どんな研究?
鉄は、酸素を運ぶ赤血球だけでなく、細胞がエネルギーをつくったり、DNAを複製したり、免疫が働いたりするためにも欠かせない元素です。しかし、細胞の中では「使える鉄」と「貯蔵されている鉄」があり、本当に利用されている鉄だけを、生きた体の中で観察することは非常に難しいとされてきました。従来の方法では、「使える鉄」と「貯蔵されている鉄」の区別ができなかったり、細胞ごとの鉄の分布や時間に伴う変化を追えなかったりするなど、それぞれに限界がありました。
そこで、東京科学大学(Science Tokyo)の諸石寿朗(もろいし・としろう)教授らの研究グループは、細胞内で利用される鉄と酸素を同時に観察できる蛍光技術「LiON(ライオン)」を開発しました。その結果、マウスの体内で、細胞一つひとつの鉄と酸素の状態を調べることが可能になりました。
ここが重要
LiONを使ってマウスの組織を観察したところ、同じ肝臓の中でも隣り合う細胞どうしで、利用できる鉄や酸素の状態が異なることが初めて見えてきました。
特に興味深かったのは、肝臓の入り口側(門脈側)の細胞は、出口側(中心静脈側)の細胞よりも鉄を多く蓄えやすく、そのため鉄による酸化ストレスの影響も受けやすかったことです。
これまでも、肝臓では場所によって細胞の働きが異なることは知られていましたが、体の中で、鉄の違いを単一細胞レベルで示したのは初めてです。今回の成果によって、体の中で鉄は均一に使われているというイメージが大きく変わり、同じ臓器の中でも、細胞ごとに異なる鉄環境で生きていることが見えてきました。
今後の展望
細胞の中で鉄が適切に使われなくなったり、必要以上にたまったりすると、細胞にダメージを与えることがあります。このような鉄の代謝異常は、がんや神経変性疾患、老化、鉄に依存した細胞死(フェロトーシス)など、さまざまな病気との関わりが指摘されています。
LiONを使えば、これまで見ることができなかった生体内での鉄と酸素の動きを追跡できるため、病気が起こる仕組みをより詳しく理解したり、新しい治療法や創薬につながる研究を進めたりできると期待されています。また、細胞ごとに異なる鉄の利用の仕方を明らかにすることで、生命現象そのものへの理解も深まると考えられます。
研究者のひとこと
私たちの体は、一見すると同じように見える細胞の集まりですが、実際には細胞ごとに利用できる鉄や酸素の量が異なっています。LiONによって、これまで見ることができなかった細胞の個性を可視化できるようになりました。この技術が、生命の仕組みや病気の理解をさらに深めるきっかけになることを期待しています。
(諸石寿朗:東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 細胞動態学分野 教授)
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