骨になる前、細胞たちはどう動くのか:軟骨形成の司令塔Sox9の謎に迫る

2026年6月19日 公開

マウスの手足の発生を追い、細胞ごとの「指示の切り替え」を世界で初めて可視化

どんな研究?

おなかの中で育つ赤ちゃんの手足は、最初から硬い骨ではありません。まずはやわらかい軟骨の「骨組み」ができ、そこから少しずつ骨へと変わっていきます。たとえば指や膝、耳の形も、軟骨づくりから始まります。その中心で働くのが「Sox9」という転写因子です。転写因子とは、細胞の中でどの遺伝子を働かせるかを決める司令塔のような存在です。

これまでの研究から、Sox9が軟骨細胞を生み出すために欠かせないことは知られていました。実際、マウスでSox9を失わせると、手足の軟骨そのものが作られなくなります。

3dMediSphere/Shutterstock.com

さらに近年では、細胞を1個ずつ調べる技術の発展によって、発生中の細胞にはさまざまな種類や状態があることもわかってきました。一見よく似た細胞でも、それぞれ異なる役割や運命を持っていたのです。しかし、「Sox9がいつ、どの細胞で、どの遺伝子に指示を出しているのか」は見えていませんでした。

東京科学大学(Science Tokyo)の淺原弘嗣(あさはら・ひろし)教授、内田雄太郎(うちだ・ゆうたろう)助教、瀬賀雅康(せが・まさやす)大学院生らを中心とする研究チームは、Sox9の謎を解き明かすため、おなかの中で育つマウスの赤ちゃんの手足が形づくられていく初期段階を時系列で詳しく解析しました。

ここが重要

研究を進める上で難しかったのは、発生中の手足には、将来それぞれ異なる役割を担う細胞が混在していることでした。軟骨になり始めた細胞もあれば、まだ準備段階の細胞もあります。そのため、従来の方法では、Sox9が細胞ごとにどのように働き分けているのかが見えにくかったのです。

そこで研究チームは、近年開発された高精度な解析法を活用し、Sox9がどの遺伝子に働きかけているのかを、より詳しく調べました。すると、少ない細胞でもノイズを抑えて解析できるようになり、細胞ごとのSox9の働き方の違いが初めて見えてきました。その結果、Sox9が特に活発に働いている4種類の細胞集団を見つけ、それぞれが異なるルートで成熟した軟骨細胞へ変化していくことを明らかにしました。

さらに驚くべきことに、Sox9はいつも同じ働きをしているわけではありませんでした。成熟した軟骨細胞では、軟骨の材料となる遺伝子を安定して働かせる一方、発生の初期には手足の形の「境目」を作る遺伝子に働きかけていました。さらに発生が進むと、今度は細胞の成長や分化を促す遺伝子へと働きかける相手を切り替えていたのです。つまりSox9は、「軟骨を作れ」という単純な命令だけを出しているだけではなく、発生のタイミングや細胞の状態に応じて、使う遺伝子の組み合わせを柔軟に切り替えていたのです。

本研究は、発生の進行に合わせて、Sox9が細胞ごとに異なる遺伝子群を使い分けていることを、時間軸とともに可視化しました。これは、軟骨形成の制御原理を、これまでにない解像度で示した画期的な成果です。

今後の展望

この成果は、骨や関節がどのように形づくられるのかを理解するための重要な基礎データになります。特に、軟骨が正常に形成されない先天性疾患や、けが・加齢で傷んだ軟骨の再生研究に役立つことが期待されています。将来的には、人工的に軟骨を作る再生医療や、骨格形成異常の原因解明にもつながる可能性があります。今回の研究によって得られた「Sox9が、どの細胞で、どのタイミングで働くのか」という詳細なデータは、今後の軟骨研究や再生医療研究の重要な基盤になるでしょう。

研究者のひとこと

同じSox9という司令塔でも、発生の段階や細胞の種類によって、指示を出す相手の遺伝子をまるで会話の相手を変えるように切り替えていることが見えてきました。これを捉えられたのは、1細胞ごとの発現解析と、少ない細胞からでも転写因子の働きを読み取れるCUT&Tagという新しい手法を組み合わせられたからこそです。これまで「ぼやけて」見えていた細胞たちの動きが、解像度高く浮かび上がってきた瞬間は、とてもわくわくしました。体が形づくられていく仕組みの奥深さを、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
(内田雄太郎:東京科学大学 医歯学総合研究科 システム発生再生医学分野 助教)

内田雄太郎助教

生命は、設計図どおりに機械的につくられているわけではありません。同じ遺伝子でも、時間や場所によって役割を変えながら、全体として精巧な体を形づくっています。今回、1細胞レベルの発現解析と最新の転写ネットワーク解析を組み合わせることで、その「動的なルール」をかつてない解像度で描き出すことができました。発生の仕組みを深く理解することは、再生医療や疾患研究だけでなく、「生命とは何か」を考える上でも重要だと考えています。
(淺原弘嗣:東京科学大学 医歯学総合研究科 システム発生再生医学分野 教授)

淺原弘嗣教授

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