東京科学大学(Science Tokyo)は、理工学と医学、歯学が力を合わせることで、科学の新時代を切り開いていくと期待されています。このことを象徴する融合研究がすでに始まっています。今回は、統合を見据えて開催された「マッチングファンド研究成果発表・研究交流会」において成果発表を行った4組の共同研究を紹介し、今後のコンバージェンス・サイエンスにつながるヒントを探ります。
トピック一覧
- ナノマシンで薬を脳に届けたい! ――材料への熱い思いが医療のニーズとマッチ
- 新発見のタンパク質分解酵素を次世代技術へ ――自然発生的な出会いが協働を増やす
- 「説明可能な人工知能」で口臭を診断 ――QOLが向上した2040年をともに描く
- 生体を見倣い、医療機器ECMOの血栓を防ぐ ――15年間培われた息の合った関係性
ナノマシンで薬を脳に届けたい!
――材料への熱い思いが医療のニーズとマッチ
安楽 泰孝(物質理工学院 材料系 准教授)※1 × 内田 智士(総合研究院 難治疾患研究所 先端ナノ医工学分野 教授)※2
※1 旧東京工業大学
※2 旧東京医科歯科大学
安楽准教授は、体外から血管を通して薬を体内の特定の場所に届けるドラッグ・デリバリー・システム(DDS)における「ナノマシン」(カプセル状の無機有機ハイブリッド材料)の開発を行っています。
安楽 血流は高速道路のようなもの。薬はさまざまな物質とぶつかって、すぐに壊れてしまいます。そこで、小さく丈夫な“乗り物”であるナノマシンに薬を乗せて、治療したい場所まで運ぶのです。
一方、内田教授の専門はmRNA医薬(=メッセンジャーRNA医薬)。新型コロナウイルスのワクチンとして注目されたmRNAは、人体に入ると細胞内でタンパク質を作り、治療効果を持続的に発揮します。内田教授は、mRNAを使ったアルツハイマー病や脳腫瘍の治療開発に着手していましたが、mRNAが長い血管を安定して進む必要があること、加えてmRNAが血液脳関門と呼ばれる血管と脳の間を隔てるバリアを通過しにくいという課題に直面していました。
安楽 mRNAは薬としての能力はすごいのですが、僕ら材料屋から見ると安定性が極端に低く、そこを克服して安定させたかった。
2人は以前、東京大学の生体材料工学の研究室で席を並べていました。
安楽 私が東工大に移り、内田先生が東京医科歯科大に移った直後にマッチングファンドの募集が出たので、一緒に応募しました。
内田教授が持つ医学の見識に加え、mRNAをオーダーメードで合成する技術力など、安楽准教授にとって協働のメリットはたくさんあると言います。動物実験も医科歯科大(当時)で可能となり、臨床研究も視野に入れることができるようになりました。
安楽 分野をまたいだ共同研究促進のために研究シーズの“見本市”はどんどん増やして欲しいです。そのときに重要なのは、共通する“言語”だと思います。
医学分野の研究者たちと話し始めた頃は分野間の違いに戸惑いもあったと言います。
安楽 分子や細胞のスケール感、薬品の量など、工学と医学では異なる感覚を持っています。例えば、分子レベルでは大量の薬品を精製したつもりでも、医療現場で投与する立場では少量に過ぎません。そういった溝を埋められると、異分野間のファーストコンタクトはよりスムーズになると思います。
新発見のタンパク質分解酵素を次世代技術へ
――自然発生的な出会いが協働を増やす
加藤 一希(総合研究院 免疫機構研究ユニット テニュアトラック准教授)※2 × 寺坂 尚紘(未来社会創成研究院 地球生命研究所 特任准教授)※1
2020年のノーベル化学賞の受賞で有名なCRISPR-Cas9は、狙ったDNAを選択的に切断することからゲノム編集技術として注目されています。一方、加藤准教授は、タンパク質を分解するCas7-11-Csx29という酵素を2022年に世界で初めて発見しました。このタンパク質分解Cas酵素はさまざまな新規技術への応用可能性を秘めています。
加藤 分解できるタンパク質の条件は厳しく、実際にタンパク質分解Cas酵素を応用するのは困難だと思っていました。
そこで、加藤准教授はこのタンパク質分解Cas酵素をより使いやすく、人工的に改良しようと考えました。そのためマッチングファンドをきっかけに研究を共にしたのが、mRNAディスプレイ法を得意とする寺坂特任准教授です。mRNAディスプレイ法は、mRNAと関連するタンパク質などを提示(ディスプレイ)してライブラリー群から目的の機能を持つタンパク質を効率よく選別する技術です。
加藤 寺坂さんは、JSTの「さきがけ」(若手研究者の登竜門)の同期で、年齢もほぼ一緒。すぐに意気投合しました。
加藤准教授が「アイデアはあるけど、探し方に迷ってるんです」と相談したところ、寺坂特任准教授が「じゃあmRNAディスプレイで試しましょう」と応え、共同研究がスタートしました。
加藤 逆に、私が得意なクライオ電子顕微鏡という技術で寺坂さんの研究をお手伝いしています。お互いの技術がかみ合い、ウィンウィンの関係ですね。
共同研究と言うと、大掛かりなビッグプロジェクトのイメージがあるかもしれません。しかし、お互いの実験装置やノウハウを貸し借りする気軽な関係性から始められるのです。
加藤准教授は、大学、製薬会社、海外の病院とさまざまな立場での研究経験から、異分野間の文化の違いによるジレンマは感じていません。
加藤 ハーバードメディカルスクールに在籍していた頃、ピザを頬張りながら参加するデータ会や、ビールを飲みながら他の研究室と交流するハッピーアワーが毎週のようにあって、「ピザを食べに行こう」というノリで参加していました。上下関係や分野の違いを超えてフラットに集まれて、自然発生的な協働が生まれる雰囲気作りが大事だと思います。
「説明可能な人工知能」で口臭を診断
――QOLが向上した2040年をともに描く
財津 崇(大学院医歯学総合研究科 健康推進歯学分野 学内講師)※2 × 石田 貴士(情報理工学院・情報工学系 教授)※1
次に紹介するのは、マッチングファンドがきっかけでつながった2人です。口臭のメカニズムや診断・診療方法を研究する財津学内講師がポスターセッションに出展しました。そこへ、バイオインフォマティクスを得意とする石田教授が声を掛けたのが始まりでした。
石田 私は匂いを予測する技術を研究していて、財津さんのポスターに興味を持ちました。
口臭の主な原因は硫黄系化合物で、ガスクロマトグラフィーを用いた成分分析で測定していました。高価な機材であるため、財津学内講師はもう少し簡易に口臭の有無を計測できないかと考えていました。そこで、患者の舌の写真から、AIの深層学習を用いて口臭の有無を推定してみました。しかし、AIは計算過程がブラックボックス化しており、何を根拠に推論したかわからないという弱点を抱えていました。
石田 話しているうちに、匂いの測定ではなく「説明可能なAI(XAI)」という技術で診断の根拠を探れるのではないかと、議論が深まりました。
実際に試したところ、画像上の舌苔(舌の白くなった汚れ)の色や厚み、範囲などが、口臭の有無や診断で重要な部分だとAIが教えてくれるようになりました。
財津 今後、2040年には団塊ジュニア世代が高齢者となります。その時に向けた健康長寿社会を実現していくために、高齢者の口腔の状態を簡単に診断できるアプリを作りたいと考えています。口臭の受診や治療をだれもが気軽に受診できる未来を提案します。
石田 医療の課題は生死に関わることが多いため、研究のハードルが高くなります。しかし、口臭のようにヘルスケアやQOL(生命や生活の質)の研究であれば、短い期間でも社会実装の可能性が高いと感じています。
生体を見倣い、医療機器ECMOの血栓を防ぐ
――15年間培われた息の合った関係性
藤原 立樹(大学院医歯学総合研究科 心臓血管外科学分野 講師)※2 × 土方 亘(工学院 機械系 准教授)※1
2020年5月、新型コロナウイルスが蔓延していた頃、医科歯科大の藤原講師は、重症コロナ患者の救命にECMO(=エクモ。肺の代わりに酸素を血液中に取り込む装置)を使用していました。ところが、コロナ患者ではECMOの人工肺の中に血栓が生じやすいという課題に直面しました。
そこで、15年来の研究パートナーであり、東工大で人工心臓(心臓の機能をサポートする医療機器)の設計・開発が専門の土方准教授に相談しました。その時に出てきたアイデアが、人工肺を通過する血流に人工的に速い流れと遅い流れを交互に作り出す「拍動」を取り入れることで、血栓を予防できるのではないかというものでした。
土方 流れに緩急を付けるというのは、無意識に人間の拍動に似せたらどうかというアイデアがあったからだと思います。
ECMOの血栓を拍動で解決しようとする研究は世界でこれが初めて。さらに驚くことに、血栓を減らすように最適化された人工拍動の波形は、人間の自然な血圧の変動に近いものでした。
幸いパンデミックは終息し、ECMOが必要となる病状は減りましたが、ECMOの血栓問題は未だ大きな課題です。そこで、藤原講師は今回の知見を次の世代に繋いでいくための準備を進めています。また、土方准教授は拍動に注目したこの研究成果を、人工心臓の開発にも活かしたいと話します。
藤原 医師は日常の臨床でさまざまな課題を抱えます。ほとんどの場合は解決できる人を見つけるのに多くの時間がかかりますが、私はありがたいことに土方先生にすぐに相談できます。
土方
医療機器を開発していると、実験室レベルではうまくいっても、臨床レベルでうまくいかないことがあります。そこで、藤原先生に評価していただけると、全く見えていなかった新しい突破口が見えてきます。
医学側、工学側と分けず、次の世代もこうやって手を結んで新しいことを進めていける、その土壌をしっかり準備していきたいですね。
今回インタビューした4組の研究者に共通していたのは、お互いの研究を尊重し合えるフラットな関係性でした。
Science Tokyoは、これからもサイエンスをリードし、さまざまな枠を超えた共同研究や産学連携を推進しイノベーションを提案していきます。ともに時代を切り開く熱意あるみなさんの参加を心待ちにしています。
取材日:2024年8~9月(オンラインZoomにて)