されたポリマー薄膜が、時間経過や水和により縮むなどして、基板が露出してしまう現象。医療デバイスの表面コーティングでは、脱濡れが生じると抗血栓性の低下につながる。
- [用語4]
- 中間水:高分子鎖と弱い相互作用で水和している水。中間水を多く形成する高分子ほど優れた抗血栓性を発現することが知られている。PMEAでは、側鎖末端のメトキシ基と相互作用する水分子が中間水となる。
- [用語5]
- 高次構造:高分子鎖の集合構造。高分子が形成する液晶も高次構造の1つである。
- [用語6]
- 一次構造:高分子鎖を構成するモノマーがどの種類・順番・つながり方で並んでいるかを表す高分子鎖1本の構造。
- [用語7]
- 不凍水:高分子鎖と強い相互作用で水和し、-100℃ まで冷却しても凍らない水。PMEAでは主鎖近傍のカルボニル基と相互作用した水分子が不凍水となる。
論文情報
- 掲載誌:
- ACS Applied Bio Materials
- タイトル:
- Superior Antithrombogenic Syndiotactic Poly(Substituted Methylene) with Densely Packed Methoxyethyl Ends of Highly Extended Side Chains at the Solid Film Surface
- 著者:
- Naruki Kurokawa, Masamichi Kiyoura, Hidetoshi Matsumoto, and Masatoshi Tokita
研究者プロフィール
黒川 成貴 Naruki Kurokawa
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 助教
研究分野:高分子機能、高分子構造
戸木田 雅利 Masatoshi Tokita
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 教授
研究分野:高分子構造、高分子機能