セルロースナノファイバーで機能性無機材料探索を高速化

2026年7月10日 公開

わずか3分の作業で膨大な材料ライブラリを構築

ポイント

  • 原料溶液の配合比を変えるだけで高速・手軽に新規セラミックス組成を探索できる手法を提案。
  • 環境調和型素材セルロースナノファイバーの特性を活かして、秤量・混合・成形の煩雑な工程を大幅にスキップ。
  • 本手法を用いて、広い温度範囲で極めて高い安定性を持つ材料組成の特定に成功。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)物質理工学院 材料系の安原颯助教、保科拓也教授、杉田陽佑大学院生、戸塚雅喜大学院生らの研究チームは、次世代の環境調和型素材であるセルロースナノファイバー(CNF)[用語1]を活用し、機能性セラミックス[用語2]の開発スピードを劇的に加速させる革新的な高速製造プロセス(ハイスループット合成法)を開発しました。

従来のセラミックス開発では、材料の配合比(組成)を少しずつ変えたサンプルを一つずつ「量る、混ぜる、成形する」必要があり、膨大な時間と労力がかかっていました。本研究では、CNF分散水溶液が持つ「優れた粉体分散能」と「チキソ性(攪拌すると流動性が増す性質)」に着目し、異なる成分の分散液を任意の比率で混ぜ合わせて乾燥させるだけで、直接焼き固められる頑丈な成形体の作製に成功しました(図1)。これにより、従来の煩雑な製造工程を完全にスキップすることが可能となります。一連のプロセスにおいて、1組成を調整する作業時間はわずか3分であり、人的リソースが限られた状況においても大量の組成探索が実現可能になります。

本手法の実証として、スマートフォン、自動車、AIサーバーなどに不可欠な「誘電体セラミックス」について組成探索を実施しました。その結果、-55℃〜125℃の広い温度範囲で極めて高い安定性を維持するセラミックス組成の特定に成功しました。

本技術は、高価な自動化設備を必要とせず、あらゆる研究室で導入可能です。新材料の発見から実用化までの期間を大幅に短縮し、次世代デバイスや環境技術の進化を通じて本学が掲げる理念「科学の進歩」と「人々の幸せ」の実現に貢献します。

本成果は、6月26日付(現地時間)の「Journal of Materials Chemistry C」誌に掲載されました。

図1. 既存のセラミックス合成プロセスと提案プロセスの模式図

背景

「機能性セラミックス(無機材料)」は、エレクトロニクス、情報・通信、モビリティ、環境・エネルギーといった多岐の分野で活躍しています。機能性セラミックスの開発・材料研究において、材料の特性を最大限に引き出す最適な化学組成(元素の配合比)を見つけ出すことは最重要課題です。

しかし、従来の固相反応法[用語3]を用いたセラミックス合成では、組成を少しずつ変えたサンプルのすべてに対して「粉末の秤量」、「混合」、「成形」といったプロセスが必要であり、化学組成の検討に膨大な時間と労力がかかっていました。近年ではロボットを用いた自動化やAI(機械学習)により組成と性能の関連を予測する技術も開発されていますが、これらは高価な設備や大規模なシステムが必要であり、中小規模のラボや研究者が手軽に導入できる環境ではありません。世界的に材料開発競争が激化する中において、日本では人的リソースも限られていることから、いかにしてセラミックス合成の高効率化を実現するかが問われてきていました。

研究成果

安原助教らは、植物由来の次世代素材であるセルロースナノファイバー(CNF)を活用した機能性セラミックス合成に着目し、安価な装置かつ小スケールで実験が可能な、全く新しい「ハイスループット(高速・高効率)セラミックス合成プロセス」を確立しました。

TEMPO酸化CNFの分散水溶液は、チキソトロピー(混ぜるとサラサラになり、静止すると固まる性質)と、無機粉末に対する優れた分散能を持っています。本研究ではその性質に注目し、「任意の比率で混ぜて型に流し、乾燥させるだけ」で、触っても崩れない頑丈なグリーンペレット(成形体)を作る新規プロセスを開拓しました。これにより、従来の固相反応法で必須だった、煩雑な「粉末の秤量」、「混合」、「成形」のステップを完全に省略することに成功しました。具体的には、はじめに3種類の無機粉末を用意し、それぞれCNF分散水溶液に分散させたものを調製しました。次に、2~3種の水溶液を様々な比率(28パターン)で混合したものを直径16 mmの型に流し込んだのち、室温で乾燥させました。この28パターンの作製に要した作業時間は3時間以下です。乾燥後の試料は頑丈なグリーンペレットとなっており、そのまま焼成が可能でした。

安原助教らが開拓したプロセスでは、異なる成分の分散液を混ぜ合わせる作業は、わずか3分で完了します。一度に異なる配合のサンプルを大量に並行して作製できるため、様々な条件を短時間で試行することができ、網羅的な「材料組成ライブラリ」を既存の数十倍のスピードで構築できます。なお、CNFは焼結(焼き固める)の過程で完全に分解・消失するため、最終的なセラミックスの結晶構造や電気的特性に悪影響を与えないことも確認されました(図2)。

図2.(a)提案プロセスにより作製したチタン酸バリウム[用語4]セラミックスの写真。
(b)焼成後試料の電子顕微鏡観察像。緻密体が作製できていることが分かる。
(c)作製したセラミックスの比誘電率および誘電損失の温度依存性評価。この結果は、従来プロセスで作製したものと同様の物性である。

本手法の有効性を実証するため、チタン酸バリウム(BaTiO3)系ペロブスカイト誘電体セラミックスの材料探索を実施しました(図3)。2元系、3元系の膨大な組成バリエーションの迅速な評価に成功し、最終的に新組成Ba0.55Sr0.15Ca0.30(Ti0.91Zr0.09)O3を発見しました。本材料は、電子部品(コンデンサ等)の国際規格「X7R規格」に対応する-55℃〜125℃の温度域において静電容量変化率が±15%という基準を満足し、さらに約4000という高い誘電率(εr)を極めて安定に発現するという優れた特性を示しました(図4)。既存の固相反応法を用いたプロセスでは、1パターンに対して2~3時間程度の作業が必要となりますので、本提案プロセスは従来の20~30倍速のサンプル合成効率だと言えます。

提案プロセスにより作製した28サンプル

図3. 提案プロセスを用いて実行した三元系の材料探索の組成マップと乾燥体の写真。28サンプルの作製に要した作業時間は3時間以下であった。乾燥成形体は食用色素を用いて着色してある。
図4. (a)28サンプルの室温における比誘電率のカラーマップ。
(b)本研究で発見した最適組成における静電容量の温度依存性評価。オレンジ色の範囲はX7R規格に定められている数値を示す。

社会的インパクト

私たちが毎日使うスマートフォンや需要が急増しているAIサーバーの中には、無数の「コンデンサ」が組み込まれており、電気回路の正常な動作を支えています。本研究で見出した新手法により発見された「温度に左右されず、高い性能を示す誘電体セラミックス」は、まさにこの電子部品の性能を飛躍的に高めるものです。

新しい材料を発見してからデバイスとして世に出るまでには、通常「何年、何十年」という地道な材料探索の期間が必要ですが、本研究で提案するハイスループットセラミックス合成プロセスを用いることで、これまでの材料開発を大幅に加速させることが可能です。特に、材料探索における「サンプル作り」の時間を劇的に短縮できます。

さらに今回の画期的な製造プロセスを可能にしたのは、環境調和型素材「セルロースナノファイバー(CNF)」です。CNFをセラミックス材料探索に活用することは「環境負荷の低いクリーンなものづくり」の新しい形であり、持続可能な社会の発展にも大きく貢献します。

今後の展開

本成果は、材料開発での情報科学の利用(マテリアルズインフォマティクス)における実験フェーズを劇的に加速させる強力なツールとなります。一般に、実験で得られる物性データ数は、機械学習に適用するためには不十分とされることが多いですが、本提案プロセスを用いることで機械学習の使用に耐えうる数のデータ供給が可能となり、データドリブンの材料探索の実現が期待できます。

さらに研究チームは、「乾燥」というボトルネックを解消し、焼成までに要する時間を劇的に短縮する一連の新技術も既に開発しています。その技術と今回開発した手法を組み合わせ、誘電体材料以外の様々な機能性無機材料の開発に応用し、諸般の課題解決や人類社会を豊かにする次世代の新材料発見への貢献を目指します。

付記

本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(20K22549、22K14470、24K17496)の支援のもと実施されました。本研究にて使用したCNFは日本製紙株式会社よりご提供いただきました。

用語説明

[用語1]
セルロースナノファイバー(CNF):木材などから得られる繊維をナノオーダーまで解きほぐした繊維。
[用語2]
セラミックス:人工的に作られた無機質の非金属固体材料の総称。
[用語3]
固相反応法:固体粉末の集合体を溶融点以下の温度で加熱して新しい化合物を合成する手法。
[用語4]
チタン酸バリウム:セラミックスコンデンサーの主要材料であり、室温付近にて高い誘電率を発現する材料。

論文情報

掲載誌:
Journal of Materials Chemistry C
タイトル:
High-throughput ceramics processing method using cellulose nanofiber dispersions for rapid materials exploration
著者:
Sou Yasuhara, Yosuke Sugita, Masaki Tozuka, Takuya Hoshina

研究者プロフィール

安原 颯 Sou Yasuhara

東京科学大学 物質理工学院 材料系 助教
研究分野:無機機能性材料(誘電体、強誘電体、イオン伝導体など)

保科 拓也 Takuya Hoshina

東京科学大学 物質理工学院 材料系 教授
研究分野:無機機能性材料(誘電体、強誘電体、圧電体など)

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