どんな研究?
がん治療は、これまで手術・放射線・化学(抗がん剤)療法の3大療法が中心でしたが、現在、免疫療法が第4の治療法として注目されています。免疫システムは、がん細胞を見つけて攻撃するパワーをもっていますが、残念ながらこのパワーを弱める様々な仕組みも体の中に存在します。特に、がん細胞を攻撃するキラーT細胞のパワーを弱めて、免疫を働かせなくしているのが 免疫抑制細胞や免疫チェックポイントと呼ばれる分子です。
免疫抑制細胞には、制御性T細胞、制御性マクロファージ(2型マクロファージ)などがあり、免疫チェックポイント分子の代表的なものはPD-1です。 PD-1に結合して、免疫抑制を解除するのが免疫チェックポイント阻害剤です。この免疫チェックポイント療法は、多くのがんで利用されていますが、免疫抑制の仕組みが多く働いているがんでは、治療効果が期待できませんし、再発や転移などの頻度も高くなります。舌がんも、そのようながんの仲間です。

そこで、東京科学大学(Science Tokyo)博士課程学生の蘇 郁雅(Yuya SU)さん、原田浩之(はらだ・ひろゆき)教授、東みゆき(あずま・みゆき)名誉教授らの研究チームは、舌がんの周囲(がん微小環境)に集まってくる多様な免疫細胞の分布と密度、免疫チェックポイント分子発現を調べることで、免疫タイプを分類し、治療法選択に活かせないかと考えました。
ここが重要
研究チームは、舌がん患者87人の外科手術から得られた組織を精査し、58の免疫パラメータを総合的に解析し、免疫タイプを5つに分類しました。
1. 免疫賦活型:キラー T細胞が数多く存在し、がんに対する免疫応答が積極的に働いている。再発・転移の頻度が少なく、免疫チェックポイント阻害剤が効きやすい。
2. 境界型:中等度のがんに対する免疫応答が起こっており、マイナス(免疫抑制)の因子がない。
3. 免疫抑制型:抑制性 T細胞や抑制性マクロファージの存在により、キラーT 細胞の働きが抑えられている。
4. 免疫隔離型:癌細胞やがん微小環境の影響でキラーT細胞ががん細胞に近づけない。
5. 免疫砂漠型:がん抗原が乏しく、がんに対する免疫応答が起こらない。
手術療法のみで経過がよく、再発・転移しても免疫チェックポイント阻害剤が効く可能性が高い「免疫賦活型」は16%しか存在せず、多少の効果が期待できる「境界型」14%を除けば、実に約70%は免疫が働きにくいタイプだったのです。この免疫タイプは、癌の大きさや転移の有無から決定したステージ分類とは関連せず、患者さん個々の免疫動態とがん細胞によって作り出されるがん細胞周辺のミクロな環境の「個人差」に左右されていたのです。
今後の展望
この発見により、舌がん治療をステージ分類のみに則って選択する治療から患者さん個人の免疫タイプも配慮し「オーダーメイド治療」へと発展する可能性がひらけました。たとえば、免疫賦活型の場合は、術前免疫チェックポイント阻害剤の使用で、完全縮小が得られれば手術が不要になる時代がくるかもしれません。
また、免疫抑制型や隔離型の場合は、免疫チェックポイント阻害剤に加えて、現在臨床試験が進行中の薬剤との併用療法が有効になるでしょう。免疫タイプは、がんの種類により大きく違ってきますので、各がん腫でタイプ分けを進めて行くことが必要でしょう。
研究者のひとこと
がんに対する免疫応答を理解することで、患者さん一人ひとりに合った治療が可能になります。また、高価な免疫チェックポイント阻害剤を無駄に使用することなく、より効果的な治療法を探索していきたいと思います。
(東みゆき:東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 顎口腔腫瘍外科学分野 非常勤講師/口腔科学センター 顧問 / 東京医科歯科大学 名誉教授)



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