磁性トポロジカル結晶絶縁体における表面状態の輸送の観測

2026年2月10日 公開

2つのディラック表面状態が競合するホール効果

ポイント

  • バルク絶縁体が高く、表面状態のみに電流が流れる理想的な磁性トポロジカル結晶絶縁体を作成
  • 2つのディラック表面状態が競合するホール効果を観測
  • 高チャーン数の量子異常ホール効果の実現および制御に向けた重要な一歩

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 理学院 物理学系の福島祥紘大学院生と平原徹教授の研究チームは、物質・材料研究機構の一ノ倉聖主任研究員(研究開始時は東京科学大学 助教)、佐々木泰祐グループリーダーと共同で、トポロジカル表面状態[用語1]のみに電流が流れる理想的な磁性トポロジカル結晶絶縁体の作成に成功しました。

トポロジカル絶縁体とは、物質内部は絶縁体で電流を通しませんが、表面にはディラック電子[用語2]的な金属状態が存在し、電流を流すことのできる絶縁体です。しかし、実際に実験で合成されるトポロジカル物質は意図しない欠陥を含むため、内部にも電気が流れてしまいます。本研究では、トポロジカル結晶絶縁体の一種であるスズテルル(SnTe)薄膜をビスマステルル(Bi2Te3)上に作成し、これにマンガン(Mn)とテルル(Te)を添加するとトポロジカル表面状態のみが伝導に寄与し、さらに強磁性の性質を併せ持つことを、電子のエネルギー状態の測定および輸送測定から世界で初めて実証しました。特に、SnTeの2つのディラック表面状態が競合するホール効果を観測しました。この成果によりチャーン数[用語3]量子異常ホール効果[用語4]が実現され、チャーン数を制御したデバイス開発へとつながることが期待されます。

本成果は、2月9日付(米国東部時間)の「Physical Review Letters」誌にオンライン掲載されました。

研究の概要を表した模式図

背景

「物質をトポロジーによって分類する」考え方は、2016年のノーベル物理学賞の受賞対象になっていることからも分かるように、現在盛んに研究されています。その代表例がトポロジカル絶縁体です。トポロジカル絶縁体の特徴としては、物質内部(バルク)では絶縁体で電流を通しませんが、表面にはトポロジカル表面状態と呼ばれるディラック電子的な金属状態が存在しており、これによって電流が流れるということが挙げられます。このトポロジカル絶縁体に強磁性の性質を導入すると、磁場を印加しなくても無散逸伝導が起きる「量子異常ホール効果」を実現することができます。

これまでの量子異常ホール効果の実証において、実験で合成されるトポロジカル物質は意図しない欠陥を含むため、内部にも電気が流れてしまうことが大きな障害となっていました。それでも長年の研究により、通常のトポロジカル絶縁体については、バルクが絶縁体かつ強磁性の性質を併せ持つものが合成され、表面状態のみの輸送現象および量子異常ホール効果が観測されてきました。一方で、トポロジカル結晶絶縁体に関しては、高チャーン数の量子異常ホール効果の実現が予想されているにもかかわらず、高いバルク絶縁性(すなわち、表面状態のみが伝導に寄与する)と強磁性の性質を示す物質の合成報告例はありませんでした。

研究成果

本研究では、トポロジカル結晶絶縁体の一種であるスズテルル(SnTe)に着目し、ビスマステルル(Bi2Te3)基板上に高品質なSnTe薄膜を作成した後、その上からTeと磁性元素マンガン(Mn)を蒸着しました。その結果、SnTe薄膜の表面付近には基板からBi層が析出し、表面付近にあるはずのMnの一部はSnTeの内部まで潜り込んでいました。このような、これまで計算された理想的でない特異な試料においても、理論的に予想されるSnTeの2つのトポロジカル表面状態(片方は電子的でもう一方はホール的)が観測され、まさにトポロジーの違いに起因して存在していることが実証されました(図1(a))。さらに、バルク絶縁性が高く、このトポロジカル表面状態のみが薄膜の伝導に寄与することが電子のエネルギーの観点のみならず、実際の輸送現象で測定されました。特に、図1(b)のように、2つのディラック表面状態が競合するようなホール効果とともに強磁性の性質も併せ持つことが3.5 Kで明確に観測できました。一連の実験は研究グループが開発した、試料合成から特性評価まで全ての実験を超高真空中で行うことができる、独自の装置[参考文献1]を用いて行われました。

図1. (a)実験で観測されたMnドープSnTe薄膜の表面電子状態。波数がゼロのところでは電子的なディラック表面状態が、波数が0.8Å-1付近ではホール的なディラック表面状態が存在することが分かった。
(b)ホール効果の測定データ。ゼロ磁場近傍で磁場の印加方向でデータに差が見られる異常ホール効果により強磁性の性質を持つことが確認され、磁場に対してホール抵抗が非線形に振る舞うことから電子とホールのディラック表面状態の競合が起こっていることが分かる。

社会的インパクト

トポロジカル結晶絶縁体は通常のトポロジカル絶縁体と異なり、結晶の対称性によってその存在が保護されており、さらにSnTeにおいては上記のように2つの表面状態があります。これらの性質により、高チャーン数の量子異常ホール効果が実現するだけでなく、結晶の対称性や磁化を制御することでチャーン数を制御し、実際にデバイスに応用する可能性が理論的に指摘されています。本研究成果はこれらの興味深い理論の実証およびデバイス開発に向けた重要な一歩です。

今後の展開

通常のトポロジカル絶縁体では多くの場合1つの表面状態しか存在しないので、本研究で確認されたような複数のディラック表面状態が競合する輸送現象が、バルク絶縁性の高いトポロジカル結晶絶縁体の試料の開発により、実験的に明らかになったのは世界で初めてのことです。今後は、トポロジカル表面状態の電子のエネルギー状態をより精密に制御することで実際に高チャーン数の量子異常ホール効果を実証し、また、Mn以外の磁性元素を添加することでより高い温度で強磁性の性質を示すトポロジカル結晶絶縁体物質の開拓を目指します。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)(JPMJSP2180)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(No. 22H00293, and No. 23H00268)、村田学術振興・教育財団助成、旭硝子財団研究助成、池谷科学技術振興財団研究助成、「東工大の星」特別賞【STAR】の支援のもと実施されました。

参考文献

[参考文献1]
K. Ishihara et al., Appl. Phys. Lett. 127, 211601 (2025).

用語説明

[用語1]
トポロジカル表面状態:トポロジカル絶縁体の表面に存在する特異な金属的な電子状態。通常の表面状態が化学的環境の変化に敏感であるのに対し、トポロジーの違いによって存在しているため、その存在は堅牢であると言われている。
[用語2]
ディラック電子:通常の電子と異なり、英国の物理学者ディラックが1928年に発表した相対論的量子力学に従う電子のこと。トポロジカル絶縁体の表面ではさらにこのディラック電子がスピン偏極している。
[用語3]
チャーン数:トポロジカル物質のバルク(内部)の性質を特徴づける、電子のエネルギーの状態から導かれる整数のこと。これまで見つかっている多くの量子異常ホール効果を示す物質では±1であるが、磁性トポロジカル結晶絶縁体ではこれが±2、±4と大きくなることが予想されており、高チャーン数と呼ばれる。
[用語4]
量子異常ホール効果:電子が磁場中を動くとき、その動きが曲げられる。固体物質ではこの現象をホール効果と呼び、電流および磁場と垂直な方向に発生する電圧をホール電圧と言う。物質が強磁性体の場合、磁性体自身が持っている磁化が外部磁場の代わりになることで無磁場でもホール効果が発生する。この現象を異常ホール効果と呼ぶ。また、異常ホール効果によって生じる抵抗が量子化抵抗値の整数倍になる現象を量子異常ホール効果と呼び、この整数がチャーン数になっている。

論文情報

掲載誌:
Physical Review Letters
タイトル:
Realization of a bulk-insulating ferromagnetic topological crystalline insulator and its multicarrier surface Dirac-cone transport
著者:
Yoshihiro Fukushima, Satoru Ichinokura, Taisuke Sasaki, Toru Hirahara

研究者プロフィール

平原 徹 Toru Hirahara

東京科学大学 理学院 物理学系 教授
研究分野:物性実験

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教授 平原 徹

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