太古の火星で生命材料分子の原料が届く場所を可視化

2026年9月30日 公開

水蒸気と雨がホルムアルデヒドの供給を左右

ポイント

  • 約38–36億年前の温暖な火星を対象に、光化学モデルと全球気候モデルを組み合わせて解析し、その結果、生命材料分子の原料となるホルムアルデヒドが大気から地表へ運ばれる量の全球分布を明らかにしました。
  • 地表への供給量は水蒸気量と降水に強く左右され、北半球では南半球より数倍多く、タルシスやエリシウムなどの山岳周辺では全球平均の約10倍に達することが分かりました。
  • 水が豊富だった地域の周辺にある盆地は、供給されたホルムアルデヒドが集まりやすく、糖などの有機物が作られた可能性を調べる将来の火星探査候補地になると期待されます。

概要

ホルムアルデヒド(化学式:H2CO)は、水中の化学反応を通じて糖やアミノ酸などの生命材料分子につながり得る重要な分子です。これまでの研究から、温暖だった太古の火星大気で生成され得ることは示されていましたが、火星のどこで、どれほど地表へ届いたのか、は分かっていませんでした。

東京科学大学(Science Tokyo)理学院 地球惑星科学系の小山俊吾研究員(兼 東北大学 大学院理学研究科 客員研究員、研究当時 東北大学 大学院理学研究科 研究員)、同大学 地球生命研究所の鎌田有紘研究員、東北大学 大学院理学研究科の寺田直樹教授らの国際研究グループは、大気中でのホルムアルデヒド生成を計算する光化学モデル[用語1]と、火星全体の気候を再現する全球気候モデル[用語2]を組み合わせました。その結果、水蒸気が多く雨が降りやすい地域ほど、ホルムアルデヒドが作られ、雨と共に地表へ運ばれやすいことを明らかにしました。供給量は北半球で南半球より数倍多く、山岳地帯では地形による上昇気流で雨が生じるため、局地的な集中域が形成されました。特に湿潤地域の周辺にある盆地では、大気から運ばれたホルムアルデヒドが河川等で集まり、蒸発によって濃縮されて有機物合成が進んだ可能性があります。こうした地域は、火星で生命につながる化学進化が起きたかを検証する将来の探査候補地として注目されます。

本研究成果は、2026年9月30日23時(日本時間)に科学誌「The Planetary Science Journal」に掲載されました。

背景

現在の火星は寒冷で乾燥していますが、地形や鉱物の証拠から、約38–36億年前には一時的に温暖で湿潤な時期があったと考えられています。厚い二酸化炭素大気に、火山活動や隕石衝突などで供給された水素が加わると温室効果が強まり、北半球の海や各地の湖、河川に液体の水が存在できた可能性があります。

生命誕生の可能性を考えるには、液体の水だけではなく、糖やアミノ酸などの材料がどのように供給されたかを知ることが重要です。ホルムアルデヒドは大気中の光化学反応で生成され、地表の水に溶けると、水中で進む化学反応を通じて糖を含む、より複雑な有機物の原料になることから、太古の火星で生命材料分子が作られる道筋を考える上で鍵となる分子です。

研究グループはこれまで、太古の火星大気がホルムアルデヒドの生成に適していたことや、その炭素同位体の特徴が火星探査で見つかった有機物を説明し得ることを示してきました。しかし、従来の計算は火星全体を平均した一次元モデルであり、水蒸気や雨の地域差を扱えませんでした。どこにどれほど届くのかを地図として示すことが、探査結果との比較や将来の着陸地点選びに必要でした。

研究成果

研究グループはまず、地表温度、水蒸気量、気圧、紫外線の強さをパラメータとして、光化学計算を行い、それぞれの条件で生じるホルムアルデヒド量をテーブル化しました。次に、この参照テーブルを太古の火星の全球気候モデルに組み込み、約38–36億年前の温暖な環境を想定し、火星全体のホルムアルデヒドの地表供給量分布を計算しました。

計算の結果、ホルムアルデヒドの地表への供給量は火星全体で約100倍の地域差を示しました(図1)。水蒸気が豊富な場所では、水分子が紫外線で分解されることでホルムアルデヒド生成に必要な反応が進みます。さらに、生成したホルムアルデヒドは雨に溶け込み、効率よく地表へ運ばれます。この二つの効果が重なるため、北半球の海やヘラス盆地などの水域で供給が多くなり、北半球の平均は南半球を数倍上回りました。全球平均の供給量は1平方メートル当たり年間約5mgでした。一方、タルシスやエリシウムなどの山岳周辺では、斜面に沿って空気が上昇して降水が生じるため、最大で同約50mgと全球平均の約10倍に達しました。

図1. 太古火星における大気ホルムアルデヒドの地表供給量分布

今後の展開

今後、モデルが予測する供給量の多い地域と少ない地域で、古い地層に含まれる有機物の量や炭素同位体の特徴を比較できれば、大気由来のホルムアルデヒドが火星有機物にどの程度寄与したかを検証できます。特に、湿潤地域に隣接し、水が集まって蒸発しやすい盆地は、ホルムアルデヒドが濃縮されて有機物合成が進んだ可能性のある有望な探査対象です。今後は、大気中での化学反応と気候を3次元で直接結び付けたモデルの開発や、地表に届いた有機物の分解・保存過程の実験を進めることで、太古の火星における化学進化と生命誕生可能性をより詳しく解明することを目指します。

付記

本研究は科学技術振興機構 創発的研究支援事業(JPMJFR212U)、および日本学術振興会科研費補助金(JP22KJ0314、JP22H05150、JP22H05149、JP23K13166、JP25K00024、JP25K01051、JP25KJ0123、JP26K00757、JP26K17214、JP25K01062、JP22KK0044、JP24KJ0066、JP25KF0184、JP24K21565、JP22K03709、JP22H05151、JP22H00164、JP22KK0044)の支援を受けて行われました。また本論文は『東北大学2026年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』の支援を受け、Open Accessとなっています。

用語説明

[用語1]
光化学モデル:大気中の化学反応を考慮し、各分子種の密度を計算するモデル。
[用語2]
全球気候モデル:惑星全体の大気の流れ、気温、水蒸気、雲、降水などを三次元で計算するモデル。

論文情報

掲載誌:
The Planetary Science Journal
タイトル:
Global distribution of atmospheric formaldehyde deposition correlated with water vapor on a warm early Mars
著者:
Shungo Koyama*, Arihiro Kamada, Naoki Terada, Yoshihiro Furukawa, Tatsuya Yoshida, Yuki Nakamura, Takeshi Kuroda, Ann Carine Vandaele, and Shohei Aoki

*責任著者:東京科学大学 理学院 地球惑星科学系 小山俊吾研究員(兼 東北大学 大学院理学研究科 客員研究員、研究当時 東北大学 大学院理学研究科 研究員)

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