ポイント
- 水素酸化細菌 Ralstonia eutropha を用いた非可燃性混合ガス培養において、低濃度CO2条件が生分解性プラスチックの生産を促進することを発見
- 水素濃度を爆発下限界未満に抑えた非可燃性混合ガス培養により、安全性を確保しながらCO2から効率的に生分解性プラスチックを生産
- 本成果は、微生物を利用した安全かつ高効率なCO2資源化プロセスの開発に貢献
概要
東京科学大学(Science Tokyo)物質理工学院 材料系の宮原佑宜特任助教とWang Chih-Ting(ワン・チーティン)大学院生(研究当時)および柘植丈治教授らの研究チームは、水素酸化細菌 Ralstonia eutropha(ラルストニアユートロファ)[用語1]を用いてCO2から生分解性プラスチック[用語2]を生産する際に、供給ガス中のCO2濃度を低くすることで、生分解性プラスチックの生産が促進されることを明らかにしました。
水素酸化細菌 Ralstonia eutropha は、水素(H2)、酸素(O2)、二酸化炭素(CO2)を含む混合ガスを供給して培養すると、CO2から生分解性プラスチックの一種であるポリ(3-ヒドロキシブタン酸)[P(3HB)][用語3]を合成し、細胞内に蓄積することが知られています。従来の培養方法では水素ガスの爆発リスクが課題でした。これまでに研究チームは、爆発下限界[用語4]未満の低濃度水素ガスを用いた安全な培養方法「非可燃性混合ガス[用語5]培養」を開発してきましたが、その際のCO2からP(3HB)への変換効率の向上が課題でした。そこで本研究では、供給ガス中のCO2濃度に着目し、P(3HB)が効率的に生産される培養条件を検討しました。その結果、低濃度CO2条件においてP(3HB)生産が促進されることを見いだしました。それに加えて、低濃度CO2条件下で炭酸脱水酵素[用語6]の発現を増強することで、P(3HB)の蓄積量をさらに高められることが明らかになりました。
本成果は、微生物を用いた安全かつ効率的な生分解性プラスチック生産に向けた重要な知見を提供するものです。今後、本成果を活用することで、排気ガスなどに含まれる低濃度のCO2を有用なプラスチック材料へと変換することが可能になると期待されます。
本成果は、2026年4月17日付(米国東部時間)の「ACS Sustainable Chemistry & Engineering 」誌に掲載されました。
背景
ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)[用語7]は、糖類や植物油から微生物によって合成される生分解性プラスチックです。ほかの生分解性プラスチックが分解しにくいとされる海水中でも優れた生分解性を示すため、石油由来プラスチックの代替材料として期待されています。その中でも、P(3HB)は、代表的なPHAとして知られ、これまでに広く研究されてきました。
水素酸化細菌 Ralstonia eutropha は、水素をエネルギー源、二酸化炭素を炭素源として利用できる微生物です。この性質を利用することで、糖類や植物油のようなバイオマス資源を使わずに、CO2からP(3HB)を生産することが可能です。一方で、従来の培養方法では、高濃度の水素ガスを用いるため、水素の爆発リスクが実用化に向けた大きな課題となっていました[参考文献1]。これまでに、研究チームは、水素の爆発リスクを回避するために、爆発下限界の4 vol%(ガスの体積に占める割合)未満の水素ガスを用いた培養方法を開発してきました[参考文献2, 3]。しかし、安全性を高めるために水素濃度を低くすると、微生物に供給できるエネルギーが制限されるため、CO2をどのように効率よくP(3HB)へと変換するかが課題でした。そこで本研究では、低濃度水素条件で供給するCO2濃度の影響に着目し、P(3HB)生産に適したガス組成を検討しました。
研究成果
本研究では、供給ガス中の水素濃度を3.8 vol%、酸素濃度を7 vol%に固定し、二酸化炭素(CO2)濃度のみを低濃度(1.4 vol%)、中濃度(7.4 vol%)、高濃度(13.4 vol%)に変化させて培養を行いました。その結果、低濃度CO2条件において、菌体増殖およびP(3HB)生産量が最も高くなることが明らかになりました。144時間の培養後、高濃度CO2(13.4 vol%)条件では、2.10 g/L(培養液1 L中の量)のP(3HB)が得られたのに対し、低濃度CO2(1.4 vol%)条件では、2.71 g/Lまで増加しました(図2)。また、細胞内に蓄積したP(3HB)の含有率は、73 wt%(細胞の重量に占める割合)から77 wt%へと増加しました。さらに、供給したCO2量あたりのP(3HB)生産収率は、低濃度CO2条件において、高濃度条件の11.8倍にまで向上しました。これにより、CO2濃度を低く制御することで、限られたCO2を効率的にP(3HB)生産へ利用できることが示されました。
さらに、本研究では、CO2と重炭酸イオン(HCO3-)の変換を触媒する「炭酸脱水酵素」にも着目しました。炭酸脱水酵素は、細胞内でCO2を効率的に利用するために重要な酵素の一つです。この酵素の発現量を遺伝子導入により増強した菌株を、低濃度CO2条件にて培養したところ、P(3HB)生産量は2.92 g/L、P(3HB)含有率は81 wt%にまで増加しました(図2、3)。これにより、低濃度CO2条件と炭酸脱水酵素の発現増強を組み合わせることで、CO2からのP(3HB)生産を効率化できると明らかになりました。
社会的インパクト
本研究は、CO2から生分解性プラスチックをつくる微生物生産技術の発展に貢献するものです。これまでは、比較的高濃度のCO2を供給する手法が一般的でしたが、本研究では、低濃度CO2条件においてP(3HB)生産が促進されることを明らかにしました。この成果は、培養ガス中の水素濃度を下げたことによる「安全性」と低濃度のCO2からでも多くのP(3HB)を生産する「効率性」を両立したCO2資源化バイオプロセスの確立につながるものです。
今後の展開
今後は、培養のスケールアップや培養条件のさらなる最適化を進め、非可燃性混合ガスを用いた効率的な微生物生産系の実用化を目指します。また、本研究は、これまで利用できないとされてきたCO2濃度が低いガスの利用可能性を示しています。将来的には、工場や火力発電所などから排出されるCO2を微生物生産に活用し、「温室効果ガスの削減」と「生分解性プラスチック生産」の両立につながる技術への展開が期待されます。
付記
本研究は、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)JPMJSP2106/JSPS科学研究費助成事業(若手研究)21K17908/JST研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)の支援を受けて実施されました。
参考文献
- [参考文献1]
- 宮原佑宜、柘植丈治、独立栄養微生物によるCO2資源化技術(CMC出版)、水素酸化細菌による生分解性プラスチック生産, pp. 60-70, (2023年)
- [参考文献2]
- Miyahara, Y.; Yamamoto, M.; Thorbecke, R.; Mizuno, S.; Tsuge, T. Autotrophic biosynthesis of polyhydroxyalkanoate by Ralstonia eutropha from non-combustible gas mixture with low hydrogen content. Biotechnol. Lett. (2020) 42, 1655– 1662, DOI: 10.1007/s10529-020-02876-3.
- [参考文献3]
- Miyahara, Y.; Wang, C.-T.; Ishii-Hyakutake, M.; Tsuge, T. Continuous supply of non-combustible gas mixture for safe autotrophic culture to produce polyhydroxyalkanoate by hydrogen-oxidizing bacteria. Bioengineering (2022) 9, 586, DOI: 10.3390/bioengineering9100586.
用語説明
- [用語1]
- 水素酸化細菌 Ralstonia eutropha(ラルストニアユートロファ):水素をエネルギー源としてCO2を固定できる微生物。Cupriavidus necator とも呼ばれる。
- [用語2]
- 生分解性プラスチック:環境中の微生物によって、最終的に水と二酸化炭素にまで分解されるプラスチック。
- [用語3]
- ポリ(3-ヒドロキシブタン酸)[P(3HB)]:一部の細菌が、エネルギーや炭素の貯蔵物質として細胞内に蓄積する脂肪族ポリエステル。3-ヒドロキシブタン酸が多数つながった高分子であり、代表的な生分解性プラスチックの一つ。
- [用語4]
- 爆発下限界:可燃性ガスが空気との混合により燃焼・爆発を起こすために必要な最小の濃度。水素ガスの場合、爆発下限界は4 vol%とされており、この濃度未満では通常、爆発範囲外となる。
- [用語5]
- 非可燃性混合ガス:燃焼や爆発が起こらない組成に調整されたガス。本研究では、水素濃度を爆発下限界(4 vol%)未満に抑えた、水素、酸素、二酸化炭素、窒素からなる混合ガスを指す。
- [用語6]
- 炭酸脱水酵素:二酸化炭素(CO2)と水から重炭酸イオン(HCO3-)を生成する反応、およびその逆反応を触媒する酵素。細胞内でCO2を効率的に利用するために重要な役割を果たす。
- [用語7]
- ポリヒドロキシアルカン酸(PHA):一部の微生物が、炭素やエネルギーの貯蔵物質として細胞内に蓄積するポリエステルの総称。生分解性を示すことから、石油由来プラスチックの代替材料として期待されている。P(3HB)はPHAの一種である。
論文情報
- 掲載誌:
- ACS Sustainable Chemistry & Engineering
- タイトル:
- Impact of Low CO2 Concentration on Autotrophic Production of Poly[(R)-3-hydroxybutyrate] by Ralstonia eutropha H16 and Synergistic Effect of Carbonic Anhydrase
- 著者:
- Chih-Ting Wang, Ramamoorthi M Sivashankari, Yuki Miyahara* and Takeharu Tsuge*
研究者プロフィール
宮原 佑宜 Yuki Miyahara
東京科学大学 物質理⼯学院 材料系 特任助教
研究分野:応用微生物学、遺伝子工学、高分子化学
柘植 丈治 Takeharu Tsuge
東京科学大学 物質理⼯学院 材料系 教授
研究分野:生体高分子、微生物工学