Y染色体はどこへ?—ユニークな進化の軌跡

2025年6月5日 公開

トゲネズミ性染色体の長年の謎が明らかに

ポイント

  • 希少なトゲネズミ3種のサンプルから連続性の高い性染色体ゲノム配列の構築に成功
  • 性染色体の共通点と相違点を明らかにし、進化の軌跡の仮説を提示
  • ユニークな性染色体をもつ3種の性決定のメカニズムの解明に期待

概要

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系の伊藤武彦教授、北海道大学大学院 理学研究院の黒岩麻里教授、久留米大学 医学部の奥野未来講師らの研究グループは、性染色体に大変ユニークな特徴をもつ日本固有のトゲネズミのゲノム配列を解読し、Y染色体の進化の軌跡を明らかにしました。

ヒトを含む哺乳類では、性染色体がXY型だと男性(オス)、XX型だと女性(メス)になります。しかし、奄美大島と徳之島にそれぞれ生息するアマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミはY染色体を失っており、オスもメスもX染色体1本のXO/XO型です。一方で、沖縄に生息するオキナワトゲネズミはXX/XY型ではあるものの、一般的な哺乳類とは異なり、一対の常染色体がX染色体とY染色体に融合し、巨大な性染色体をもっています。このようにトゲネズミは非常に珍しい性染色体をもつため、研究対象としてとても魅力的です。しかし、すべての種が国の天然記念物及び国内希少野生動植物種に指定されており、研究に利用できるサンプルは限られています。本研究では、特に解析が難しかったオキナワトゲネズミの性染色体についても、最新のゲノム解読技術を用いることで、性染色体を含んだゲノム全長配列の決定に成功し、3種の性染色体のゲノム配列を詳細に解析しました。

アマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミは、哺乳類の性決定遺伝子Sryを失っていますが、一部のY遺伝子はX染色体に移動していることが知られていました。今回、両種のゲノム配列から7個のY遺伝子が見つかり、すべてX染色体の同じ場所に位置していました。一方、オキナワトゲネズミでは、Y遺伝子がY染色体の他にX染色体の二つの領域からも見つかり、複雑なゲノム構造の変化が起きていることが明らかとなりました。

また、ゲノム構造が異なる箇所の境目に構造変異の痕跡となる配列が見つかり、この配列がトゲネズミの共通祖先の段階でY染色体にコピーされたことが、トゲネズミがもつ特異的な性染色体構造を生み出すきっかけになったことが強く示唆されました。さらに、アマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミの共通祖先では、染色体外環状DNA(eccDNA)[用語1]がX染色体に入り込むことによりY遺伝子がX染色体に移動し、最終的にY染色体が消失したことが示唆されました。本研究は、性染色体の進化や性決定の仕組みの理解をより深め、生物の多様性の理解に繋がることが期待されます。

なお、本研究成果は、2025年5月6日公開のMolecular Biology and Evolution誌に掲載されました。

背景

ヒトを含む哺乳類では、X染色体とY染色体を1本ずつもつXY型だと男性(オス)、X染色体を2本もつXX型だと女性(メス)になります。Y染色体をもつと男性(オス)になるのは、Y染色体上のSry遺伝子により性が決定されるからです。地球上に哺乳類は6,000種ほど生息しているといわれていますが、そのほとんどすべてがXX/XY型の性染色体をもち、Y染色体上に存在するSry遺伝子に依存して、性を決定しています。しかし、琉球諸島に生息する日本固有のトゲネズミ属は、大変珍しい性染色体をもっています。奄美大島と徳之島にそれぞれ生息するアマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミは、Y染色体を失っており、オスもメスもX染色体1本のXO/XO型です(図1)。また、Y染色体上の性決定遺伝子Sryは失われていますが、残りの一部の遺伝子はX染色体に移動していることが知られていました。一方で、沖縄に生息するオキナワトゲネズミはXX/XY型ではあるものの、一般的な哺乳類とは異なり、一対の常染色体がXとY染色体に融合し、非常に巨大な性染色体をもっています(図1)。さらにSry遺伝子も過剰に増えて多くのコピーが存在しています。

図1. トゲネズミの性染色体の特徴と地理的分布、一般的な哺乳類の性染色体の模式図

このようにトゲネズミ属は哺乳類の中で非常に珍しい性染色体をもつため、研究対象としてとても魅力的です。しかし、トゲネズミ属はすべての種が国の天然記念物及び国内希少野生動植物種に指定されており、研究に利用できるサンプルは限られています。このような中でも北海道大学の黒岩麻里教授を中心に、トゲネズミの性染色体の進化や性決定のメカニズムの解明に関する研究が進められてきました。

研究手法

近年、ゲノム解読技術と解析技術の向上により多くの生物のゲノムが解読されており、研究グループはトゲネズミにおいても、2023年に希少なDNAサンプルからゲノム配列を決定しました。しかし、オキナワトゲネズミの性染色体ゲノム配列には、極めて似た配列がいくつも存在するなどの理由から、全長を決定することができておらず、解析をするには不十分な状態でした。これを克服するために、研究グループは最新のゲノム解読技術を用いてゲノムを読み直すことで、ゲノム全長配列の決定に成功しました。これによりようやく3種の性染色体のゲノム配列を詳細に解析できるようになりました。

本研究では、トゲネズミ3種の性染色体がどのような進化の道のりを辿って、一般的なげっ歯類とは異なる特徴的な形になったのか、特にアマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミで、どうやってY染色体の一部がX染色体に移ったのか、を明らかにするために、以下の3点に焦点を当てた解析を実施しました。

  • 一般的なげっ歯類のY染色体上に存在する遺伝子が、トゲネズミ3種では染色体のどこにあるのか?
  • トゲネズミ3種の間での性染色体の共通点・相違点はなにか?
  • 一般的なげっ歯類とトゲネズミの性染色体の共通点と相違点はなにか?

これらについて、今回得られた高精度なゲノム配列に基づいた情報解析を徹底的に行うことで明らかにすることを目指しました。

研究成果

哺乳類のY染色体は非常に小さく、げっ歯類のY染色体に共通して見つかっているのはわずか10遺伝子しかありません。この10遺伝子を今回高精度に決定したトゲネズミのゲノムから探索したところ、アマミトゲネズミ、トクノシマトゲネズミからは7個の遺伝子が見つかり、すべてX染色体の同じ場所(Xq-region1)に位置していました。この結果から、両トゲネズミの共通祖先の段階でY染色体の一部が1回のイベントでX染色体に移ったことが推察されました(図2a)。一方、オキナワトゲネズミでは、Y遺伝子がY染色体の他に、X染色体の2領域(X-het-region、Xq-region2(Xq-region1とは別の箇所))から見つかりました。一般的な哺乳類のY染色体には1コピーしかないSry遺伝子も、Y染色体に5コピー存在するなど、複雑なゲノム構造の変化が起きていることが明らかとなりました(図2b)。

図2. ゲノム解析から明らかになったトゲネズミ3種でのY染色体由来配列及びBASDの存在箇所

次に、アマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミゲノムでY遺伝子が見つかったX染色体の領域(Xq-region1)を詳しく解析しました。この2種はゲノム配列も非常に似ていて、生物の進化の時間からすると比較的最近(55-90万年前)に分かれた(種分化した)と推測されています。しかし、Xq-region1を比べると2種の間で構造が異なっており、種分化後にもゲノムの構造が変化したことが分かりました。

さらに、Y染色体の一部がX染色体に移る前の状態として尤もらしい配列の並びを予測し、その結果に基づいて両種でゲノムがどのような構造変化をとってきたのか詳しく調べました。その結果、両種のゲノム構造が異なる箇所の境目に構造変異の痕跡(Boundary-Associated Segmental Duplication(BASD)配列と命名)が共通して見つかりました。このBASD配列をトゲネズミ3種のゲノム全体、及びマウスなど他のげっ歯類のゲノムから探索したところ、トゲネズミ以外のげっ歯類では、BASD配列はX染色体のXq-region1に1または2コピーしか見つからないのに対し、アマミトゲネズミ、トクノシマトゲネズミではXq-region1のみからそれぞれ3、4コピー、オキナワトゲネズミでは他のげっ歯類同様にXq-region1領域に2コピー見つかり、それ以外にX-het-region、Xq-region2、Y染色体―つまり、Y遺伝子が見つかったところ全て―から合計で実に106コピーも見つかりました。BASD配列がトゲネズミ3種のみでコピー数を増やし、しかもY染色体由来領域全てから見つかることは、BASD配列がトゲネズミで見られる特異的なY染色体の変遷に関わっている可能性が非常に高いと考えられました。

では、BASD配列はどのようにY染色体の変遷に関わり、現在のトゲネズミに特異的なY染色体構造を形作ったのでしょうか?もちろん、アマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミはY染色体を失っているため、失われる前のY染色体を調べることも、3種の共通祖先のゲノムを手に入れることもできません。しかし、現存する3種のゲノムから見つかったBASD配列の違いやBASD配列周囲の配列を詳細に調べていくと、以下のようなことが明らかとなりました。

まず、アマミトゲネズミ、トクノシマトゲネズミでは、その共通祖先の段階で、Y染色体上に存在したBASD配列及び7個のY遺伝子が、Xq-region1に元々存在するBASD配列を介してX染色体に入り込んだことが予測されました。一方、オキナワトゲネズミでは、元々X染色体にあったBASD配列がコピー・アンド・ペースト[用語2]される形でY染色体に移動し、Y遺伝子と共に何コピーにも増幅したり、移動したりして、現在のオキナワトゲネズミの性染色体になったことが明らかとなりました。

総合的に見て、3種の共通祖先の段階で、BASD配列はすでにY染色体に存在していたと考えられます。BASDがトゲネズミの共通祖先においてY染色体にコピーされたことが、トゲネズミがもつ特異的な性染色体構造を生み出すきっかけになったことが強く示唆されます。その後に関しては、以下のようなシナリオが想定されました(図3)。

図3. トゲネズミ性染色体進化の仮説

アマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミでは、両種の共通祖先において、Y染色体配列がBASD配列などとともにextrachromosomal circular DNA(染色体外環状DNA、eccDNA)と呼ばれる環状の配列を形成し、Xq-region1上に元々存在したBASD配列を介してX染色体に入り込み、2種でそれぞれ構造変化が起こり現在のゲノム構造になったと考えられます。このeccDNAは哺乳類の精子からも見つかっており、次世代に遺伝的な変化をもたらす、つまり進化を引き起こす因子としても注目されているもので、eccDNAがY染色体を失ったトゲネズミ2種のゲノムの進化にも関わっていたのではないでしょうか。一方オキナワトゲネズミでは、Y染色体配列はBASDとともにコピー数を増やし、肥大化させるとともに、X染色体へもコピーされ、現在のゲノム構造になったと考えられます。

今後の展開

Y染色体を消失したアマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミ、巨大化したY染色体をもつオキナワトゲネズミ。一見、全く異なる性染色体の進化を遂げたように見える3種のトゲネズミですが、今回の研究から、どのような過程を経て今のような性染色体になったのか?に関しては一つの仮説を導くことができました。

しかし、トゲネズミの性がどのように決まっているのか?という問いはまだ完全には解明されていません。特に、アマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミでは、性を決める役割を果たす「Sry遺伝子ではないなにか」が存在するはずです。これまでの研究から、Sox9という遺伝子の上流の領域が新しい性決定因子であることが示唆されていますが、詳細な分子メカニズムの解明には至っていません。また、オキナワトゲネズミはSry遺伝子を複数もちますが、実際に機能しているのかは不明です。今回のゲノム情報が、今後の研究の発展に繋がることが期待されます。

今回のゲノム解析を通して、性を決めるという生物にとって根幹的なシステムの転換に伴い、アマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミのゲノムにどんな変化が起きたのか、一つの知見を得ることができました。また、オキナワトゲネズミの今の性染色体の状態を詳細に明らかにすることができました。このような研究は性染色体の進化や性決定の仕組みの理解をより深め、生物の多様性の理解に繋がると考えられます。

付記

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業「新学術領域研究『学術研究支援基盤形成』」の「先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム『先進ゲノム支援』(PAGS)」(JP22H04925)、日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(JP22H02598)、挑戦的研究(JP23K18093)の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1]
染色体外環状DNA(eccDNA):染色体から離れて細胞核の内部または外部に存在する環状のDNA。これらの一部は重要な生物学的機能を果たしており、正常な細胞にも存在しているが、がんなどの疾患に関与している場合もある。
[用語2]
コピー・アンド・ペースト: DNA配列がコピーされ、ゲノムの異なる場所に挿入される現象。

論文情報

掲載誌:
Molecular Biology and Evolution(MBE, 分子生物学・進化学会の専門誌)
タイトル:
Where did the Y chromosome in the spiny rat go, and how did it get there?
(トゲネズミのY染色体はどこへ行き、どのようにしてそこへたどり着いたのか?)
著者:
奥野未来1、松岡健太朗2、持丸侑太2、山部貴央2、岡野真佑2、城ヶ原貴通3、豊田敦4
黒岩麻里5、伊藤武彦2
1久留米大学医学部、2東京科学大学生命理工学院、3沖縄大学経法商学部、4国立遺伝学研究所、5北海道大学大学院理学研究院)

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教授 黒岩 麻里

東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系

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