がん由来の微粒子が尿中に出ることを発見

2026年2月24日 公開

尿を使ったがん細胞の早期検知へ

ポイント

  • がん細胞由来の細胞外小胞が尿へと分泌されることを確認
  • 脳をはじめとした腫瘍組織から分泌された細胞外小胞が尿へと排出される様子を高感度に検出
  • 尿中細胞外小胞によるがんの早期検知に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 生命理工学院 生命理工学系の安井隆雄教授、阿尻大雅助教、東京大学 大学院医学系研究科の小嶋良輔准教授、名古屋大学 未来社会創造機構の夏目敦至特任教授らの研究グループは、東北大学、群馬大学、北海道大学、国立長寿医療研究センターのグループと共同で、腫瘍組織から分泌された細胞外小胞が尿へと排出されることを明らかにしました。

細胞外小胞は、すべての細胞が放出する微粒子(直径30-200 nm程度)であり、親細胞の情報を表面や内部に搭載しています。尿や血液といった体液には多くの細胞外小胞が含まれており、それらを解析することで、がんなどさまざまな疾患の診断が可能となると期待されています。しかし、これまでの研究は患者・健常者間で検出される分子を統計的に比較する解析にとどまっており、腫瘍組織から分泌された細胞外小胞そのものが実際に尿中に排出されるのか、また、排出される場合には、それがどの程度の量、どのようなメカニズムで起きるのかは不明でした。

今回の研究では、膀胱から遠く離れた腫瘍組織から分泌された細胞外小胞が実際に尿へと排出されること、およびその機構を明らかにしました。具体的には、あらかじめレポーターとなる核酸やタンパク質で標識した細胞外小胞を分泌するがん細胞を用いることで、細胞外小胞の追跡を行いました(図1)。がん細胞をマウスに移植し、そこから分泌された細胞外小胞を追跡することで、腫瘍組織から分泌された細胞外小胞が体内を循環し、腎臓に取り込まれた後に尿へと放出されていることが確認されました。また、がん由来の細胞外小胞がトランスサイトーシスと呼ばれる現象を介して、尿中に濃縮される可能性も示唆されました。この発見により、近年注目されている尿を用いたがんの早期検知の確実性が高まったことになり、新たなバイオマーカー[用語1]の開発にもつながると期待されます。

本成果は、2月20日付(現地時間)の「Science Advances 」誌に掲載されました。

図1. マウス脳腫瘍から尿へと移行する細胞外小胞の追跡実験概略図。定量可能な目印(gRNAなど)を含む細胞外小胞を放出するがん細胞をマウス脳に移植し、細胞外小胞が体内を循環し、腎臓を通って尿中へと排出される様子を追跡した。

背景

すべての細胞は、その活動に伴ってさまざまな細胞外小胞を分泌することが知られており、がん細胞が分泌する細胞外小胞は腫瘍の状態や性質を反映する重要な「バイオマーカー」として注目されています。特に、血液や尿などの体液中からこれらの細胞外小胞を採取・解析する「リキッドバイオプシー[用語2]」は、身体への負担を抑えながら病態を把握できる新たな診断技術として期待されています。中でも、尿は特に非侵襲的な体液として注目されており、これまでに尿中に含まれる細胞外小胞を用いたがん診断への応用の可能性が報告されています[参考文献1、2]

しかし、これまでの研究は患者・健常者間で検出される分子を統計的に比較する解析にとどまっており、腫瘍組織で分泌された細胞外小胞が血中を腎臓へ移動し、そこでサイズバリア機構のある糸球体[用語3]を実際に通過して尿として排出されているのか、また、排出される場合の仕組みは謎のままでした。

そこで研究グループは、尿を利用したリキッドバイオプシーを行う科学的なエビデンスを確かなものにすべく、がん由来の細胞外小胞が実際に尿中に排出されていることを実験的に証明するとともに、その排出機構の解明を試みることにしました。

研究成果

研究グループは、まず、guideRNA(gRNA)[用語4]でタグ付けされた細胞外小胞を分泌する脳腫瘍由来の細胞を構築し、これをマウスの脳内に移植することで、がん由来の尿中で細胞外小胞に内包されたgRNAを観測しました。その結果、がん細胞由来のEVが一定量尿中に実際に排出されることを見いだしました(図2A)。一般的には、血液から尿を産生する腎臓において、糸球体が、内皮細胞・基底膜・ポドサイトからなる三層構造によって、サイズなどに基づいて分子の通過を制限する「フィルター」として働き、一定以上のサイズを有する分子は透過しないと考えられていますが、この結果はその常識と反するものになります。

そこで、研究グループは、ナノフローサイトメトリー、糸球体模倣デバイス、ラマン測定などのさまざまな機器・手法を用いることで、このgRNAでタグ付けされた細胞外小胞の性質・行方を詳細に追跡しました。結果、比較的大きなサイズを有するにも関わらず、細胞外小胞はトランスサイトーシス[用語5]という現象を介して、糸球体の細胞層を通過できることを示しました。この経路を通じて、腫瘍細胞から分泌された細胞外小胞が血液中を循環し、糸球体の内皮細胞や上皮細胞によって取り込まれ、尿細管腔側に排出されると考えられます。

図2. モデルマウスの尿中に排出される追跡可能な細胞外小胞の定量。
(A)脳腫瘍モデルでの検討。gRNAを含む細胞外小胞を分泌する脳腫瘍細胞を移植したマウスの尿中には、長期にわたってgRNAが検出された(青色プロット)。一方で、移植していない対照マウスの尿からはgRNAは検出されなかった(灰色プロット)。
(B)肺がんモデルでの検討。発光レポーターを用いた解析では、血中(ピンクプロット)よりも尿中(オレンジプロット)でより多くのがん細胞由来の細胞が観察される傾向があった。

さらに研究グループは、肺がんや膵がんなどの別の組織由来の細胞外小胞についても尿中に排出されるかモデルマウスを用いて検討しました。本モデルは、gRNAとは別の、蛍光と生物発光で検出可能なGeNLと呼ばれるタンパク質でタグ付けされた細胞外小胞を用いて検討を行いましたが、本モデルでもがん細胞由来の細胞外小胞が尿中に排出されることが確認されました。さらに、血中と尿中のがん由来細胞外小胞の量を比較すると、むしろ尿中に多くのがん由来細胞外小胞が検出されるケースが多いことが明らかになりました(図2B)。これらの発見は、尿細胞外小胞が単なるろ過の産物ではなく、生理的な輸送経路を介して特定の細胞外小胞が能動的に尿中に排出される可能性を示唆する重要な結果となります。

社会的インパクト

今回の結果は、腎臓や膀胱から遠く離れた腫瘍組織で分泌された細胞外小胞が、確かに尿へと排出されていることを示しています。これまでは、尿中に腎臓や膀胱から遠い腫瘍組織で分泌された細胞外小胞が存在する理由が不明確とされていましたが、今回の結果はこの問題を解決し、尿中の細胞外小胞を信頼性の高いバイオマーカーとして活用できる根拠を示すことができました。これらの知見により、従来の血液採取によるリキッドバイオプシーと比べて低侵襲かつ簡便な尿採取による診断技術の開発が加速されることが期待されます。

今後の展開

本研究で構築した細胞外小胞の追跡技術は、さまざまながん腫や組織を対象とした細胞外小胞の動態解析へと応用が可能です。バイオマーカー開発のみでなく、がん転移や細胞間コミュニケーションの機構解明など、多様な領域への応用が期待されます。

付記

本研究成果は、科学技術振興機構(JST)CREST(JPMJCR2576、JPMJCR19H1、JPMJCR23B7)、さきがけ(JPMJPR17H5)、創発的研究支援事業(JPMJFR214N)、日本医療研究開発機構(AMED)医療機器・ヘルスケアプロジェクト(JP21he2302007)、AMEDムーンショット研究開発事業(22zf0127004s0902、JP22zf0127009)、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(JP24ama121038)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)(JPNP20004)、JST AIP加速研究(JPMJCR23U1)、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)(JP24H00792)、研究活動スタート支援(JP24K23101)、基盤研究(B)(JP22H01927)、学術変革領域研究(JP24H00868)、特別研究員奨励費、野口遵研究助成金(NJ202308)、HFSP Career Development Award CDA-00008/2019-C、および東京大学生命科学技術国際卓越大学院プログラム(WINGS-LST)の支援のもとで得られたものです。

参考文献

用語説明

[用語1]
バイオマーカー:病気の有無や進行度、治療効果などを判断するための体内の物質や指標。
[用語2]
リキッドバイオプシー:血液や尿などの体液を用いることでがんなどの病気の検査を行う方法。身体の一部を切り取る方法(バイオプシー、生体検査)と比較して、侵襲性が低い。
[用語3]
糸球体:腎臓の中にある毛細血管の塊で、血液をろ過して尿をつくる最初のステップを担う重要な構造。内皮細胞・基底膜・ポドサイト(糸球体上皮細胞)の三層構造から成り、血液中の老廃物や余分な水分をこしとる「フィルター」として働く。
[用語4]
guideRNA(gRNA):ゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」において、標的とするDNA配列を正確に認識・誘導するための短いRNA分子。本研究では、このRNAを細胞外小胞の追跡マーカーとして利用した。
[用語5]
トランスサイトーシス:細胞の中を物質が通り抜ける仕組みの一種。分子や粒子が細胞に取り込まれ(エンドサイトーシス)、細胞内を通過し、細胞外へと放出(エキソサイトーシス)される一連の過程。

論文情報

掲載誌:
Science Advances
タイトル:
Glomerular routing of tumor-derived extracellular vesicles substantiates urinary biopsy
著者:
Shota Kawaguchi*, Taiga Ajiri*, Rina Mitsuya, Reiko Tsuchiya, Koki Kunitake, Yoshikazu Tanaka, Takeshi Yokoyama, Kiichi Sato, Yusuke Sato, Zetao Zhu, Kunanon Chattrairat, Yasuko Kobayashi, Kimiko Inoue, Keisuke Imaeda, Kosei Ueno, Sou Ryuzaki, Akira Kato, Yasuyuki Kimura, Atsushi Natsume, Ryosuke Kojima*, and Takao Yasui*

研究者プロフィール

安井 隆雄 Takao Yasui

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 教授
研究分野:ナノバイオ分析

阿尻 大雅 Taiga Ajiri

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 助教
研究分野:ナノバイオ分析

小嶋 良輔 Ryosuke Kojima

東京大学 大学院医学系研究科 准教授
研究分野:合成生物学、ケミカルバイオロジー、バイオエンジニアリング

夏目 敦至 Atsushi Natsume

名古屋大学 未来社会創造機構 特任教授
研究分野:脳神経外科、脳腫瘍

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