つなぐ、医療と行政。ビッグデータを駆使し高齢者診療と向き合う

未来は無限大!私のキャリア

2025年5月21日 公開

厚生労働省 保険局 鈴木里彩

人物写真:鈴木里彩

超高齢社会において、高齢者の健康を維持し、QOL向上を支える老年内科。鈴木里彩さんは老年内科の医師として、社会全体の福祉に向き合っています。現在は医系技官として厚生労働省に出向中。ビッグデータを扱いながら、医療に関する政策立案に関わるという、医師としては異例のキャリアです。現在の進路を選んだ背景と、そのやりがいについて話を伺いました。

老年内科を専門に新しい視点を得た研修期間

私の専門とする「老年内科」では、高齢者の健康や医学的な問題に焦点を当て診療を行います。老年内科と出会ったのは、さまざまな科を実習で回っていた医学部6年生の頃です。内科に進むことは決めていましたが、どの内科を選ぶかは迷っていました。

そんな中で、老年内科のカンファレンス(患者さんの治療方針を医師同士で話し合う場)に参加した時のことです。高血圧で心臓も悪くなっている高齢者の患者さんについて、私は一般的な治療である塩分制限を提案しようとしました。しかし、教授は私に思いがけない指示を与えました。「塩分制限で味を薄くすると食欲が落ちてしまう。塩分制限だけでなく、食事量にも注意しながら利尿剤で調整することも考えましょう」。私は驚くと同時に、その患者さんにとって何が一番良いかという視点で答えを出していることを、とても素敵に感じたのです。

教科書的ではない答えが、患者さんにとって良い方法ということもあり得ます。この出来事が1つのきっかけとなって、老年内科を専門に決めました。それからさまざまなキャリアを重ねていますが、今でも患者さんと向き合う時には、「その人自身をみる」ことを一番大切にしたいと考えています。

不足する超高齢者の情報をビッグデータ活用で医療に反映

6年間の大学生活と初期臨床研修を終えた後、私は大学病院の老年内科で専門研修を開始しました。診療を行ううちに、診療ガイドラインが依拠する論文のデータの多くが85歳以上を含まないことに気づきました。超高齢者のデータは外れ値として省かれてしまうことが多いのです。目の前の患者さんが含まれていないデータを参照して判断された治療が果たして適切なのか。疑問を感じた私は、超高齢者のデータも含まれているビッグデータを研究したいと考え、医療政策情報学の研究室に入りました。

ビッグデータの研究を始めるにあたり、まず基本となるデータベースや疫学統計の扱い方から学び、次いで高齢者のデータ分析を行いました。私が分析していたデータには急性期病院の入院患者の使用した薬剤や受けた検査の情報が含まれており、合併症等について分析ができます。ビッグデータを扱うことで、計画された臨床研究の論文からは見えていなかった高齢者医療の現状をみることができました。

政策の在り方から変えていくために、医療と行政の関係を見つめる

老年内科を専門に選択した頃から感じていた医療課題が1つあります。それは、患者さん一人ひとりにとっての最善策と、社会にとっての最善策が、時に医療経済的に衝突してしまうということです。

日本は医療も介護もみんなで支える国民皆保険の制度を採用しています。かといって、個人のために際限なく資源をつぎ込めば、費用は膨れ上がり、社会保険は崩壊するでしょう。一人の幸福と全体の幸福が一致しない側面がどうしてもあるのです。

保険料は少なからず国民の負担になっていますが、診療報酬や介護報酬は全て国が規定していますし、医療と介護のすみ分けも、国の構想に基づいて定められています。行政の医療に与える影響力がとても大きいことを感じ、医療・介護政策の在り方を模索したいという思いが強まっていきました。そして、厚生労働省への出向を考えるようになりました。

臨床医から厚生労働省の医系技官に
過去の経験が有機的につながる今

今は、厚生労働省で医療政策に関わる医系技官の仕事に就いています。医療データベースの扱い方や研究者への提供方法、そのために必要な制度などを検討し、政策立案するための企画書作りや関係者との調整を行うことが主な仕事です。

出向したばかりの頃、厚生労働省の所有するデータは、研究者の利用申請から提供までに約390日かかっており、それを7日間で提供できる仕組みを作るという任務を与えられました。当初は無理だと思ったものの、データの利用申請、審査のプロセス、システムの見直しなどを各関係者とともに検討してなんとか実現しました。予算やシステムに係る議論もしながら施策を実現する過程は、医師時代には得られなかったものです。

一方、過去の経験が生きる場面もあります。例えば、医療情報のデータベースは、誰にでも利用許可を出せるものではなく、審査会での審議が必要で、この準備のために研究計画の妥当性などの判断が必要になります。この点、私は大学院でデータベースを研究していたため、研究計画とデータの利用申請の内容が整合しているかどうか、ある程度判断することができます。また医師としての経験があることから、他の医系技官に臨床の現場について尋ねられることもあります。過去の全ての経験が今につながっているのを感じます。

医学部では病院で働く臨床医になる方が大多数のため、キャリアについても型にはまった考え方をしてしまいがちですが、基礎研究をする方、起業する方、国際機関に勤務する方、私のように行政に携わる者など、実際の進路は多彩です。始めから1つの進路に決めなくても、経験が有機的につながってくることも十分にあり得ます。「その人自身をみる」という軸は見失わないようにしながら、これからも柔軟にキャリアを重ねていけたらと思います。

Next step!

医療と行政のより良い関係を目指して、医師、そして研究者として歩む

厚生労働省への出向は期間が決まっているので、いずれは医療現場に戻ります。その時にはまず、大学病院で診療に携わるでしょう。患者さんの具合が良くなるとうれしいというのは、大もとのモチベーションになっています。そして診療だけでなく、医療の政策や制度における課題を見つけることにも力を入れたいと考えています。社会保障費の増大や医師の地域的な偏在など、現代の医療課題を解決するにあたって、医療ビッグデータの果たす役割は大きいです。厚生労働省で政策立案の現場に触れたことを生かし、臨床現場で感じた課題に基づく政策研究に携わっていくつもりです。臨床・研究・行政の有機的なつながりを意識しながら医療に貢献できればと考えています。

人物写真:鈴木里彩

プロフィール

鈴木里彩(Risa Suzuki)

人物写真:鈴木里彩

2013年、東京医科歯科大学医学部医学科を卒業後、東京医科歯科大学医学部附属病院に勤務しながら、大学院に進学し、東京医科歯科大学医歯学総合研究科医療政策情報学分野博士課程を修了。同院総合診療科の助教を経て、現在は厚生労働省にて勤務。

2007年
東京医科歯科大学 医学部 医学科に入学。
2012年
医学部6年生の臨床実習で、老年内科に興味を持つ。
2013年
東京医科歯科大学 医学部 医学科を卒業。初期臨床研修の終了後、東京医科歯科大学 医学部附属病院にて、老年内科の医師として勤務する。
2017年
大学院への進学を決め、東京医科歯科大学 医歯学総合研究科へ入学。医療政策情報学を専攻し、臨床医として勤務する傍ら、医療ビッグデータの分析手法を学ぶ。
2021年
博士課程を修了後も東京医科歯科大学 医学部附属病院にて勤務。医療と行政の在り方への関心から、医療政策に関わるため、厚生労働省への出向を希望する。
2023年
厚生労働省に出向し、医系技官として勤務する。厚生労働省の保有する医療ビッグデータの提供について検討するなど、医療政策に関わる業務に携わる。
会議室にて、打ち合わせの様子

関連リンク

取材日:2024年11月22日/湯島キャンパスにて

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