数学の未解決問題から生まれた「不思議なタイル」で風車のような光の模様を観測

2026年7月30日 公開

2026年7月30日 更新

非周期モノタイルが拓く新しい光ナノ構造

ポイント

  • 長年未解決だった「アインシュタイン問題」から生まれた非周期モノタイルに基づく人工構造を用いて、その特異な光回折像の観測に世界で初めて成功しました。
  • モノタイル構造がもつ、カイラルな対称性を反映した風車状の光回折像、通常の準周期秩序にはない円偏光依存回折を発見しました。
  • 本成果は、カイラルな対称性をもつ新しい準周期秩序の科学を拓き、ナノフォトニクスやメタサーフェスにおける新しい光機能設計への展開が期待されます。
左:モノタイル構造による非周期タイリング
右:白色光源を入射したときに観察されたカイラルな光回折像

概要

東京科学大学 理学院 物理学系 納富雅也教授(兼:NTT株式会社物性科学基礎研究所フェロー)と、東京大学 生産技術研究所の森竹勇斗准教授(研究当時、東京科学大学 理学院 物理学系 納富研究室助教)らによる研究グループは、非周期的にしか敷き詰めることができない「非周期モノタイル[用語1]」に基づく構造を作製し、その特異な対称性を反映した光回折現象を実験的に明らかにしました。「一種類のタイルで非周期的にしか敷き詰められないタイルはあるか?」という数学的な問題は「アインシュタイン問題[用語2]」と呼ばれ、長い間解決されていませんでした。しかし、2023年にハット型モノタイル(図1)という解が発見され、数学界に大きな衝撃を与えました。一方でこの特殊な非周期タイリングによって引き起こされる物理現象を実験的に明らかにした研究はありませんでした。本研究では、このモノタイルの配列をもつ人工ナノ構造を作製し、その光回折を測定することで、モノタイルの特別な構造に由来する風車状の回折パターンの観測に成功しました。さらに、左回り・右回りの円偏光で回折強度が異なる、従来の鏡映対称な準周期構造[用語3]では見られない光応答を確認しました。本成果は、カイラル[用語4]な準周期秩序を持つ非周期構造を用いた、新しい光制御を拓くものです。

図1. 非周期モノタイルと準格子の構造
(A) アインシュタイン問題の解として初めて提案されたハットタイルと呼ばれる構造。形が帽子に似ていることから名前が付けられた。
(B) ハットタイルの重心の位置。一見、ハットタイルの重心を定義するのは不可能に思えるが、数学的な観点から重心を定義することができる。
(C) ハットタイルの敷き詰めによる非周期的なタイリング。無限に広い平面を敷き詰められるが同じ繰り返しパターンは現れない。
(D) 重心を用いて生成したモノタイル準格子。赤で示す点を中心に完全な3回回転対称性(1/3回転しても同じ構造になる)をもつ。一方、鏡映対称性はもたない(左右をひっくり返しても一致しない)。

発表者コメント:森竹 勇斗 准教授の「もしかする未来」

この研究を始めたきっかけは、『ペンローズの幾何学』(荒木義明、谷岡一郎 著)を読み、非周期モノタイルという数学界の発見に興味をもったことです。研究を進めると予想外の興味深い現象が多く見つかり、取り組んでいて本当に楽しい研究でした。歴史を見ても、数学における発見が物理に大きなインパクトをもたらしてきましたが、そのような仕事ができたことをうれしく思っています。今後は、この準周期構造をメタサーフェス・フォトニック結晶[用語5]に取り入れ、新しい光応用を探求していきます。

森竹 勇斗 准教授

研究成果

結晶のような周期構造は、物理・化学・材料科学の基礎として長く研究されてきました。一方、周期性を持たないにもかかわらず長距離秩序を持つ準周期構造や準結晶(注4)は、通常の結晶にはない回転対称性や物性を示すため、重要な研究対象となっています。ペンローズタイルに代表される準周期構造の研究は、2011年ノーベル化学賞「準結晶の発見」にもつながりました。

この流れの中で、数学では「一種類のタイルだけで平面を敷き詰められるが、その敷き詰めは必ず非周期になる形は存在するか」という問題が長年未解決でした。この問題は「アインシュタイン問題」と呼ばれ、2023年にDavid Smithらによってハット型の非周期モノタイルが発見されたことで大きな注目を集めました。しかし、このモノタイルに由来する構造が、実際の物理実験においてどのような応答を示すかは明らかになっていませんでした。

本研究グループは、ハット型モノタイルの敷き詰め構造において各タイルの重心に点を置くことで、三回回転対称性をもつ一方で鏡映対称性を持たない「モノタイル準格子[用語6]」を設計しました。さらに、この非周期構造の特性を実験的に調べるため、NTTの最先端の微細加工技術を用いて人工ナノ構造を作製しました(図2(A))。作製では、350 nm厚の窒化シリコン薄膜上に、半導体加工技術でも用いられる電子線リソグラフィーとエッチングを用いて、半径100 nmの円孔を精密に形成しました。測定では、この構造にレーザを照射して回折パターンを観測しました。

実験では、多数の明瞭なブラッグピーク[用語7]が観測され、さらに照射位置を変えてもピーク位置がほとんど変化しないことが確認されました(図2(C))。これは、作製したモノタイル準格子が周期性を持たないにもかかわらず、準結晶的な長距離秩序を持つことを示す実験的証拠です。また、観測された回折パターンは鏡映対称性を欠いた風車状の形(図2(B)、図2(C))を示し、反転したモノタイル構造ではその向きが反転しました。この結果は、モノタイル構造のカイラルな対称性が、波数空間における光回折パターンとして直接現れたことを意味します。

さらに本研究では、左回り円偏光と右回り円偏光を入射した場合の回折強度の違いを測定しました。その結果、回折ピークの強度分布が円偏光のヘリシティ[用語8]に依存し、鏡像構造ではその分布が入れ替わることが分かりました(図2(D))。このような円偏光依存の回折応答は、反転対称性や鏡映対称性を持つ従来型の準周期構造では現れにくいものであり、モノタイル準格子のカイラルな対称性に由来する新しい光学現象です。

本成果は、非周期モノタイルが単なる数学的構造にとどまらず、ナノ構造を用いることで、実験可能な物理系として新しい光応答を生み出すことを示しています。特に、カイラルな準周期秩序を設計原理として用いることで、人工非周期構造を用いた新しい光機能の開拓につながることが期待されます。

図2. 作製したモノタイル準格子をもつ人工構造と測定した光回折像
(A) 作製したモノタイル準格子構造の顕微鏡写真および電子顕微鏡写真。窒化シリコン膜に、準格子の位置に直径200ナノメートルの穴が開いている。
(B) 白色レーザを照射したときに得られた回折像写真。構造の準周期性や対称性を反映して、風車のような特殊な回折像が観測される。
(C) 単色光(緑色レーザ)を照射したときに得られた回折像写真。準周期性に由来するブラッグピークが観測されている。
(D) 右回りと左回り円偏光を照射したときの回折強度の差。赤い点は左回りが、青い点は右回りの円偏光入射でより強い強度の回折が得られることを示している。このような円偏光依存性は、カイラルなモノタイル準格子ならではの特徴。

関連情報

付記

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費「動的再構成可能なトポロジカルナノフォトニクスの研究(課題番号:JP20H05641)」、「非エルミート光学を用いた新奇なプラズモニック光学素子の実現(課題番号:JP21K14551)」、「非エルミートプラズモニクスによる量子バイオセンシング(課題番号:24K01377)」、「ナノ構造における光角運動量の電子線による超分解能解析と制御(課題番号:JP24H00400)」、「キメラ準粒子のアーキテクチャー(課題番号:24H02232)」、の支援により実施されました。

用語説明

[用語1]
非周期モノタイル:一種類の形状だけで平面を隙間なく敷き詰めることができる一方、その敷き詰めが周期的にはならないタイルのことです。2023年に発見されたハット型タイルは、その代表例です。
[用語2]
アインシュタイン問題:ここでの「Einstein」は物理学者のアインシュタインではなく、ドイツ語で「一つの石」を意味する“Ein Stein”に由来します。一種類のタイルだけで非周期的な敷き詰めを強制できるか、という長年の数学的問題です。
[用語3]
準周期構造・準結晶:結晶のように同じ構造が一定間隔で繰り返される周期性はないものの、全体として規則的な並び方をもつ構造を準周期構造と呼びます。準結晶は、そのような秩序をもつ物質で、通常の結晶では許されない回転対称性や、明瞭な回折ピークを示すことがあります。
[用語4]
カイラル:鏡に映した形を回転や平行移動だけでは元の形と重ね合わせられない性質です。本研究では、二次元面内で鏡映対称性を持たないことをカイラルと呼んでいます。
[用語5]
メタサーフェス・フォトニック結晶:メタサーフェスは、光の波長よりも小さな人工構造を平面上に並べ、光の進む方向や偏光などを制御する薄型の光学素子です。フォトニック結晶は、屈折率の異なる材料を光の波長程度の周期で配列し、光の伝わり方を制御する人工構造です。
[用語6]
モノタイル準格子:本研究では、ハット型モノタイルの各タイルの重心に点を置いて得られる非周期的な点配列を指します。周期性はありませんが、長距離秩序を持つため、準周期構造として扱うことができます。
[用語7]
ブラッグピーク:秩序を持つ構造に光やX線などの波を照射したとき、特定の方向に強い回折が現れる現象です。明瞭なブラッグピークは、構造中に長距離秩序が存在することを示す重要な指標です。
[用語8]
円偏光のヘリシティ:電場の向きが光の進行に伴って回転する光を円偏光と呼びます。左回り・右回りの違いをヘリシティと呼び、鏡映対称性が破れた構造では両者に対する応答が異なる場合があります。

論文情報

掲載誌:
Nature Communications
タイトル:
Chiral Diffraction from Aperiodic Monotile Structure
著者:
Yuto Moritake*, Masato Takiguchi, Takuma Aihara, Masaya Notomi

研究者プロフィール

森竹 勇斗 Yuto Moritake

東京大学 生産技術研究所 准教授

納富 雅也 Masaya Notomi

東京科学大学 理学院 物理学系 教授
兼 NTT株式会社物性科学基礎研究所 フェロー
兼 NTTナノフォトニクスセンタ センタ長

関連リンク

更新履歴

  • 2026年7月30日 著者名の誤記を修正しました。

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准教授 森竹 勇斗

東京科学大学 理学院 物理学系
教授 納富 雅也

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