ポイント
- 肺がんの多くを占める肺腺がんの半数弱は、非喫煙者に発生し、その多くはEGFR遺伝子の変異が発生要因となっています。
- 特に日本を含めたアジアの国では、EGFR遺伝子の変異を原因として発生する肺腺がんが非喫煙者に多く発生することが知られており、非喫煙者での肺がん予防・早期発見のために、その詳細な解明が求められます。
- 本研究では、東アジアの非喫煙者女性の肺腺がん患者さん998例の遺伝子の個人差を調べ、EGFR遺伝子変異を持つ肺腺がんへの罹りやすさと遺伝子の個人差の関わりを明らかにしました。
- 遺伝子の個人差の積み重ねにより、EGFR変異を持つ肺腺がんへの罹りやすさは8.6倍高まることが分かりました。
- 今回の発見は、喫煙をしない方の肺がんの予防および早期発見に役立つと期待されます。
概要
国立がん研究センター 研究所ゲノム生物学研究分野の白石航也ユニット長、河野隆志分野長、東京科学大学(Science Tokyo)※ 医歯学総合研究科 統合呼吸器病学分野の本多隆行医学部内講師、愛知県がんセンター がん予防研究分野の松尾恵太郎分野長など、全国11施設からなる共同研究グループは、国際共同研究により、EGFRという遺伝子の変異を原因として発生する肺腺がんの発生の危険要因を調べました。その結果、遺伝子多型[用語1]と呼ばれる遺伝子の個人差の積み重ねにより、EGFR変異を持つ肺腺がんへの罹りやすさは、8.6倍高まることが分かりました。これらの結果は、タバコを吸わない方の肺がんの予防および早期発見に役立つと期待されます。
本研究成果は、2024年11月22日付で、国際学術誌「Journal of Thoracic Oncology」に掲載されました。
- 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
背景
肺がんは日本では年間12万人が罹患し、がんにおいて最も死亡率が高く、約7万6千人の死亡原因となります。肺腺がんは最も多いタイプの肺がんで、半数弱は非喫煙者に発生することから、禁煙以外の予防法や早期発見の方法が強く求められています。特に、日本を含めたアジアの国では、EGFRという遺伝子の変異を原因として発生する肺腺がんが非喫煙者に多いことが知られており、なぜこのようながんがアジア人に多いのか、メカニズムの解明が期待されています。
これまでの研究で、EGFR変異を持つ肺腺がんへの罹りやすさには、HLAクラスII遺伝子やテロメア制御遺伝子などの個人差(遺伝子多型)が危険因子であることを明らかにしてきました[参考論文 †1、†2、†3]。今回の研究では、遺伝子多型の積み重ねによる危険度を数値化し、どの程度、肺がんのリスクに影響しているかを調査しました。
研究方法
日本、台湾、中国、香港、シンガポール、韓国からなる東アジアの非喫煙者女性に発生した肺腺がんを研究の対象としました。患者さん998人と肺がんに罹患していない非喫煙者女性4,544人について、全ゲノムにわたる遺伝子多型を明らかにし、遺伝子多型の積み重ねによる危険度をあらわすポリジェニックリスクスコア[用語3]を算出しました。その際、EGFR変異を持つ肺腺がんとEGFR変異を持たない肺腺がんとの間で差があるかを比較しました。なお、本研究は、アジア人女性の肺がんの原因解明を目指す国際共同研究FLCCA(Female Lung Cancer Consortium in Asia)の一部として行われました。
研究結果
遺伝子多型の積み重ねによる危険度に基づいて集団を4等分し、最も危険度の低い25%グループ(Q1)の危険度を1としたときに、他の3グループ(それぞれ25%)の危険度が何倍上昇するかを算出しました。
その結果、遺伝子の個人差の積み重ねにより、EGFR変異を持つ肺腺がんへの罹りやすさは8.6倍高まることが分かりました。一方でEGFR変異を持たない肺腺がんへの罹りやすさは3.5倍にとどまりました。つまり、EGFR変異を持つ肺腺がんの方が、EGFR変異を持たない肺腺がんと比べて、より強く遺伝子多型の影響を受けて発症することが明らかになりました。
展望
今回の研究によって、アジア人に多いEGFR変異を持つ肺がんの罹りやすさは、遺伝子多型の積み重ねによって大きく影響を受けていることが明らかになりました。今回の研究では東アジア人として危険度を算出しましたが、今後は日本人としての危険度の算出も行ってまいります。このような遺伝子の情報をもとに、EGFR変異陽性の肺がんに罹りやすい人(高危険群)を予測し、検診により早期発見できる可能性があると考えます。今回の研究成果をもとに、効果的な肺がんの早期発見手法を開発し、日本やアジアでの肺がん死亡の減少をめざしてまいります。
研究支援
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業(JP15ck0106096)・オーダーメイド医療実現化プロジェクト(バイオバンク・ジャパン)、国立がん研究センターバイオバンク、多目的コホート研究(JPHC研究:国立がん研究センター研究開発費23-A-31[特], 26-A-2, 29-A-4, and 2020-J-4)などの支援を受け行われました。
また、今回の研究に試料提供を頂きました肺がん患者さん、がんに罹られていない協力者の皆様に深く感謝いたします。
発表者
-
国立がん研究センター
白石航也(責任著者)、山地太樹、岩崎基、渡辺俊一、松本慎吾、谷田部恭、坪井正博、後藤功一、河野隆志(責任著者) -
東京科学大学 医歯学総合研究科 統合呼吸器病学分野
本多隆行 -
愛知県がんセンター
松尾恵太郎(責任著者) -
理化学研究所 生命医科学研究センター
久保充明、桃沢幸秀、鎌谷洋一郎、高橋篤 -
東京大学 医科学研究所
醍醐弥太郎 -
滋賀医科大学
醍醐弥太郎 -
日本赤十字社医療センター
國頭英夫 -
神奈川県立病院機構 神奈川県立がんセンター
宮城洋平、中山治彦 -
秋田大学
後藤明輝、南谷佳弘 -
信州大学
清水公裕 -
群馬大学
田中和美
用語説明
- [用語1]
- 遺伝子多型:ヒトゲノムは約30億塩基対のDNAからなるが、血液型などその塩基配列には個人差がある。この違いのうち、集団内で1%以上の頻度で認められるものを多型と呼ぶ。多型による塩基配列の違いがタンパク質の量または質の変化を引き起こし、体格、病気の罹りやすさ、医薬品への反応などの個人差をもたらす。これまでの研究で、免疫をつかさどるHLAクラスII遺伝子やテロメアの制御を行うTERT遺伝子などの個人差がEGFR変異を持つ肺がんへの罹患における危険因子であることが明らかになっている。
- [用語2]
- EGFR遺伝子:EGFR遺伝子は、必要に応じて上皮細胞の増殖を促す上皮成長因子受容体タンパク質をコードする遺伝子である。EGFR遺伝子に変異が生じると、常に増殖を促すような異常な上皮成長因子受容体タンパク質が作られるようになる。その結果、肺の上皮細胞の増殖の制御が効かなくなり、細胞ががん化することが知られている。EGFR変異が陽性の肺がんは、オシメルチニブなど、上皮成長因子受容体タンパク質の機能を阻害する抗がん剤に弱いため、治療に用いられている。
- [用語3]
- ポリジェニックリスクスコア:各個人のもつ遺伝的なリスクの積み重なりをスコア化して、病気の発症を予測する手法。今回の研究では、肺腺がんへの危険因子となる遺伝子多型の積み重なり方によって、集団を4等分し、最も危険度の低い群の危険度を1としたときに、他の3群の危険度が何倍上昇するかを計算した。スコアを算出する際の各遺伝子多型の重み付けは、先行研究の結果から導出した[参考論文 †3]。
参考論文
- [†1]
- Shiraishi K. et al., Association of variations in HLA class II and other loci with susceptibility to EGFR-mutated lung adenocarcinoma. Nat Commun. 2016; 7:12451.
- [†2]
- Shiraishi K.et al., Identification of telomere maintenance gene variations related to lung adenocarcinoma risk by genome-wide association and whole genome sequencing analyses. Cancer Commun (Lond). 2024; 44(2):287-293.
- [†3]
- Shi J. et al., Genome-wide association study of lung adenocarcinoma in East Asia and comparison with a European population. Nat Commun. 2023, 14:3043.
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Thoracic Oncology (オンライン版)
- 論文タイトル:
- Polygenic risk score and lung adenocarcinoma risk among never-smokers by EGFR mutation status-a brief report
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