東京科学大学(Science Tokyo)理学院 物理学系の風間慎吾准教授をはじめ、神戸大学 大学院理学研究科、東京科学大学理学院、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)、東京大学宇宙線研究所、名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)、名古屋大学宇宙地球環境研究所(ISEE)が参加する、米国・欧州・日本を中心とした国際共同実験XENONコラボレーションは、8月31日、イタリアのINFN Laboratori Nazionali del Gran Sasso(LNGS)で開催されたセミナーにおいて、XENONnT検出器内で電子と散乱する低エネルギー太陽ニュートリノ[用語1]の初観測を発表しました。
この測定により、直接観測可能なニュートリノのエネルギー領域の下限値が約17 keV[用語2]まで引き下げられました。これは、これまでに直接観測されたニュートリノとしては最も低いエネルギーに相当します。検出された信号は、太陽の核融合のエネルギー源である陽子-陽子融合反応で生成されるニュートリノ(ppニュートリノ[用語3])によるものが主体となっています。
本成果は、暗黒物質探索用に開発されたXENONnT検出器が、性質の異なるニュートリノ反応の観測にも利用できることを示すものです。
実験の背景
太陽での核融合によって生成されたニュートリノは、太陽から放出される粒子の中で最も数の多いもののひとつです。地球に到達する数は1平方センチメートルあたり毎秒数百億個以上に上りますが、地球上のあらゆる物質とほとんど相互作用することなく通り抜けてしまいます。そのため、ニュートリノの検出には多くの実験的な工夫が必要です。
XENONnT実験は、未発見の粒子と考えられている銀河の暗黒物質[用語4]の直接検出を目指した観測を行っています。その中核をなすのは、5.9トンの超高純度液体キセノンを封入した二相式キセノン検出器[用語5]で、粒子がキセノン標的と相互作用した際に発生する微弱な光や電離信号を検出します。検出器はイタリア、グラン・サッソの地下1,400メートルの岩盤の下に設置され、宇宙線由来のミューオンや中性子を識別・排除する水チェレンコフ検出器[用語6]に囲まれています。
今回の測定は、LNGSで長年にわたり積み重ねられてきた太陽ニュートリノ研究の系譜に連なる成果でもあります。GALLEX/GNOは、放射化学的手法を用いて低エネルギー太陽ニュートリノのフラックスを初めて測定しました。その後、Borexinoは335 keVのニュートリノエネルギー閾値を実現し、太陽ニュートリノ事象をリアルタイムで測定する道を切り開きました。
観測への道のり
XENONコラボレーションは、XENONnT検出器内で電子と散乱する低エネルギー太陽ニュートリノを初めて観測しました。直接観測可能なニュートリノのエネルギー領域の下限値は約17 keVまで引き下げられ、これまでに直接観測されたニュートリノとして最も低いエネルギーに到達しました。検出された信号は、ppニュートリノによるものが主体となっています。
低エネルギー領域でこのような微弱なニュートリノ信号を、素粒子物理学で発見の基準とされる5σ(シグマ)[用語7]の統計的有意度で検出するためには、ニュートリノ以外の事象(バックグラウンド事象[用語8])をこれまでにないほど低いレベルまで抑える必要がありました。
最大の課題は、検出器材料から放出される微量の放射性ラドンです。長年にわたり、XENONコラボレーションは、徹底的な材料選別と、キセノンからラドンを継続的に除去する専用のオンライン極低温蒸留システムを通じて、このバックグラウンドを抑制する技術を開発してきました。これらの技術的進歩は、他のバックグラウンド低減技術や高度なデータ解析戦略と相まって、低エネルギー太陽ニュートリノによって生成される微弱な信号の検出を可能にしました。
この低エネルギー太陽ニュートリノの観測は、岐阜県飛騨市神岡町の地下実験施設で推進された、大型液体キセノン検出器を用いるXMASS実験[用語9]が目標としてきた研究課題の一つです。日本から参加している研究者の多くは、XMASS実験の研究理念と技術を受け継いでいます。特筆すべき点は、その中の若手研究者が発見に至るデータ解析を主導し、本成果の達成に大きく貢献したことです。
成果の意義
今回の成果により、XENONnTが対象とする研究の幅はさらに広がりました。XENONnTは、2024年に高エネルギー太陽ニュートリノと原子核の散乱を観測しており、今回は新たに、低エネルギー太陽ニュートリノと電子の散乱を捉えました。
これにより、本来の目的である暗黒物質探索を進めながら、同じ検出器を用いて性質の異なるニュートリノ反応を観測できることが実証されました。XENONnTは、極めて稀な低エネルギー粒子反応を捉える世界最高感度の観測装置の一つとして、ニュートリノ物理学においても重要な役割を担いつつあります。
また、暗黒物質探索を目的として開発された高純度化技術、バックグラウンド低減技術およびデータ解析技術が、当初の目的を超えてニュートリノ物理学の発展にも貢献できることを示しました。
今後の展開
今回の成果は、極めてまれな粒子反応を捉える技術が、暗黒物質探索にとどまらず、幅広い物理研究を切り拓く可能性を示すものです。XENONnTの建設・運用を通じて培われた高感度の検出技術は、次世代の大型液体キセノン検出器を実現するための基盤となります。
国際共同実験として計画されているXLZD実験[用語10]の検出器は、XENONnTよりも1桁大きいターゲット質量を有し、世界最高感度での暗黒物質の探索を可能とするとともに、低エネルギー太陽ニュートリノの精密観測も目指しています。これにより、ニュートリノ物理学やその他の極稀事象の研究に新たな可能性を切り開くことが期待されます。
「今回の低エネルギー太陽ニュートリノの観測は、暗黒物質探索における技術的進歩が、宇宙へのまったく新しい窓を開いたことを示しています。これは、もともと自然界で最も稀な相互作用を観測するために開発された技術が、今や当初の科学的目標をはるかに超えた課題への挑戦を可能にしていることを示しています」と、コロンビア大学教授でXENONコラボレーション研究代表者のエレナ・アプリーレ氏は述べました。
本研究に参加した東京科学大学 理学院 物理学系の風間慎吾准教授は、今回の成果を低エネルギーニュートリノ観測の将来につながる出発点と位置付け、次のように述べています。
「今回の観測は、低エネルギーニュートリノ観測の新たな領域へ踏み出す、まだ第一歩にすぎません。本研究では、直接観測可能なニュートリノのエネルギー下限を約17 keVまで引き下げました。これは、他の検出器と比べても極めて低いエネルギーです。今後は、現在進めている研究開発により放射性物質由来の背景事象をさらに低減し、XENONnT、そして次世代のXLZD実験において、太陽ニュートリノや超新星爆発起源ニュートリノなどの天体ニュートリノを低エネルギー領域で捉えたいと考えています。これまで十分に探ることのできなかった領域を切り拓き、新たなニュートリノ天文学の開拓につなげていきたいです。」
用語説明
- [用語1]
- 太陽ニュートリノ:太陽内部の核融合反応によって生成され、太陽から放出されるニュートリノ。エネルギーや生成過程の異なる複数の種類がある。
- [用語2]
- keV(キロ電子ボルト):粒子のエネルギーを表す単位。1 keVは1,000電子ボルトに相当する。
- [用語3]
- ppニュートリノ:太陽内部で起こる陽子-陽子融合反応の過程で生成されるニュートリノ。太陽から放出されるニュートリノの大部分を占める。
- [用語4]
- 暗黒物質:光を放出・吸収しないため直接見ることはできないものの、銀河などに及ぼす重力の影響から存在すると考えられている未知の物質。その正体となる粒子はまだ発見されていない。
- [用語5]
- 二相式キセノン検出器:液体と気体の二つの状態のキセノンを利用する粒子検出器。粒子が液体キセノンと相互作用した際に生じる発光信号と電離信号を測定する。
- [用語6]
- 水チェレンコフ検出器:荷電粒子が水中を高速で通過した際に生じるチェレンコフ光を検出する装置。XENONnTでは、宇宙線由来のミューオンや中性子の識別・排除に使用される。
- [用語7]
- 5σ(シグマ):観測された信号が統計的な偶然によって生じた可能性が極めて低いことを表す基準。素粒子物理学では、一般に5σ以上の統計的有意度が発見を主張する基準とされる。
- [用語8]
- バックグラウンド事象:観測対象の信号と似た反応を示す、放射性物質や宇宙線などに由来する事象。目的とする信号を正確に測定するためには、低減・識別する必要がある。
- [用語9]
- XMASS実験:岐阜県飛騨市神岡町の地下実験施設で行われた、大型の液体キセノン検出器を用いる実験。暗黒物質や太陽ニュートリノを含む極稀事象の探索を行なった。
- [用語10]
- XLZD実験:超大型の液体キセノン検出器を用いる次世代の国際共同実験計画。暗黒物質探索の感度向上と、低エネルギー太陽ニュートリノの精密観測などを目指す。
関連リンク
XENONnT Collaboration
- xe-pr@lngs.infn.it