ポイント
- 音響波によって生じる微小なひずみによって、原子層二次元材料の非線形光学応答を高速かつ大きく変調できることを実証。
- 表面の微小変位を光学的手法で直接測定し、音響波によるひずみが第二高調波の発生効率を変化させていることを明確に確認。
- ひずみが誘起する非線形光学応答の変化を理論的に解析することで、音響波によるひずみの大きさ(0.02~0.1%)を定量的に評価することに成功。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)理学院物理学系の蒲江准教授、慶應義塾大学 大学院理工学研究科の山本拓海(修士課程2年)、神澤英寿(修士課程1年)、同大学 理工学部物理学科の藤井瞬専任講師らの共同研究グループは、原子3つ分の厚さしかない原子層二次元材料に音響波によるわずかなひずみを与えることで、波長変換の効率が高速かつ大きく変化することを明らかにしました。
本研究では、原子層二次元材料である単層遷移金属ダイカルコゲナイド上に音響波の一種である表面弾性波を誘起することで、第二高調波の発生効率を226 MHzという非常に高い速度で、最大約19%変調することを確認しました。これまで原子層物質の非線形光学応答における課題であった低速かつ非局所的な制御性を解決し、本研究は「高速性」「可逆性」「決定論的制御性」を集積可能なデバイス上で実現する新たな手法を提示しました。
本成果は、高機能な波長変換デバイスや単一光子発生源、高感度センサーなど幅広い分野への展開が期待され、原子層物質を活用したナノフォトニクス素子の実用性を大きく前進させるものです。
本研究成果は、アメリカ化学会が出版する科学雑誌『Nano Letters』オンライン版(3月9日付)に掲載されました。
背景
近年、原子3つ分の厚みしか持たない二次元材料は、次世代半導体や量子技術などいろいろな分野で注目されています。なかでも単層セレン化タングステンをはじめとする遷移金属ダイカルコゲナイドは、直接遷移型の半導体特性を持ち、厚みが0.7ナノメートル程度という究極的な二次元ナノ材料の1つです。さらに、その薄さにも関わらず、従来広く利用されてきた非線形光学結晶に匹敵する巨大な非線形光学係数を持つことが先行研究より示唆されてきました。
このような非線形光学現象を自在に制御できれば、高効率な波長変換デバイスや量子光源などへの応用が期待できます。
これまで、二次元材料の非線形光学特性を大きく変える方法として、ひずみを印可する方法が提案されてきました。しかし、従来の手法は二次元材料を載せた大きなポリマー基板を機械的に大きく変形させるものが一般的で、高速動作や局所的制御性など将来のデバイス応用へ向けた課題が残されていました。
研究成果
本研究では、単層の遷移金属ダイカルコゲナイドと音響波の一種である表面弾性波デバイスを組み合わせることで、原子層二次元材料の非線形光学応答の高速かつ自在に制御する手法を開発しました。
圧電材料であるニオブ酸リチウム基板上にくし形電極を作製し、高周波電圧を印加することで、周波数226 MHzの表面弾性波を発生させました。発生した音響波は基板表面を伝搬しながら、デバイス上に積載されたセレン化タングステン材料の界面に周期的なひずみを与えました。
音響波(表面弾性波)の各位相における第二高調波の偏光依存性。6回対称の花弁のような特徴的な強度変化を示す。
特定の偏光角における第二高調波の強度変化と表面弾性波の位相の関係。
表面弾性波の変位と非線形光学応答に関わる固有パラメータの相関。
音響波によるひずみによって変調される非線形光学応答を確認するため、波長1560 nmのフェムト秒パルスレーザーを照射し、発生する第二高調波(約780 nm)を検出しました。第二高調波発生は、入射光のエネルギーが2倍の光へと変換される非線形光学現象であり、結晶の対称性やひずみに非常に敏感な指標です。また、その発生効率は偏光依存性を持つため、花びら形状の6回対称の第二高調波の強度変化を示します。この形状を理論モデルとフィッティングすることで、ひずみが非線形光学応答に与える影響を詳しく調査することが可能となります。
今回、共同研究グループはパルスレーザーの繰り返し周波数と音響波の周波数と位相を厳密に同期させる、新たな位相同期分光手法を取り入れることで、微小なひずみによって生じる第二高調波の強度変化を高感度に計測することに取り組みました。その結果、伝搬する音響波の位相(場所)に応じて第二高調波の強度が正弦波的に変化しており、最大で約19%もの非常に大きな強度変調が観測されました。また、音響波による振動振幅を定量的に評価したところ、0.1%以下という極めて微小なひずみによって引き起こされていることを明らかにしました。
さらに、4種の異なる遷移金属ダイカルコゲナイド(WSe2、MoSe2、WS2、MoS2)においても音響波の位相と光強度変化との明確な相関を明らかにしました。これらの結果は、音響波による微小なひずみによって、原子レベルの薄さをもつ二次元材料の非線形光学特性を高速かつ任意に制御可能なことを実証するものです。
今後の展開
本研究は、従来の低速かつ非局所的な手法とは異なり、電気的に制御可能な音響波を用いて、光の非線形現象を高速かつ自在に制御できることを示しました。音響波の周波数は原理的にはギガヘルツ領域まで拡張可能であり、将来的にはサブナノ秒スケールでの制御も期待されます。
こうした技術は、次世代のエネルギー変換素子をはじめ、量子センサーや単一光子発生源など、新たな応用につながる可能性があります。今後、原子レベルの薄さを持つさまざまな材料と音響波を組み合わせることで、光の性質を自在に操る新しい原子層フォトニクス技術の発展に寄与します。
付記
本研究は、JSPS科研費(JP24H01202, JP23H00262, JP25KJ2060, JP25H02153, JP24K21743, JP23K26165, JP21H05232, JP21H05236)、MEXT 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(JPMXS01180672469)、JST CREST(JPMJCR19J4)、JST FOREST(JPMJFR223Z)、精密測定技術振興財団、池谷科学技術振興財団、服部報公会、稲盛財団、フジクラ財団、慶應義塾大学次世代研究プロジェクトによる支援を受けて行われました。
論文情報
- 掲載誌:
- Nano Letters
- タイトル:
- Ultrafast acoustic modulation of second-harmonic generation in monolayer transition-metal dichalcogenides
- 著者:
- Takumi Yamamoto, Hidetoshi Kanzawa, Yuta Takahashi, Hajime Kumazaki, Jiang Pu, Shinichi Watanabe, and Shun Fujii
関連リンク
慶應義塾大学 理工学部 物理学科
専任講師 藤井 瞬
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