どんな研究?
オーストラリアには、エミューと呼ばれる大型の飛べない鳥が生息しています。なぜエミューは飛べないのか?その理由のひとつは、エミューの翼が非常に小さくなってしまっていることにあります。エミューの翼はなぜ小さく退縮してしまったのでしょうか?これまでの研究では、翼の退縮に関係のある遺伝子が発見されています。しかし、エミューの翼の骨格パターンが個体ごとに大きくばらつきがあることは、遺伝子だけでは説明できませんでした。
東京科学大学生命理工学院の田中幹子教授を中心とした研究チームは、この謎を解明するために、エミューの翼の骨格パターンを分析しました。それによると、エミューの翼の骨格は短くなっているだけでなく個体間でもばらつきがあり、さらに、同じ個体でも左右の骨格で長さや形に違いがある例が多いことが明らかになりました。
ここが重要
このような骨格パターンのばらつきが生じる原因は、エミューがまだ卵の中にいる間の発生プロセスにありました。卵の中にいる間に体の基本的な構造がつくられていきますが、エミューの場合、筋肉になる筋前駆細胞*用語1が原基(げんき)*用語2の先端に存在しないため、先端に筋肉ができないことがわかりました。そして、筋前駆細胞が先端に存在しない原因は、この筋前駆細胞の中に別の細胞(翼の原基の細胞)の特徴も併せ持つ特殊な性質を持っている細胞が混ざっていることで、筋前駆細胞同士で融合して筋繊維になる段階で、筋繊維になれずに死ぬためであることがわかりました。筋肉ができないと翼の先をほとんど動かせません。骨の発生には、手足を動かすことによる物理的な力が必要であるので、翼を動かせないと、必要な力が不足してしまいます。すると、翼の骨格が正常に成長せず、短くなったり左右非対称になったりするのです。つまり、卵の中で発達する段階での運動がエミューの骨格の成長に大きな役割を果たすことが示されたのです。
今後の展望
手足の退縮は、鳥類だけでなく、その他多くの四肢動物の進化の歴史で何度も起きています。今回の研究成果は、エミューだけでなく、それ以外の動物の胚の発生過程においても、手足の運動量が、その後の骨格形態に影響を及ぼすことを示唆しています。
研究者のひとこと
エミューの翼が特徴的な骨格形態を示す原因を探ることで、翼の短縮や骨格の非対称性がどのように起こるのかを解明しました。この発見により、環境の影響を受けやすい胚の運動量のようなゲノム配列とは関係のない要因も、動物の形態の多様な変化の原因を考える上で重要な視点であることがわかりました。
用語説明
- 用語1. 筋前駆細胞:将来、筋肉に分化する細胞で、筋前駆細胞同士が融合して、筋肉の筋繊維になる
- 用語2. 原基:体が発生していく過程で、特定の器官や組織に成長するもととなる部分や段階のこと
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