どんな研究?
化粧品の保湿成分や医薬品の原料には、「硫酸化多糖(りゅうさんかたとう)」という物質が広く使われています。ねばり気があり、水をたっぷり抱え込めるだけでなく、抗炎症や抗ウイルスなどの働きも期待されています。
しかし、現在使われている硫酸化多糖の多くは、サメや家畜、海藻などから取り出しています。そのため、動物等の天然資源に頼らず、安定してつくる方法が求められていました。
そこで注目されたのが、海や川、砂漠や温泉など地球上の色々なところにすむ、光合成を行う微生物「ラン藻」です。ラン藻が細胞の外に硫酸化多糖をつくることは以前から知られていましたが、どのような仕組みでつくられるのかは長らく不明でした。
東京科学大学(Science Tokyo)の前田海成(まえだ・かいせい)助教らの研究チームは、これまでに、あるラン藻が「シネカン」という新しい硫酸化多糖をつくることを発見し、その研究によってラン藻硫酸化多糖の合成のしくみの一つを世界で初めて明らかにしていました。研究チームは、このしくみを担う遺伝子群を「xss遺伝子群」と名付けました。
ラン藻における硫酸化多糖の合成のしくみがわかってくると、研究チームは、他の生き物がもつ有用な硫酸化多糖もラン藻でつくらせたいと考えました。しかし、これは単に遺伝子を入れれば済む話ではありません。糖を合成し、加工し、細胞の外へ送り出すまでを担う複雑な「ものづくり工場」全体を、別の生き物の中で正しく動かさなければなりません。そこで今回挑んだのは、あるラン藻に備わっているxss遺伝子群を、本来は硫酸化多糖をつくらない別のラン藻へ丸ごと移植することです。このようなラン藻間の移植であっても前例はなく、本当に機能するかどうか誰にも分かっていませんでした。
ここが重要
生き物の中では、設計図にあたる遺伝子の情報をもとにタンパク質がつくられ機能します。別の生き物に、たくさんの遺伝子をただ移植するだけでは、狙い通りに機能させることは困難です。研究チームは、シネカンをつくるためのxss遺伝子群だけでなく、それらの遺伝子がタンパク質になる過程を助けるxss遺伝子群も一緒に移植しました。その結果、これまで誰も実現できなかったラン藻硫酸化多糖の「ものづくり工場」全体の移植が成功し、別のラン藻でも硫酸化多糖をつくれることを世界で初めて証明しました。
一方で、硫酸化多糖をつくるようになったラン藻では細胞の増殖はほぼ止まりました。解析を進めると、その細胞では数百もの遺伝子の働き方が大きく変わり、「増殖する状態」から「ストレスに対して応答している状態」になっていました。また、つくられた硫酸化多糖は元のシネカンと同じものではなく、生産量も元のラン藻と比べると少量でした。これらの結果から、ラン藻硫酸化多糖の「ものづくり工場」を移植する際に、注意するべき点も見えてきました。
ラン藻において、細胞膜上に存在する複雑な合成システム全体を別の種へ移植し、機能させた例は、これまでにありませんでした。本研究は、ラン藻を目的に応じて設計できる多糖工場へ変えるための技術的な土台を築いた成果といえます。
今後の展望
これまでにも大腸菌などの微生物を改変して硫酸化多糖をつくらせる研究はありました。しかし、つくられる硫酸化多糖の質や量に問題があり社会実装には到っていません。ラン藻の多くは生まれつき大量の硫酸化多糖を生産する能力を有しているため、硫酸化多糖の生産ホストとして有望であると期待されます。本研究の技術が発展すれば、太陽光と二酸化炭素を利用して、美容や医療、機能性食品に利用される硫酸化多糖を安定して生産できるようになる可能性があります。また、これが実現すれば、環境にやさしいものづくりにも貢献できるかもしれません。
さらに、本技術はラン藻硫酸化多糖の合成機構や役割を知る用途にも役立つと期待されます。ゲノム情報から硫酸化多糖の合成に関わりそうな遺伝子を推定することはできても、そのゲノムを持つ生き物自体は実験材料として扱いづらいというケースが多くあります。そのような場合に、本研究のように扱いやすいラン藻に移植して機能を調べることができれば、様々な知見を得ることができるかもしれません。
研究者のひとこと
皆さんは公園や池などで緑色のぶよぶよ、ドロドロしたものを見かけたことはありませんか?もしかするとそれは、ラン藻と、彼らが光合成でつくった多糖かもしれません。ラン藻は現在の地球環境を支えている重要な生物群の一つです。私達は、そんなラン藻が、どんな多糖を、どうやって、何のためにつくっているのかという点に強い興味を抱いています。
一方で、ラン藻の光合成能力や、硫酸化多糖の生産能力は、ネイチャーポジティブ等に配慮したバイオものづくりの観点からも興味深い研究対象です。そこで私達は、多糖の合成機構や機能の解明を通じたラン藻の生き方の理解と、得られる知見を利用したラン藻多糖工場の実現を目指して研究をおこなっています。本研究は、その両方の発展において大事な第一歩という位置付けです。
(前田海成:東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 助教)
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