ポイント
- 導電性高分子にホスホン酸エステル基を電気化学的に導入することで、有機電気化学トランジスタの性能向上を達成
- 導入量を精密に制御可能であることを見出し、高分子膜のキャリア輸送性とイオン伝導性の最適バランスを実現
- OECTの展開先であるバイオセンサーやフレキシブルデバイスの性能向上に期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の稲木信介教授と佐藤宏亮助教、谷口晃平大学院生(研究当時)らの研究チームは、導電性高分子膜に対して電気化学的な手法でホスホン酸エステルを導入し、有機電気化学トランジスタ(OECT)[用語1]の性能向上を達成しました。
電気を流すプラスチックとして知られる導電性高分子は、タッチパネルや有機ELディスプレイ、太陽光発電等に使われており、私たちの生活には欠かせない存在です。特に、OECTは低い電圧で駆動するため、将来的に、着用可能なデバイスや生体内センサーへの応用が期待されています。さまざまな導電性高分子が開発されていますが、キャリア輸送性[用語2]とイオン伝導性[用語3]はトレードオフ関係にあり、両特性を高い水準で両立させることが課題となっていました。
本研究では、電極上の導電性高分子膜に電気を流すことで高分子を酸化状態とし、それに対して亜リン酸トリアルキル[用語4]を作用させることで高分子の直接機能化を達成しました。さらに、流す電気量を調節することで、イオン伝導性向上に寄与する高極性なユニットであるホスホン酸エステル[用語5]の導入量を精密に制御できるようになりました。得られた適切な機能化率[用語6]の高分子をトランジスタの活性層に適用することで、OECTの性能が向上することを見いだしました。ホスホン酸エステルの導入量を精密制御する技術により、高分子膜のイオン伝導性を向上させつつ、キャリア輸送性の低下を最小限に抑えることで、両者の最適バランスを実現する戦略を示しました。本技術の確立により、OECTを利用したセンサー等の性能向上が期待されます。
本成果は、「Angewandte Chemie International Edition」誌に4月18日付でオンライン掲載されました。
背景
導電性高分子とは、炭素の結合が単結合(CーC)と2重結合(C=C)が交互に並ぶ高分子であり、電気化学的に酸化還元(電気化学ドーピング[用語7])すると電気が流れる性質を持つため、スマートフォンのタッチパネルや有機ELディスプレイ、太陽光発電などの幅広い電子デバイスに応用されています。中でも、安価かつフレキシブルな次世代デバイスとして有機トランジスタ[用語8]が注目を集めており、特に有機電気化学トランジスタ(OECT)は低電圧駆動が可能であるため、生体内のバイオセンサー等への応用が強く期待されています。OECTの活性層には、優れた「キャリア輸送性」と「イオン伝導性」の双方が求められます(図1(A))。しかしながら、キャリア輸送性の高い導電性高分子膜は一般的に分子鎖が密にパッキングされた高い結晶性を有するため、イオンの浸透・移動が阻害され、イオン伝導性が低下する傾向にあります。このように、両特性の同時向上は一般に困難とされています。もし、結晶性[用語9]が高い導電性高分子膜に対して直接的な分子変換を施すことでイオン伝導性を向上させつつ、キャリア輸送性の低下を最小限に抑えることができれば、両者のバランスを最適化することが可能となります。
これまで研究チームは、電気化学的な手法を駆使した導電性高分子膜の直接的な分子変換法の開発に成功してきました。具体的には、導電性高分子膜を電気化学的に酸化することでカチオン種を生成させ、そこに亜リン酸トリアルキルを作用させることで、高極性なホスホン酸エステルを高分子鎖へ導入する手法です(図1(B))。しかしながら、従来の手法は、反応試薬が膜内部へ浸透しやすい「非晶性[用語10]」の高分子膜に制限されていました。有機デバイスへの実践的な応用を見据えた場合、優れたキャリア輸送性性を示す「高結晶性」の導電性高分子膜に対する新たな分子変換法の確立が必要不可欠です。
研究成果
本研究では、OECTの性能向上を目的とし、キャリア輸送性・イオン伝導性のバランスの最適化する手段として、高い結晶性を持つ導電性高分子を電気化学的に分子変換する手法の確立を目指しました。具体的には、高結晶性な導電性高分子として知られるPBTTT-C14の膜を電極上に作製し、ホスホン酸エステル化反応を検討しました。実際にPBTTTを用いて反応を行ったところ、機能化率は20%という低い値にとどまりました。そこでアイオノマー[用語11]高分子であるNafionとの複合膜を採用して同様に検討すると、機能化率の最大値は91%に達し、反応効率が大きく向上することを見いだしました。複合膜の性質を調べたところ、アイオノマー高分子との複合化により導電性高分子の結晶性が低下し、亜リン酸トリアルキルが膜内部に浸透しやすくなったことが判明しました。また、流す電気量に応じて、機能化率を0~91%の範囲で精密に制御できることが分かりました。
次に分子変換された導電性高分子を用いてOECTデバイスを作製し、性能評価を行いました。その結果、OECTデバイスの性能指標の1つである移動度×静電容量(μC*) の値が、ホスホン酸エステルの導入により向上することが分かりました。また、機能化率と性能の関係を検討したところ、μC* は機能化率が6〜16%の範囲において最大値を示し、機能化率が20%を超えると低下することが分かりました。これは、ホスホン酸エステルの導入により、イオン伝導性は向上する一方でキャリア輸送性は低下するためと考えられます。このように、最適なOECTデバイス性能を示す導電性高分子材料を意図的に創出する手法を確立しました。さらに、ホスホン酸エステルの導入前後の高分子でスイッチオン/オフ比[用語12]やトランスコンダクタンス[用語13]を比較した結果、導入後の高分子の方が優れた性能を示しました。
本研究では、高い結晶性を持つ導電性高分子を電気化学的に分子変換する手法を確立したことで、ホスホン酸エステルの導入量を緻密に制御することが可能になりました。これは物性改変の度合を定量的にコントロールすることができることを意味しており、その結果、OECTのデバイス性能を向上させることに成功しました。また、同様に高い結晶性を持つDPP-DTTの高分子膜においても、機能化率の制御とそれに伴うOECT性能の向上を達成しました。本手法は、さまざまな高結晶性高分子に適用可能であり、今後、より高性能な導電性高分子への展開により、さらなる性能向上が期待できます。
社会的インパクト
本研究の成果により、従来は困難であった「高結晶性導電性高分子へのホスホン酸エステルの導入」が実現しました。また、ホスホン酸エステルの導入量を精密に制御することで、OECTデバイスの性能を大きく向上させる高分子活性層の開発に成功しました。本成果はOECTの実装化を前進させるだけでなく、他の有機デバイス開発においても性能向上のための汎用的なアプローチとなる可能性があり、今後の材料科学への貢献が期待されます。
今後の展開
本研究はあくまで新規プロセス提案段階にあり、今後の展開として、現在OECT活性層として最も性能が高い高分子を用いて、本アプローチを適用しデバイス性能の向上を目指します。さらに、大面積化や生体内センサー等に応用していき、社会実装に向けての検討を進めます。また、これまではホスホン酸エステルの導入に留まってきましたが、他の機能団導入を試みるとともにデバイス性能への影響を検討し、さらなる性能向上を目指します。
付記
本研究は、科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)グリーン触媒科学(課題番号:23H04914)と科学研究費助成事業(JP23KJ0948)の支援を受けて行われました。
用語説明
- [用語1]
- 有機電気化学トランジスタ(OECT):有機トランジスタの一種であり、半導体層へのイオンの脱挿入によってスイッチング動作を行うデバイス。有機半導体内部にキャリアとイオンが共存することで効率的に電気が流れ、センサー等への応用が進められている。
- [用語2]
- キャリア輸送性:プラスまたはマイナスの電荷を持った極小の粒子である、ホールまたは電子が移動することで、電気が流れる性質のこと。
- [用語3]
- イオン伝導性:電気を帯びた「イオン」という粒が移動することで電気が流れる性質のこと。
- [用語4]
- 亜リン酸トリアルキル:一般式P(OR)3で表される化合物のこと。本研究では反応試薬に用いており、溶液として使用した。
- [用語5]
- ホスホン酸エステル:一般式R−P(=O)(OR’)2で表される化合物のこと。本研究では高分子主鎖上に炭素-リン結合(CーP)を有するホスホン酸エステルを導入した。
- [用語6]
- 機能化率:高分子の繰り返しユニットに対する機能化されたユニットの割合のこと。ここでは、「ホスホン酸エステルが導入されたユニットの数」/「全ての繰り返しユニットの数」で計算した。
- [用語7]
- 電気化学ドーピング:電極上の高分子に対して電位を印加し、電子を引き抜くまたは与えることでプラスまたはマイナスのキャリアを生成させる過程。本操作によって導電性高分子膜の導電性が大きく向上する。
- [用語8]
- 有機トランジスタ:活性層に有機半導体が使用されるトランジスタの総称。
- [用語9]
- 結晶性:物質を構成するミクロな分子たちが、規則正しく、きれいに整列している状態のこと。結晶性が高い状態であるほど、キャリア輸送性が高くなる傾向にある。
- [用語10]
- 非晶性:物質を構成するミクロな分子たちが規則正しく並ばず、バラバラの方向を向いていたり、複雑に絡み合ったりしている状態のこと。イオンなどの化合物が膜内部に浸透しやすい傾向にある。
- [用語11]
- アイオノマー:電気を帯びた「イオン」の成分をあらかじめ組み込んだ材料のこと。
- [用語12]
- スイッチオン/オフ比:OECTデバイスのスイッチが「オン」になって電気がスムーズに流れる状態と、「オフ」になって電気ほとんど流れない状態での電流値の比。この値が大きいほど、オンとオフの区別が明確で、デバイスの性能が高い。
- [用語13]
- トランスコンダクタンス:入力した電圧に対して、実際に流れる電流の比率のこと。この数値が大きいほど、小さな電圧で大きな電流を引き出せる優秀なデバイスであることを意味する。
論文情報
- 掲載誌:
- Angewandte Chemie International Edition
- タイトル:
- Precisely Controlled Electrochemical Phosphonylation: Tailoring π-Conjugated Polymer Properties for High-Performance Organic Electrochemical Transistors
- 著者:
- Kohei Taniguchi, Kosuke Sato, Shinsuke Inagi
- DOI:
- 10.1002/anie.1180643
研究者プロフィール
稲木 信介 Shinsuke Inagi
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 教授
研究分野:高分子化学、有機電気化学
佐藤 宏亮 Kosuke Sato
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 助教
研究分野:材料化学、電気化学