分子の「混雑」を調節するだけで、わずか1種類のDNAからファイバー型・二層構造チューブ型の異なる液晶が形成

2026年7月16日 公開

ポイント

  • わずか1種類の短いDNAから「細長いファイバー型」と「二層構造チューブ型」という異なる液晶の形成に成功
  • 共存するポリエチレングリコールの濃度を調節するだけで、液晶構造の作り分けが可能
  • 周辺環境に応じて形状変化するDNA液晶の性質を利用した刺激応答性材料への展開に貢献

概要

東京科学大学 リサーチインフラ・マネジメント機構の梶谷孝上席技術専門員は、電気通信大学大学院情報理工学研究科基盤理工学専攻博士前期課程の白井想氏(研究当時)、同専攻博士後期課程/日本学術振興会特別研究員の牧野哲直氏と同専攻田仲真紀子准教授と共同で、1種類の短い自己相補DNAが、共存するポリエチレングリコールの濃度に応じて、「ファイバー型」または「二層構造チューブ型」へと形を変えて自己集合する現象を初めて明らかにしました。これまでDNA液晶の構造制御には、DNA配列の変更や複数成分の組み合わせが必要でしたが、本研究は「1種類の極めてシンプルなDNA」であっても、分子の混雑環境を調節するだけで、単一のDNA配列から質的に異なる液晶構造を作り分けられることを示したものです。これらの液晶集合体は10マイクロメートルを超えるサイズであり、実験条件によりサブミリメートルにまで及ぶ成長も観察されました。研究成果は6月23日にドイツの国際学術雑誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン速報版で掲載されました。

概要図. 自己相補DNAの配列および、PEGの濃度に応じて形成されたDNAのファイバー型・二層構造チューブ型の液晶集合体の蛍光顕微鏡画像。

背景

DNAは生命の設計図としての役割だけでなく、その配列に基づく予測可能な塩基対形成能から、ナノサイズの優れた材料としても注目されています。精密に配列を設計したDNAを利用することで、DNAオリガミテクノロジー[用語1]が発展を遂げ、また一方でソフトマテリアルの分野からは、高濃度のDNAが液晶相[用語2]を形成することが知られていました。研究チームは近年、DNA配列の設計原理をDNA液晶形成に応用し、複数のDNA鎖を組み合わせることで、分子混雑環境[用語3]を模したポリエチレングリコール(PEG)の高濃度溶液中で誘起される枯渇力[用語4]から、六角形構造に基づく階層的液晶構造を作り出すことに成功していました(電気通信大学・東京科学大学共同プレスリリース2025年1月14日)。このような枯渇力によるDNA液晶の形成制御は、これまで着目されてこなかった研究手法であり、DNA液晶集合体の形状を決定する要因について、さらなる基盤的知見を得ることができれば、医療方面をはじめ多岐にわたる分野での機能性材料の開発に応用することができます。研究チームは今回、1種類のDNAのみをビルディングブロックとすることで、周辺の混雑環境に応じて、DNAが本来持つ階層的な自己組織化能により、質的に異なる液晶構造体が形成されることを見出しました。

手法

ビルディングブロックとなるDNAとして、14塩基が連結した自己相補配列[用語5]をデザインしました。自己相補配列は同じ配列のDNA同士が2本鎖を組むことで、12塩基の相補部分をもち、両側に2塩基が突出した末端を有することになります。この1種類のDNAと塩を含む溶液に任意の濃度のPEGを添加し、80℃まで加熱したあと、室温までゆっくりと冷却しました。形成された液晶集合体は、蛍光顕微鏡や偏光顕微鏡による観察を行い、小角X線散乱測定[用語6]により、内部構造を解析しました。さらに、自己相補DNAの塩基配列を変えることで、集合体の形状への影響を検証しました。

研究成果

自己相補配列のDNA鎖は、溶液中のPEG濃度が比較的低い場合には細長いファイバー型に集合し、PEG濃度が高くなるとチューブ型という異なる形状を取ることが分かりました。さらに小角X線散乱測定を行ったところ、ファイバー型およびチューブ型の集合体はどちらも内部では二本鎖を組んだDNAが六方柱状構造を取って並び、さらにチューブ型液晶は、DNAのパッキング密度が異なる相から形成されているという高度な階層構造を持っていることが分かりました。またファイバー型は、溶液の冷却速度に応じて、サブミリメートルの長さにまで成長しました。それぞれの液晶集合体について顕微鏡観察下での温度変化観察により、形成過程の詳細を調査した結果、溶液のPEG濃度に応じて二本鎖DNA同士に生じる枯渇力の違いが、このような形状の違いの要因となったことが考えられました(図1)。

  • 低PEG濃度におけるファイバー型液晶の形成
    • 二本鎖DNA同士に生じる枯渇力が比較的弱いため、高温から次第に冷却することにより一本鎖から相補を組んで二本鎖となったDNAはすぐには集合せず、40℃付近で充分量が生成した段階で、核生成が始まります。この場合は水平方向の枯渇力による成長よりも、DNA末端同士の水素結合とπスタッキングによる積層が優勢となり、細長いファイバー型液晶が形成されます。
  • 高PEG濃度における二層構造チューブ型液晶の形成
    • 枯渇力が強くなるため、溶液中のDNAの一部が二本鎖を組み始める比較的高い温度(60℃付近)から集合による核生成が始まります。比較的高温で形成された六方柱状型のコアの周囲に、温度が下がるにつれて増加する二本鎖DNAが外殻として加わることで成長し、形成した温度に応じた異なるパッキング密度を持つ二層構造のチューブ型液晶が形成されます。

積層部分の塩基配列を変更して垂直方向の積層を弱めると、細長い集合体は形成しなくなります。そこでこのようなDNAの液晶集合体の形状は、(1)垂直方向の二本鎖の積層による成長と、(2)水平方向の枯渇力による成長の競合によって決定され、またそのバランスはPEG濃度によって制御できることが示されました。

図1. 1種類の自己相補DNAが高温からの冷却により二本鎖を組み、低PEG濃度においてファイバー型液晶、高PEG濃度において二層構造チューブ型液晶を形成する過程の模式図。低PEG濃度では枯渇力が弱く、垂直方向の積層が優勢となり、細長いファイバー型が形成し、高PEG濃度では枯渇力が強くなるため、比較的高い温度から集合による核生成が始まり、より低い温度領域でさらに二本鎖DNAが加わることで、異なる密度を持つ二層構造のチューブ型液晶が形成されます。

今後の展開

本研究では、分子の混雑環境の調節により、わずか1種類の短いDNAからなる階層的な液晶の形状を制御できるという基盤的知見を得ることができました。これは二本鎖形成というDNAが本来持つ階層性に基づいて現れる性質であり、シンプルな生体分子から狙い通りのソフトマテリアルを作り出す新しい設計指針の構築に貢献するものとなります。このDNA液晶集合体は温度変化にも敏感に反応して形状を変える温度応答性を持つため、新たな刺激応答性材料の開発や、人工核酸との組み合わせによる機能性ソフトマテリアルなどへの展開が期待されます。

付記

本研究成果は日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究C(課題番号:25K08740)、特別研究員奨励費(課題番号:24KJ1129)、国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(課題番号:JPMJCR23L2)の助成を受けて行われ、文部科学省先端研究基盤共用促進事業JPMXS0440200024で共用された機器を利用した成果です。

用語説明

[用語1]
DNAオリガミテクノロジー:DNAの相補となる塩基対間の水素結合による相互作用を利用して、長大な1本のDNAをあらかじめデザインした多数の短いDNAを利用して折りたたみ、2次元もしくは3次元のナノ構造体を作成する手法。
[用語2]
液晶相:液体のような流動性をもちながら、分子配列に一定の規則性を持つ、液体と結晶の中間の状態。
[用語3]
分子混雑環境:細胞内のように多くの分子が混み合って存在する環境。混雑環境における分子は、希薄で均一な水溶液中とは異なる挙動を示すことがある。
[用語4]
枯渇力:混雑環境で、粒子もしくは分子同士に働く引力。溶質分子である二本鎖DNAの周辺にはPEGが入り込めない排除体積が存在する。排除体積の重なりはPEGのエントロピー利得につながるため、二本鎖DNA間に引力が働くことになる。
[用語5]
自己相補配列:同じDNA同士の、アデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)が対となることで、相補関係にある二本鎖構造を形成できる配列。
[用語6]
小角X線散乱測定:試料にX線を照射し、その散乱パターンを解析することで、内部のナノメートルスケールの構造や分子の並びを調べる手法。

論文情報

掲載誌:
Angewandte Chemie International Edition(Wiley-VCH)
タイトル:
Fibers and Double-Layered Tubes Formed from a Single Self-Complementary DNA Oligonucleotide
著者:
So Shirai, Tetsunao Makino, Takashi Kajitani, Makiko Tanaka

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