科学の知を結集し難病に立ち向かう-核酸医薬 × 中分子創薬の未来

2024年10月1日 公開

難病や希少疾患に苦しむ患者を目の当たりにし、その苦しみを少しでも軽減したい――その強い思いから、研究者たちは「中分子創薬」の開発に挑んでいます。東京科学大学(Science Tokyo)では、医学に加え、理学、工学、リベラルアーツなど多様な学術分野の最先端技術を結集し、これまで治療が困難とされてきた疾患に対する新たな治療法の開発に取り組んでいます。従来の限界を超えるために、どのような挑戦が行われているのか。脳神経病態学分野の横田隆徳教授が率いる「中分子創薬コンソーシアム」の取り組みに迫ります。

  • 中分子創薬とは、分子サイズが小分子(従来の薬)と大分子(抗体医薬など)の中間に位置する薬です。ペプチドや核酸を使用し、小分子のように細胞内に入りやすく、大分子のように特異的な標的に作用するという双方の利点を持っています。

難病や希少疾患に苦しむ患者さんを救いたい……

-横田先生が医師、脳神経内科医、そして創薬を志したのはなぜですか?

横田 子供の頃から物理学と化学が好きでした。悩んだ末に医者の道を選びました。医療の現場で学生・研修医生活を送るうちに、世の中にはたくさんの難病や希少疾患があり、病気に苦しみながら亡くなっていく患者さんがいることを知りました。医学だけでなく元々自分が好きだった理工学の力を借りて、患者さんを痛みや苦しみから解放して差し上げたい……と強く思うようになり、脳や脊髄、末梢神経、筋肉などの神経系や筋肉の病気を診療する脳神経内科医を志しました。

認知症を発症した方は、ご当人はご自身のことがわからなくなってしまっているんですけど、ご家族は丸々10年以上も看ていかなければならないので、ご家族の心労はとても気の毒です。一方でパーキンソン病、多発性硬化症(MS)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、筋ジストロフィーなどの難病は全く逆で、ご本人は全く動けなくなってしまうけれども、意識はしっかりし苦痛だけが続いていくのです。そのことを医師として全てを理解しているのに、解決することができない。その状態が10年、20年と続いていきます。このような脳や神経の病気を治すために、脳に薬を届けなければなりませんが、その当時(1980-90年代)は、治療する方法がなく、病気が進行する患者さんに「ただ寄り添うだけ」の状態でした。2000年頃になってやっと、遺伝性の神経難病の原因遺伝子が発見され始め、米国留学から帰国したばかりの私は、「そうだ!この発見をもとに治療薬の研究開発を進めよう」と考えました。

あきらめずに常識の壁を乗り越える

-創薬をスタートし、ヘテロ核酸(DNA/RNA)に辿り着くまでにどんなご苦労がありましたか?

横田 当時は「創薬は製薬会社の仕事」というのが一般常識で、医師は完成した薬を治療に用いるのが役目だと決めつけていたのですが、医師が臨床研究で得た難病発症メカニズムなどの研究成果を、製薬会社の持つ様々な技術を使って新薬を作り患者さんに届けることが、まさに物理や化学が好きで医者になった自分の使命だと思いました。

アメリカでは1990年代より核酸医薬[用語1]の一つであるアンチセンス核酸[用語2]が、2000年代よりsiRNA(短鎖干渉RNA)[用語3]の開発が進んでいました。すでに大規模な投資が行われ、開発競争が激化している状況でした。そこで着目したのがsiRNAの応用研究です。この分野のトップランナーは、米国のアルナイラムというバイオ企業で、ファイザーや武田薬品なども一緒に創薬開発をしていました。しかしファイザーが2011年に撤退し、武田薬品も手を引いてしまい、目の前が真っ暗になりました。一時は自分も手を引こうかと弱気になりましたが、一念発起して「独自の核酸」をゼロから作る決心をしたのです。そしてこの分野の第一人者である大阪大学の小比賀聡先生に相談するため、大阪行きの飛行機の中で思いついたのが「DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸[用語4]」でした。伊丹空港に到着後すぐに小比賀先生にお会いして、分子構造について夢中で議論するうちに、あっという間に時間が経って夜中になっていました。

「DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸」の発想は、アンチセンス核酸にデリバリー分子を結合させる手法の応用版といえます。私は脳神経内科医で「脳に治療薬を届ければ患者さんを救える可能性が高い」と常々感じていたので、不可能と言われていた血液脳関門(血液から脳組織への物質輸送のバリア)を通過させる方法を試行錯誤しているうちに、アイデアが浮かびました。当初はその有効性に半信半疑でしたが、動物実験をすると見事に血液脳関門を通過し、薬効も確認されたため、自分でもびっくりしました。さらに「DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸」の二本鎖構造が、細胞内では生物学的に固有に認識されて、独自の輸送メカニズムを持っていることも判明しました。

横田隆徳教授

-横田チームが開発した「DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸」は、なぜ世界から注目されているのですか?

横田 「DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸」はDNA鎖とRNA鎖が相補的に結合した二本鎖構造で、安定性と安全性が高く、様々な生物学的プロセスに関与できるため、遺伝子発現の調節において重要な役割を果たし、分子生物学的研究においても利用されています。さらに核酸医薬を臨床に応用する際の大きな問題点であった、全身投与による肝臓以外の臓器の遺伝子制御を初めて可能にしました。これらの特徴により「DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸」は、アンチセンス核酸の単なる応用ではないと認識され、今までとは異なる別のモダリティの核酸医薬と認識され、世界中の化学者や製薬会社から注目されています。

中分子創薬開発の成果を治療と予防に生かす

-Science Tokyoとともに誕生した「中分子創薬コンソーシアム」の背景、概要、意義について教えてください。

横田 Science Tokyoが世界をリードしていく研究領域として注力しているのが核酸やペプチドによる「中分子創薬」です。次世代の中分子創薬の研究開発を促進し、特に難病や希少疾患、超希少疾患の患者さんに個別化医療を提供し、医薬品を創生していきます。加えて一般的な疾患に対してもその応用を図ります。さらに、この技術を用いて病気の予防医療を開発し、より多くの人々が健康を維持できる社会を目指しています。総力を挙げて組織的な研究開発を推進するために、「中分子創薬コンソーシアム」を設立しました。コンソーシアムの中心となる組織は、旧東京医科歯科大学の核酸・ペプチド創薬治療研究(TIDE)センターと旧東京工業大学の中分子IT創薬研究推進体(MIDL)ですが、この旧2大学のみならず、この分野を研究しているすべての大学と実際に創薬開発を実施している製薬会社が保有する最先端の技術と知識を結集し、その技術を融合させながら開発をリードしていきます。また、コンソーシアムを通して知識を共有するプラットフォームの提供や教育・普及活動も推進することで、医療の未来を切り開く重要な一歩を踏み出していきます。

-旧2大学の研究力を掛け算することにより、従来にない飛躍的な強みとなるポイントをご説明ください。

横田 まず大学が統合することを機会に、僕自身が若いころやりたかった化学を勉強したいと思っています。これからの創薬は、旧東京工業大学で培ってきた化学の力が重要です。

私は本当にびっくりしました。小さい分子、分子の中の原子にちょっとしたアクションを加える。核酸の原子一つを変えたら、核酸全体の性質がガラッと変わる。そうやって人工核酸を作る。本来僕らヒトが持っている分子を優先するのではなく、ヒトが持っていない分子を作る。中分子ならそれができる。それには間違いなく化学の力が必要なんですね。

旧東工大のMIDLを中心に推進してきたAI設計、化学合成、先端計測、AI毒性予測などのアプローチと、TIDEセンターが持つ中分子「DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸」やmRNAのDDS技術、構造生理学を用いたペプチド技術、そして旧東京医科歯科大学が持つ医療・生命科学の知見が融合することで、新しい中分子創薬の開発がより効率的かつ効果的に進められるようになります。この融合により、基礎研究から臨床応用、予防医療の開発までの流れが一体化し、研究成果が迅速に患者さんや予防のための医療現場に届けられることになります。

-研究の成果が社会実装された際の、未来社会へのインパクトをどのようにお考えですか?

横田 中分子創薬は、従来の治療法では難しかった遺伝子に直接作用するために、難病や希少疾患の治療が飛躍的に進歩します。今まで効果的な治療法がなかった多くの患者さんが、新しい治療の恩恵を受けられるようになります。例えば、今は、治療するのにルンバ―ルという背中に入れる長い注射を―――これは苦しい注射で、治療のたびに何度も実施する必要がありますが―――この投薬が皮下注射や飲み薬になれば、誰にとってもとても良いことです。さらに、個別化医療が進展することで、一人ひとりに最適な治療を提供することが可能になり、副作用を抑えつつ治療効果を最大化できます。

中分子創薬は、新たな治療法の可能性を広げる技術でもあります。新たな治療法の開発に加え、予防医療の開発にも大きな可能性があります。病気の発症を予防するための新しい手段が提供されることで、健康維持が可能となり、社会全体の医療コストの削減にもつながります。このようにScience Tokyoの存在意義である、「科学の進歩」と「人々の幸せ」とを探求し、社会とともに新たな価値を創造するために邁進(まいしん)していきます。

研究室の様子

横田隆徳(よこた・たかのり)
教授
東京科学大学
大学院 医歯学総合研究科 脳神経病態学分野(脳神経内科) 
総合研究院 核酸・ペプチド創薬治療研究(TIDE)センター

横田隆徳教授

取材日:2024年8月21日/ 湯島キャンパス M&Dタワー アクティブラーニング教室にて

用語説明

[用語1]
核酸医薬:DNAやRNAなどの核酸を使い、病気の原因となる特定のタンパク質やDNAを標的し働きかける治療法です。
[用語2]
アンチセンス核酸:特定のmRNA(メッセンジャーRNA)やRNA前駆体に結合して、その働きを抑制したり、発現調整する合成核酸の一種です。mRNAやRNA前駆体は細胞内でタンパク質を作るための設計図として働きますが、アンチセンス核酸はその設計図に結合し、タンパク質の生成を妨げたり、上昇させることで病気の原因となる異常なタンパク質の産生を抑えたり、補充することができます。
[用語3]
siRNA(短鎖干渉RNA):mRNAを分解することで特定の遺伝子発現を抑制します。アンチセンス核酸と同様に、mRNAの働きを阻害しますが、より強力、かつ、持続的な遺伝子発現抑制効果が期待されています。
[用語4]
DNA/RNAヘテロ2本鎖核酸:DNAとRNAの鎖が相補的に結合した二本鎖構造を持つ新しいタイプの核酸医薬のことを指します。通常、核酸はDNA同士やRNA同士で二重らせん構造を形成しますが、DNA/RNAヘテロ二本鎖核酸は、異なる性質を持つDNAとRNAがペアとなって形成されています。ヘテロという言葉は、ギリシャ語の「異なる」という意味を持ちます。

この研究をもっと詳しく知るには

次回の特集では、中分子創薬の基礎とその魅力をわかりやすく解説します。 新たな創薬の可能性とその開発の舞台裏にご期待ください。

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