ポイント
- 遺伝子(DNA)の化学修飾である5-ホルミルシトシン(5fC)を検出・解析する手法を開発。
- 光架橋性分子を搭載した新しいプローブがDNA中の5fCとユニークな光反応性を示す。
- 本技術は、5fCが関与する生命科学研究から医療応用まで、幅広い分野に展開。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 生命理工学院 生命理工学系の山吉麻子教授、三瓶悠助教、白濱裕章大学院生らの研究チームは、DNA中の特定の化学修飾を光によって識別する新たな解析技術を開発しました。本研究では、光架橋性分子であるトリオキサレン[用語1]を導入した新規ヌクレオシド(GPs)を新たに設計・合成し、これを搭載した光検出プローブ(GPs-Oligo)が、DNA修飾の一種である5-ホルミルシトシン(5fC)[用語2]に対してユニークな光反応性を示すことを見出しました。[参考文献1-2]
DNAの化学修飾は、遺伝子配列を変えることなく遺伝子発現を制御するエピジェネティクス[用語3]機構の中核を担っています。[参考文献3]中でも5fCは、DNAに施されるメチル化修飾が除去される過程で生成する修飾塩基として発見され、近年の研究では5fCが単なる脱メチル化の中間体にとどまらず、さまざまな生物学的機能を有する可能性が示唆されています。一方で、その性質や役割については未解明な点も多く、新たな解析手法の開発が求められていました。
研究チームは、光反応を利用した分子プローブに着目し、外部刺激によって反応を制御できる特長を活かした分子設計を検討しました。その結果、開発した「GPs-Oligo」は、紫外光照射により5fCと特異的に架橋反応を起こし、他のシトシン修飾とは異なる挙動を示すことが明らかになりました。さらに、本分子を用いたDNAチップを構築し、5fCを識別できる遺伝子診断チップへ展開する技術基盤を構築しました(図1)。
本研究成果は、5fC修飾を光反応によって識別するという新しい解析概念を提示するものであり、エピジェネティクス研究の発展に貢献することが期待されます。今後は、生体試料への適用や検出感度の向上を進め、基礎生命科学から医療応用へとつながる解析ツールとしての社会実装を目指します。
本成果は、1月7日付(米国東部時間)の「Journal of the American Chemical Society 」誌に掲載されました。
背景
DNAの化学修飾は、遺伝子配列を変えることなく遺伝子発現を制御するエピジェネティクス機構の中核を担うことが知られています。代表的なエピジェネティック修飾である5-メチルシトシン(5mC)に加え、近年ではその酸化生成物である5-ホルミルシトシン(5fC)が注目を集めてきました。5fCは5mCからメチル基が除去される過程で生成される修飾塩基であり、単なる反応中間体にとどまらず、生物学的機能を有する可能性が示唆されています。しかし、5fCの生体内での役割についてはまだ未解明な点が多く、その解析手法の多様化が求められてきました。一方で、光反応を利用した光架橋性分子プローブを用いた解析は、外部刺激により反応を制御できる点で、エピジェネティック修飾を含むさまざまなDNA修飾の検出への応用が期待されてきました。こうした背景のもと、本研究ではDNAと光架橋を形成する分子プローブに着目し、5fCと特徴的に反応する分子設計を探索してきました。
研究成果
本研究では、光架橋性分子であるトリオキサレンを搭載した新規ヌクレオシド(GPs)を開発し、これを導入したオリゴヌクレオチド(GPs-Oligo)がDNA中の5fCに対してユニークな光反応性を示すことを見いだしました。トリオキサレンのようなソラレン誘導体は古くから皮膚疾患の治療薬として用いられてきましたが、5fCとの反応性については報告例がありませんでした。本研究では、トリオキサレンをDNA中のグアノシンの糖部2'位に導入することで、光照射により5fCと特徴的な架橋反応性を持つことを世界にさきがけて見いだしました。すなわち、5fCとGPs-Oligoとの反応性は、これまでに報告されてきたトリオキサレンの光反応性と全く異なるものです。さらに、本分子を用いたDNAチップを構築し、光照射条件を制御することで5fCを識別できる可能性を実証しました。
社会的インパクト
これまでの5fC検出法は、5fCの化学的特性を利用して選択的に標識した後、PCR法などを用いて増幅した後に解析する手法が主流でした。本研究で得られた成果は、DNAチップ上で5fCを光刺激により直接識別するという新しい解析概念を提示するものであり、エピジェネティクス研究の発展に貢献することが期待されます。とくに、これまで理解が進んでいなかった5fCの機能解明に向けた新たな研究手段を提供する可能性があると考えられます。
エピジェネティクス異常は、がんや神経疾患をはじめとするさまざまな疾患との関連が指摘されており、本技術は将来的に病態理解の深化や創薬研究への波及も期待されます。また、光による反応制御性を活かすことで、DNA修飾を時空間的に解析する新たな研究アプローチへの展開も見込まれます。本研究は、基礎生命科学から医療応用へとつながる学際的研究の基盤形成に寄与するものです。
今後の展開
今後は、本研究で開発した光反応性オリゴヌクレオチドの光反応特性をさらに精査し、5fCに対する反応機構の理解を深めていく予定です。あわせて、5fCを含むDNA断片の濃縮や検出感度向上に向けた手法の検討についても進めていきます。
さらに、細胞から抽出したDNAや検体試料への適用可能性を検証し、より実用的な解析系への展開を目指します。将来的には、DNAチップや他の解析プラットフォームとの統合により、エピジェネティクス解析ツールとしての社会実装や研究現場での活用につなげていく予定です。
付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業・基盤研究A「レトロウイルス感染症の根治を目指した新規光ゲノム編集技術の開発」(課題番号 22H00593)、若手研究「新規ソラレン結合型三重鎖形成核酸の開発と光ゲノム編集技術への応用」(課題番号 22K14839)、若手研究「光刺激依存的な細胞死誘導を可能とする新規光応答性核酸の開発とがん治療への展開」(課題番号 25K18134)、AMED・創薬基盤推進研究事業(課題番号 24ak0101227h0001、25ak0101227h0002)、AMED橋渡し研究プログラムシーズA(課題番号 24ym0126811j0003、25ym0126811j0004)の支援と、九州大学病院AROの支援を受けて行われました。また、AMED・BINDS(課題番号JP22ama121014、JP23ama121014)、物質・デバイス共同研究拠点・展開共同研究「DNAのエピジェネティック修飾を標的とした新規遺伝子制御分子の開発」、物質・デバイス共同研究拠点・機動的プロジェクト「プロウイルス遺伝子を標的とした新規光駆動性核酸の開発」からも支援を受けて行われました。
参考文献
- [参考文献1]
- Photochem. Photobiol. 2020, 96, 1014–1031.
- [参考文献2]
- Chin. Chem. Lett. 2024, 35, 109656
- [参考文献3]
- Nat. Rev. Chem. Biol. 2017, 1, 69.
用語説明
- [用語1]
- トリオキサレン:古くから乾癬、皮膚炎、尋常性白斑などの光線治療に用いられてきた天然有機化合物ソラレンの誘導体の1つであり、人工的に合成された。紫外光照射でDNAに架橋する性質を有する。
- [用語2]
- 5-ホルミルシトシン(5fC):5-メチルシトシンの酸化によって生成されるDNA塩基修飾で、DNA脱メチル化過程に関与する。単なる中間体にとどまらず、独自の機能を持つ可能性が報告されている。
- [用語3]
- エピジェネティクス:DNAの塩基配列を変えることなく、化学的な修飾によって遺伝子が「いつ・どの程度働くか」を調節する仕組みのこと。細胞の分化や発生、環境応答などに関与する。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of the American Chemical Society
- タイトル:
- Detection of Epigenetically Important 5-Formylcytosine Modifications Using Novel Photoreactive Oligonucleotides Containing a Trioxsalen-Conjugated Guanosine
- 著者:
- Yu Mikame, Hiroaki Shirahama, Kinuka Doi, Nagisa Maekawa, Hiroki Kanazawa, Tsuyoshi Yamamoto, Chikara Dohno, Jiro Kondo, Takehiko Wada, Asako Yamayoshi
- DOI:
- 10.1021/jacs.5c11463
研究者プロフィール
山吉 麻子 Asako Yamayoshi
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 教授
研究分野:機能性分子開発、核酸化学、細胞外小胞
三瓶 悠 Yu Mikame
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 助教
研究分野:有機合成化学、核酸医薬