ポイント
- 小惑星表層で塩水が蒸発・濃縮した環境の痕跡を保持する「ヒルズボロ隕石」を発見し、始原的小惑星表層で塩水が存在した可能性を明らかにした。
- 鉱物・有機物・安定同位体などの詳細な岩石学・地球化学分析と落下経路解析を組み合わせることで、母天体での水質変成や塩水環境を復元した。
- 小惑星内部での水―鉱物―有機物相互作用による有機分子の化学進化や生命の材料の形成過程の理解が進み、小惑星リュウグウやベンヌの試料との比較を通じて太陽系初期の化学進化の解明につながることが期待される。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 理学院 地球惑星科学系の癸生川陽子准教授、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の小川奈々子主任研究員、高野淑識上席研究員、大河内直彦上席研究員らは、SETI研究所/NASAエイムズ研究センターのPeter Jenniskens(ピーター・ジェニスケン)博士およびNASAジョンソン宇宙センターのMike Zolensky(マイク・ゾレンスキー)博士らが率いる国際研究チームとともに、2024年7月に米国ニューヨーク市近郊へ落下した「ヒルズボロ隕石」の詳細な分析を行いました。その結果、この隕石には、小惑星の表面近くで塩分を多く含む水(塩水)が存在した痕跡が保存されていることが明らかになりました。また、多様な有機物やアミノ酸も検出され、小惑星内部で水・鉱物・有機物が相互作用しながら化学変化を繰り返すことで、生命の材料となる有機分子が進化した可能性が示されました。
今回の成果は、鉱物や有機物、同位体を組み合わせた詳細な分析と、隕石の落下経路や回収状況の解析によって実現したものです。小惑星に存在した塩水環境が複雑な有機分子の形成に果たした役割を示す重要な発見であり、今後、リュウグウやベンヌといった小惑星の試料との比較研究を通じて、太陽系初期における水と有機物の進化や、生命の材料がどのように作られたのかを解明する手がかりになることが期待されます。
本成果は、7月15日付(US ET)の「Science Advances 」誌に掲載されました。
背景
米国ニューヨーク市上空で、日中に火球とソニックブームが観測されました(2024年7月16日)。その後、米国研究機関のチームは、ニュージャージー州ヒルズボロの住宅に落下した2ポンド(約 0.91 kg)を超える隕石(ヒルズボロ隕石と命名:Hillsborough meteorite、図1)を回収し、その最初の解析成果をScience Advances誌で報告しました。この隕石は、市街地で日中に観測された隕石落下として、太陽系物質科学のコミュニティだけではなく、一般市民からも注目を集めました。
隕石は大気中で複数の破片に分裂した後、ニュージャージー州ヒルズボロの住宅に落下した。住宅の所有者が落下直後の破片を使い捨て手袋とアルミホイルを用いて回収し保管したことから、地上での汚染を最小限に抑えた状態で解析することが可能となった。出典:Peter Jenniskens et al. (2026)(CC BY 4.0 に基づき改変して作成)
研究成果
SETI研究所およびNASAエイムズ研究センターが率いる国際研究チームは、ヒルズボロ隕石を詳細に分析し、太陽系誕生時の物質を保っている始原的な小惑星の表層付近で塩分を多く含む流体の影響を受けた物質が隕石中に保存されていたことを明らかにしました(図2)。この結果は、隕石の母天体である小惑星の表層付近に、かつて塩水(ブライン)が関与する環境が存在していたことを示唆します。回収された破片の状態と落下経路の解析からも、この塩(えん:Salt)に富む物質は、母天体表層付近に由来すると結論づけられました。
ヒルズボロ隕石の破片には、衝突時に割れた断面や、地球大気を高速で通過した際に形成された溶融皮殻が見られる。詳細な解析の結果、隕石中の塩に富む部分は、母天体である小惑星の表層付近に由来することが明らかとなった。
詳細な岩石学的分析から、ヒルズボロ隕石は通常のCM2炭素質コンドライトよりも強い水質変成を受けた部分を含み、CM1とCM2の中間にあたるCM1/2炭素質コンドライトであることが分かりました。また、隕石中には 塩に富む小さな領域も認められ、母天体表層付近で液体の水が蒸発し、塩類が濃縮した環境に由来する可能性が示されました。研究チームは現在、塩鉱物の同定を進めるとともに、小惑星リュウグウおよびベンヌ試料との比較を進めています。
成分分析からヒルズボロ隕石には重量比で1.8%の炭素(C)と0.07%の窒素(N)が含まれ、炭素・窒素の安定同位体組成は、CM炭素質コンドライト[用語1]」に典型的な特徴を示しました。また、多様な可溶性有機化合物やアミノ酸が検出されました。アミノ酸の組成は、中程度の水質変成を受けたCM2コンドライトに見られるものと類似していましたが、可溶性有機化合物の組成解析からも、前述の岩石学的分析と同様に、この隕石が比較的強い水質変成を受けたことが確認されました。
これらの結果は、ヒルズボロ隕の石母天体であるCM型天体が、水―鉱物―有機物相互作用を通して、アミノ酸やカルボン酸などを含む多種多様な分子組成に化学進化したことを示しています。また、検出された有機化合物の多くは鉱物との相互作用を伴う反応によって生成したと考えられ、母天体内部での塩水の流体(フルイド)による化学反応が複雑な有機分子の形成を促した可能性もあります。これらが塩水環境で形成されたものか、あるいは他の天体との衝突などに伴う衝撃過程に由来するものかの判別は、今後の検討課題となるでしょう。
このヒルズボロ隕石の一部は、今後、ニューヨーク市のアメリカ自然史博物館で保管・管理される予定です。
社会的インパクト
CM炭素質コンドライトは全隕石数の1%ほど(Meteoritical Bulletin Databaseによる)と非常に希少ですが、水や有機物を多く含むことで知られ、このような隕石が原始地球に生命の原材料をもたらした可能性があります。一方で、隕石に含まれる有機物がどのようにできたのかはまだはっきり分かっておらず、このような隕石を調べることは「生命の起源」を解き明かすことにつながるのではないかと期待されています。今回は、ニューヨークという大都会でこのような貴重な隕石の落下が目撃され、民家の屋根を突き破るといったドラマティックな落下であったことからも注目されました。
衝突クレーター内に、表層付近の塩水堆積物が露出している様子を示す。
用語説明
- [用語1]
- CM炭素質コンドライト:岩石を主成分とする石質隕石の一つであるコンドライトうち、有機物などさまざまな化合物の形で炭素原子(C)を含む最も始原的な隕石が炭素質コンドライトである(正式には金属鉄の含有率や珪酸塩鉱物中の鉄の含有率などによって定義される)。化学組成や酸素同位体組成の違いで、CI、CM、CO、CV、CR、CK、CHに分類され、中でもCM(Mighei-type)炭素質コンドライトは水や有機化合物を多く含む。CM1はCM2よりも強い水質変成を経験している。
論文情報
- 掲載誌:
- Science Advances
- タイトル:
- Meteor over New York City: Brines in a primitive CM asteroid
- 著者:
- Peter Jenniskens*, Michael E. Zolensky, Austin Gordon, Jamie Gordon, Mike Hankey, Elizabeth A. Silber, Miro Ronac Giannone, Jangmi Han, Loan L, Marc D. Fries, Karen Ziegler, Queenie H. S. Chan, Diptimayee Behera, Jonathan S. Watson, Mark A. Sephton, James Brakeley, Bianka Munday, Yoko Kebukawa, Zack Gainsforth, Masanori Suzuki, Gregory A. Brennecka, Jan H. Render, Henner Busemann, Daniela Krietsch, Colin Maden, Kees C. Welten, Kunihiko Nishiizumi, Marc W. Caffee, Takahiro Hiroi, Stefan Ruchti, Philippe Schmitt-Kopplin, Jasmine Hertzog, Vincent Carré, Daniel P. Glavin, Jason P. Dworkin, Hannah L. McLain, Angel Mojarro, José Aponte, Denise Buckner, Nanako O. Ogawa, Yoshinori Takano, Naohiko Ohkouchi, Sonia M. Tikoo, Ji-In Jung, Eva M. Riveros, Jon M. Friedrich and Denton S. Ebel
研究者プロフィール
癸生川 陽子 Yoko Kebukawa
東京科学大学 理学院 地球惑星科学系 准教授
研究分野:宇宙化学
小川 奈々子 Nanako O. Ogawa
海洋研究開発機構 物質地球科学研究部門 生物地球化学センター センター長代理
研究分野:生物地球化学
高野 淑識 Yoshinori Takano
海洋研究開発機構 物質地球科学研究部門 部門長
生物地球化学センター センター長
研究分野:地球惑星科学・有機宇宙地球化学
大河内 直彦 Naohiko Ohkouchi
海洋研究開発機構 理事補佐
物質地球科学研究部門 上席研究員
研究分野:生物地球化学