燃料電池触媒の非白金化へ前進

2025年5月7日 公開

高耐久性コバルト触媒の開発に成功

ポイント

  • 14員環コバルト錯体を用いて燃料電池用非白金触媒を開発しました。
  • 開発したコバルト触媒は、燃料電池内の酸素還元反応、さらには水分解による水素生成反応においても、高い耐久性を発揮しました。
  • 原子・分子レベルのスケールでの詳細な構造解析を基に、高耐久・高活性非白金触媒の設計指針を示しました。

概要

熊本大学 大学院 先端科学研究部の大山順也准教授、同大学院 自然科学教育部のZhiqing Feng大学院生(博士後期課程3年)、東京科学大学 物質理工学院 材料系の難波江裕太准教授、静岡大学の守谷誠准教授、旭化成らの共同研究グループは、燃料電池の酸素還元反応に対して耐久性の高い非白金触媒の開発に成功しました。

燃料電池の中でもプロトン交換膜を用いるタイプの燃料電池が自動車などで実用化されていますが、その触媒に高価で希少な白金が用いられており、これが燃料電池の普及拡大の妨げとなっています。この問題を解決するために非白金触媒の開発が進められていますが、非白金触媒は一般的に耐久性が低いという問題を抱えており、実用化への大きな障壁となっています。

本研究では、燃料電池の酸素還元反応に対して、14員環コバルト錯体を用いることによって、従来の鉄系触媒より耐久性が著しく高い触媒を開発することに成功しました。さらに、今回開発したコバルト触媒は水電解による水素発生反応に対しても高い耐久性を示しました。原子分解能電子顕微鏡観察、放射光分析、結晶構造解析、量子化学計算など様々な手法を用いた触媒解析によって、今回開発したコバルト触媒は活性点構造がコンパクトで且つ歪みが小さいために、反応中に活性点から金属が溶出しにくく、これが高い耐久性を示した要因であると明らかになりました。今後この知見を基にした触媒開発によって燃料電池触媒や水電解触媒の非白金化が進展すると期待されます。

本研究はJST GteX(JPMJGX23H0)、JST SPRING(JPMJSP2127)、NEDO、科学研究費助成事業(23H01762)の支援を受けて実施したものです。本研究成果は令和7年4月25日に科学雑誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。

背景

燃料電池は水素と酸素から水が生成する化学反応のエネルギーを電気エネルギーに変えるデバイスです。エネルギー変換効率が高く、また、発電時には水のみを生成し大気汚染物質や温室効果ガスを出さないことから、エネルギー・環境問題の解決に貢献する次世代の発電システムとして注目され開発が進められてきました。燃料電池の中でも様々なタイプがありますが、特にプロトン交換膜燃料電池は自動車や家庭用発電システムなどで実用化され徐々に普及が進んでいます。しかし、効率よく発電するためには、触媒として高価で希少な白金が大量に必要であり、これが燃料電池の普及の妨げとなっています。この問題を解決するために非白金触媒の研究開発が行われてきました。

燃料電池の非白金触媒の有望な構造としてMN4構造(M:金属原子、N4:配位子の4つの窒素)が知られています。特に、FeN4構造(Fe:鉄)を持つ鉄フタロシアニンなどの錯体触媒や鉄・窒素含有カーボン触媒は、比較的高い酸素還元反応活性を示すため、活発に研究がおこなわれてきました。しかし、プロトン交換膜燃料電池内部は強酸性雰囲気で、そこではFeN4構造から容易にFeが溶出してしまい触媒が劣化してしまうという問題が生じます。これまでに強酸性環境下での触媒劣化を抑制するための研究がおこなわれてきましたが、この課題はまだ十分に克服されていません。耐久性の高い非白金触媒の開発およびその指針が求められています。

研究成果

本研究では、14員環配位子構造(14の原子が環状に結合した構造)が鉄触媒の安定化に有効であったこと、また、コバルトを中心金属としたCoN4構造はFeN4構造に比べて安定性が高いことに着目し、14員環コバルト錯体(Co-14MR、図1)をベースとした触媒を開発しました。具体的に、Co-14MRをカーボンに担持させ、それを窒素ガス流通下で熱処理することによってCo-14MR/C触媒を合成しました。熱処理温度の効果を検討したところ、600℃で熱処理することで熱処理前に比べて触媒活性が約10倍向上しました。従来から研究されてきた16員環コバルト錯体であるコバルトフタロシアニンをベースとした触媒と比較して、Co-14MR/C触媒は活性と耐久性の両方の点で高い性能を示しました。既報のカーボン担持14員環鉄錯体触媒(Fe-14MR/C触媒)と比較すると、Co-14MR/C触媒の活性は反応初期においてはFe-14MR/C触媒の活性に及ばないもの、Co-14MR/C触媒の耐久性は著しく高く、1200サイクル後にはFe-14MR/C触媒よりも高い活性を示しました(図2(a))。反応サイクルによる金属の溶出を調べると、Co-14MR/C触媒はFe-14MR/C触媒より金属溶出量が大幅に少ないことが明らかになりました(図2(b))。Co-14MR/C触媒について、プロトン交換膜水電解の水素生成反応に対する性能も調べたところ、対照のコバルト触媒および鉄触媒よりも高い活性・耐久性を示しました。

図1. 本研究で開発したCo-14MR/C触媒の模式図:(a)熱処理前、(b)600℃熱処理後。(c)触媒粉末の写真。
図2. Co-14MR/C触媒とFe-14MR/C触媒の(a)酸素還元反応サイクルに伴う触媒活性の変化と(b)1200サイクル後の金属残存率。

Co-14MR/C触媒の構造を原子分解能電子顕微鏡観察、放射光分析、結晶構造解析など様々な手法を用いて解析した結果、600℃熱処理によって図1に示す14員環配位子構造の一部の変化とともにコバルトの電子状態が変化していることが判明しました。実験から特定できた構造を基に量子化学計算によって酸素種の吸着を調べたところ、熱処理によるCo-14MR構造の変化に由来して低いエネルギーで酸素を活性化することが出来るようになっていることが分かりました。これが600℃熱処理によってCo-14MR/C触媒の酸素還元反応活性が向上した理由です。さらに、Co-14MR/C触媒が高い耐久性を示した要因については、今回の研究で用いた種々のコバルト触媒および鉄触媒の構造と耐久性の関係性を詳細に検討することで、CoN4のコバルト-窒素の結合距離が短いこと、また、コバルト原子周りの対称性が高くコバルト原子が環状配位子平面内に収まっていること(図3)が要因であることが明らかになりました。

図3. 横から見たCo-14MR構造とFe-14MR構造の比較。

今後の展開

本研究で耐久性の高いコバルト触媒を開発できただけでなく、耐久性向上の鍵となる構造について知見が得られました。これは次の触媒設計指針となる重要なものです。今後、この指針を基にして触媒構造の開発が進むことで、燃料電池の非白金化技術が進展していくと期待されます。

論文情報

掲載誌:
Journal of the American Chemical Society
タイトル:
Fourteen-Membered Macrocyclic Cobalt Complex Structure as a Potential Basis for Durable and Active Non-Platinum Group Metal Catalysts for Oxygen Reduction and Hydrogen Evolution Reactions
著者:
Zhiqing Feng, Junya Ohyama, Soutaro Honda, Yasushi Iwata, Keisuke Awaya, Masato Machida, Masayuki Tsushida, Ryota Goto, Takeo Ichihara, Makoto Moriya, Yuta Nabae

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