どんな研究?
物質の化学反応は時に非常に複雑です。たとえば、物質Aが物質Bと反応して、最終的に物質Xができる過程を考えてみましょう。ある化学反応過程の途中には、「反応中間体」と呼ばれる一時的な物質が次々と現れます。しかし、この反応中間体はとても不安定な物質であるために、短時間ですぐに別の物質へ変わってしまいます。そのため、化学反応の過程でどのような中間物質がどの順番でできているのかを詳細に知ることは大変難しいです。
物質の構造は、その物質の結晶を作成し、構造解析を行うことで明らかにすることができます。近年の研究では新たな技術開発が進み、タンパク質や酵素の結晶に光をあてて反応を起こし、フェムト秒からナノ秒といった非常に短い時間の経過後の構造を測定することで、その動きをコマ送り動画のように細かく観察することができるようになってきました。

一方で、金属イオンと有機分子が結合した「金属錯体」の化学反応においては、その動きを捉えることは実現できていませんでした。その理由は、金属錯体のような小さな化合物の結晶の場合、反応過程において結晶が不安定化し、構造変化のデータを得ることが難しいという課題が立ちはだかっていたからです。
ここが重要
東京科学大学(Science Tokyo) 生命理工学院 生命理工学系(兼 同総合研究院 自律システム材料学研究センター)の上野隆史教授らの研究チームは、合成金属錯体の構造変化を捉えるために、金属錯体をタンパク質結晶の内部に固定化し、タンパク質結晶の中で金属錯体を反応させ、その構造変化を追跡することを試みました。具体的には、マンガンカルボニル(Mn(CO)3)錯体をニワトリ卵白リゾチーム(酵素の一種)結晶に固定し、紫外光を照射することによって反応を起こさせ、一酸化炭素(CO)が放出される過程をリアルタイムで捉えることに成功しました。
今後の展望
金属錯体のような低分子においても、反応が起きている局所的な構造変化を可視化できるたことは極めて大きな進歩です。今後は、より複雑な化学反応過程を直接観察できることになります。これにより、化学反応を促進する触媒物質の開発が進むかもしれません。あるいは、人間の体内で起きるさまざまな化学反応の理解が進み、病気の発生メカニズムの解明など、医療の分野にも役立つと期待できます。
研究者のひとこと
タンパク質の結晶を利用して化学反応のプロセスを可視化するなど、10年前の自分には思いつかなかったことです。しかしこのような画期的な手法を確立することができ、今後はいかに応用展開させていくかさらに楽しみになってきました。

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