漬物由来の乳酸菌が持つ「免疫機能を調節する力」を解明

2025年6月12日 公開

機能性食品等への応用が期待されるLactiplantibacillus属の比較ゲノム解析で明らかに

ポイント

  • 日本の漬物から分離された乳酸菌の「免疫機能を調節する力」に注目
  • 2種のLactiplantibacillus属の「免疫機能を調節する力」の違い、新たな比較ゲノム(全遺伝情報)解析パイプラインにより明らかに
  • 植物性食品のプロバイオティクス応用や健康機能の解明に貢献

概要

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授と劉伊婷博士課程学生らは、日本の漬物から分離された乳酸菌[用語1]であるLactiplantibacillus plantarumおよびLactiplantibacillus pentosusの免疫機能を調節する能力の違いに注目し、比較ゲノム解析[用語2]を行いました。その結果、Lactiplantibacillus plantarum のIL-10とIL-12に株特異的な、免疫調節[用語3]能力があることを明らかにし、これらの菌株が持つ力に関わる遺伝子「TagF2遺伝子」を特定しました。この遺伝子は、細菌の生存戦略などに関与するポリグリセロール-3-リン酸型壁タイコ酸(poly-GroP WTA)[用語4]の合成に不可欠な酵素の産生に重要な役割を果たしています。

今回の成果は、乳酸菌が私たちの健康に与える影響を遺伝子レベルで理解する手がかりとなるものです。このことは、植物性ヨーグルトなどへの応用や、新たな機能性食品の開発にもつながる可能性があります。

本研究は、「ぐるなび 食の価値創成共同研究」の研究成果を基に行われ、2025年4月29日付の「mSystems」に掲載されました。

図1. 免疫細胞はポリグリセロール・タイコ酸を認識し、さまざまな細胞因子を生成して、免疫システムを調節

背景

東京科学大学と株式会社ぐるなびは2016年より、日本の食文化を支える発酵をテーマとした共同研究「ぐるなび食の価値創成共同研究」を行っています。この共同研究では発酵過程や発酵に関わる微生物を科学的に解析することで、和食が持つ新たな価値を発見しブランド価値向上につなげることを目指しています。

日本の伝統食品である漬物には、独自の乳酸菌が多く存在し、これらの菌の持つ機能を科学的に解明することが求められています。乳酸菌は腸内環境を整える「善玉菌」として知られており、近年、「免疫力を高める効果」が注目され、食品としてだけでなく医療や健康分野でもその応用が期待されています。

研究成果

本研究では、日本の伝統的な漬物から単離された2種の乳酸菌、L. plantarumおよびL. pentosusを対象に、Calinski-Harabasz 指数から導出されたPotential-Gene (PG) 指数を用いた比較ゲノム解析を行いました。その結果、株特異的なIL-10とIL-12の免疫調節能力が明らかになり免疫調節能力に関わる遺伝子を同定しました。両種の免疫調節能力に関与する遺伝子としてTagF2遺伝子が同定されました。この遺伝子は、ポリグリセロール-3-リン酸型壁タイコ酸(poly-GroP WTA)[用語6](poly-GroP WTA)合成に不可欠な酵素を産生していて、poly-GroP WTAが効果的な微生物関連分子パターンとして潜在的な役割を果たすことが示唆されました。実験においてもIL-10の免疫調節能力が確認され、poly-GroP WTAの効果がより強く示唆される結果を示しました。

この成果は、新たな比較ゲノム(全遺伝情報)解析パイプラインの開発に貢献するものです。

A. パンゲノム構築
B. 共培養とELISA定量
C. 新たな比較ゲノム解析パイプライン構築
D. 候補遺伝子の調査

社会的インパクト

漬物由来の乳酸菌が健康に与える影響を遺伝子レベルで明らかにすることで、今後の機能性食品開発や植物性ヨーグルトなどへの応用が期待されます。また、動物性原料を使用しないプロバイオティクス[用語5]製品の開発により、ヴィーガンやアレルギー体質の方々への選択肢が広がります。本研究は、日本の伝統食品に潜む「微生物資源」の価値を再評価するきっかけにもなります。

今後の展開

旧東京工業大学と旧東京医科歯科大学の統合により、医学と科学技術の連携が一層円滑に進み、本研究の有意義な成果につながりました。今後、多くの漬物由来乳酸菌のゲノム解析を進め、食品ごとの機能性の違いや免疫応答への影響を詳細に調べていく予定です。また、食品メーカーや製薬会社との連携による機能性評価や製品開発にも応用されることを期待します。

付記

本研究の一部は内閣府「研究開発とSociety 5.0との橋渡しプログラム」(通称BRIDGE)による研究助成を受け実施しました。

用語説明

[用語1]
乳酸菌:糖を分解して乳酸を作り出す細菌。腸内環境を整える働きがあることで知られています。
[用語2]
比較ゲノム解析:複数のゲノムを比較してその類似点と相違点を明らかにする解析。具体的には、ゲノム配列や構造、遺伝子機能などを比較検討し、共通の遺伝子または独自の遺伝子を同定することで、それぞれのゲノムの代謝の特色や進化の過程を考察できる。ゲノムは生物が持つすべての遺伝情報のこと。
[用語3]
免疫調節:体の免疫反応を適切にコントロールする働き。過剰な炎症反応を抑えたり、感染に対する防御を強めたりします。
[用語4]
ポリグリセロール-3-リン酸型壁タイコ酸(poly-GroP WTA):乳酸菌などグラム陽性菌の細胞壁にある成分で、ペプチドグリカンにポリグリセロール-3-リン酸が結合した構造を指します。細胞の形を維持、外敵から守る役割があり、菌が厳しい環境下でも生き延びるのに欠かせません。病原性や抗菌薬への反応にも関わることがあるため、研究の対象となっています。
[用語5]
プロバイオティクス:体に良い働きをする生きた微生物のこと。腸内環境の改善や免疫力の向上に役立つとされています。

論文情報

掲載誌:
mSystems
タイトル:
Comparative genome analysis of the immunomodulatory ability of Lactiplantibacillus plantarum and Lactiplantibacillus pentosus from Japanese pickles
著者:
Yiting Liu, Kazunori Sawada, Takahiko Adachi, Yuta Kino, Tingyu Yin, Naoyuki Yamamoto, Takuji Yamada

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東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系

准教授 山田 拓司

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