らせん磁気構造の“進む向き”の電流による可逆制御に成功

2026年7月2日 公開

磁気構造の新しい電流制御法を実証

ポイント

  • 金属らせん磁性体のらせん磁気構造の進む向きを、磁場下で電流のプラスマイナスに応じて可逆的に切り替えることに成功
  • 印加する電流と磁場の方向を操作することで、任意の向きに進むらせん磁気構造に対しても同様に電流で可逆制御できることを実証
  • 磁気構造の空間的な向きを電流で制御する新たな指針を示す成果であり、多機能な磁気メモリやスピントロニクス素子への応用が期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 理学院 物理学系の古田爽樹大学院生と賀川史敬教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター チームディレクター)、理化学研究所 創発物性科学研究センター(CEMS)のYao Guang(ヤオ・グァン)特別研究員(研究当時)、軽部皓介ユニットリーダー、田口康二郎グループディレクター、小椎八重航上級研究員、于秀珍チームディレクターらの研究チームは、金属
らせん磁性体[用語1]であるCo8.5Zn8.5Mn3(コバルト・亜鉛・マンガン化合物)において、磁場下でらせん磁気構造の進む方向を電流で可逆制御できることを初めて実証しました。

磁気状態の電流制御は、磁気メモリをはじめとするスピントロニクス[用語2]の基盤として、盛んに研究されてきました。しかし、その多くは強磁性体[用語3]を主な対象としており、らせん磁性体の磁気状態が電流下でどのような応答を示すかに関して、未解明な点が多く残されていました。

本研究では、磁場を加えた状態で電流を流すことにより、らせん磁気構造の進む向きが元の方向から直交する方向へ切り替わることを観測しました。さらに、電流の向きを反転させることで、らせんの進む向きが元の状態へ戻る可逆的なスイッチングにも成功しました。

この現象は、試料の結晶構造や形状、ならびにらせん磁気構造の対称性に基づいて理解することができ、特にらせん磁気構造の進む向きは、印加する電流と磁場の相対的な方向によって選択されることが明らかになりました。本成果は、磁気構造の空間的な向きを電流で制御する新しい設計指針を与えるものであり、将来的には磁気メモリや高機能スピントロニクス素子への応用が期待されます。
本成果は、7月2日付(現地時間)の「Communications Materials」誌に掲載されました。

背景

現在広く用いられている半導体メモリの多くは、情報保持に電力を必要とするため、情報量の増大に伴う待機電力や熱の発生が問題となっています。これに対し、磁気状態を用いて情報を記録する磁気メモリは、不揮発性を有する省エネルギーメモリとして期待されています。一方で、磁気メモリを実際に動作させるには記録された磁気状態を電気的に、すなわち電流によって効率的に書き換える機能が不可欠です。

磁気状態の電流制御は強磁性体を中心にこれまで多くの研究がなされてきました。しかし、らせん磁性体では、図1に示したような、らせん磁気構造の進む向きを電流で可逆的に制御する方法は見出されていませんでした。

図1. らせん磁気構造の進む向き(磁気変調方向)が、電流の向きに応じて選択的に切り替わる様子を示した模式図。

研究成果

本研究では、金属らせん磁性体であるCo8.5Zn8.5Mn3(コバルト・亜鉛・マンガン化合物)の薄片を試料として用い、ローレンツ透過電子顕微鏡[用語4]により、電流および磁場を印加した状態におけるらせん磁気構造を実空間で観察しました。その結果、以下の現象を観測しました(図2)。

  • 面内磁場成分を結晶軸[100]方向に印加して実現したらせん磁気構造に対し、電流を同じ方向に印加すると、元のらせん磁気構造に対して90度直交した方向に進むらせん磁気構造のドメインが生じる。一方、その状態に対し、先ほどとは逆の向きに電流を流すと、らせんの進む向きは電流印加前の状態に戻る(図2)。
  • 面内磁場成分を[100]方向以外の任意の方向に印加した場合、実現するらせんの進む方向もそれに応じて変わるが、この状態においても[100]方向に印加する電流のプラスマイナスに応じて、らせんの進む向きを電流印加前の方向と直交する方向へ可逆的に切り替えることができる。

これらの結果は、試料の結晶構造やデバイス形状、ならびにらせん磁気構造そのものが持つ対称性に基づいて、現象論的に理解することができます。本研究では、対称性解析を用いることにより、ある電流と磁場の方向に対して、どの向きにらせん磁気構造が進むと、エネルギーが安定となるかを予測できることを提唱しています。特に、らせん磁気構造の進む向きを表す量を、通常の矢印付きのベクトルとしてではなく、正・負の向きを同一視するダイレクタ[用語5]として表現することが、この現象を対称性の観点から正しく理解するための鍵であることを明らかにしました。この予測は実験結果とよく一致しており、今回観察されたらせん磁気構造のスイッチング現象に対して、対称性解析が有効な現象論的記述を与えることを示しています。

図2. ローレンツ透過電子顕微鏡により観察した Co₈.₅Zn₈.₅Mn₃ 薄片試料中のらせん磁気構造。白黒の縞模様は、らせん磁気構造の周期的な磁気変調を反映しており、縞模様に対して垂直な方向がらせんの進む向きに対応している。初期状態(電流を流す前)では、らせんの進む向きは主に[100]方向を向いている(a)。正電流を印加すると、[010]方向に進むらせん磁気構造のドメインが生じる(b)。電流の向きを反転させると、らせんの進む向きは再び[100]方向に戻る(c)。この結果は、らせん磁気構造の進む向きが電流の極性によって可逆的に制御できることを示している。

社会的インパクト

本研究は磁気メモリなどに必要不可欠な「磁気状態を電流で選択的に書き換える」ための新しい磁気制御指針を示した点で重要な意義を持ちます。従来の磁気メモリでは、主に磁化の上向き・下向きのような区別が情報担体として利用されてきました。これに対し本研究は、らせん磁気構造の進む向きという、磁化の配列の自由度も、電流によって制御可能であることを示しています。この成果は、磁気状態を利用する情報記録の自由度を拡張する可能性を示すものであり、将来的には、より多機能な磁気メモリやスピントロニクス素子への応用につながる可能性があります。

今後の展開

今後はらせん磁気構造の進む向きに依存した物理量の探索を行い、その検出手法を確立することで、らせん磁性体における電流制御の学理構築を目指します。その実現により、磁気メモリ応用において不可欠となる「磁気状態をどう電気的に読み出すか」という課題に対しても重要な知見を与えることが期待されます。

付記

本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(科研費)(JP25KJ1220、JP25K00944、JP26H00383、JP23K03291)、科学技術振興機構(JST)CREST(JPMJCR20T1)および理化学研究所TRIPイニシアティブの支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1]
らせん磁性体:物質内部の各位置における磁化の向きが、空間的に少しずつ回転しながら周期的に変化する磁性体。このような磁気構造は、らせん磁気構造と呼ばれる。らせん磁気構造では、磁化の向きが回転しながら変化していく方向を「らせんの進む向き」と呼ぶ。
[用語2]
スピントロニクス:電子の持つ電気的な性質である電荷に加え、磁気的な性質であるスピンを同時に利用する学術・技術分野。
[用語3]
強磁性体:物質内部の各位置における磁化の向きが同じ方向に並んだ磁性体。
[用語4]
ローレンツ透過電子顕微鏡:電子線が磁性体を通過する際に受けるローレンツ力による電子軌道の方向の変化を可視化することにより、試料内部の磁気構造を観察する方法。
[用語5]
ダイレクタ:向きを表す量の一種。ただし、通常のベクトルとは異なり、ある向きとその正反対の向きを同じ状態として扱う。つまり、矢印の向きそのものではなく、正反対の向きを区別しない「軸」を表す量である。らせん磁気構造の進む向きはこのような性質を持つため、ダイレクタとして表現するのが自然であり、数学的には2階のテンソル量として表される。

論文情報

掲載誌:
Communications Materials
タイトル:
Reversible reorientation of the helimagnetic q-director in a cubic chiral magnet by electric-current polarity
著者:
Soju Furuta, Yao Guang, Kosuke Karube, Yasujiro Taguchi, Wataru Koshibae, Xiuzhen Yu, Fumitaka Kagawa

研究者プロフィール

古田 爽樹 Soju Furuta

東京科学大学 理学院 物理学系 博士後期課程学生
研究分野:物性物理学

光 耀 Yao Guang

理化学研究所 創発物性科学研究センター 特別研究員(研究当時)
研究分野:物性物理学

軽部 皓介 Kosuke Karube

理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発機能磁性材料研究ユニット ユニットリーダー
研究分野:物性物理学

田口 康二郎 Yasujiro Taguchi

理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関物質研究グループ グループディレクター
研究分野:物性物理学

小椎八重 航 Wataru Koshibae

理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関理論研究グループ 上級研究員
研究分野:物性物理学

于 秀珍 Xiuzhen Yu

理化学研究所 創発物性科学研究センター 電子状態マイクロスコピー研究チーム チームディレクター
東京科学大学 理学院 物理学系 特任教授
研究分野:物性物理学

賀川 史敬 Fumitaka Kagawa

東京科学大学 理学院 物理学系 教授
理化学研究所 創発物性科学研究センター 動的創発物性研究チーム チームディレクター
研究分野:物性物理学

関連リンク

お問い合わせ

東京科学大学 理学院 物理学系 教授
賀川 史敬

取材申し込み

東京科学大学 総務企画部 広報課

理化学研究所 広報部 報道担当