地域博物館のデジタル展示に人はなぜ惹かれるのか

2026年7月21日 公開

感情的なつながりと「本物らしさ」の体験から探る

ポイント

  • 地域博物館のデジタル展示への参加意欲には、来館者の感情的なつながりが、技術的な使いやすさよりも大きく影響することを発見
  • 技術受容モデルUTAUT2に体験的真正性を組み込んだ独自分析モデルによる来館者への調査結果を、構造方程式モデリングと人工ニューラルネットワークで分析
  • 地域の記憶や物語を活かした感情的な体験づくりを中心とした、地域文化のデジタル活用に新たな指針を提供

概要

東京科学大学(Science Tokyo)環境・社会理工学院 融合理工学系のガイ・ギョウテン(艾尭天)博士後期課程学生(研究当時)、野原佳代子教授、シュ・シンジョ(朱心茹)准教授らの研究チームは、龍子記念館(東京都大田区)のデジタル展示を事例に、来館者の感情的なつながりが参加意欲を支える重要な要因であることを明らかにしました。

博物館のデジタル化が進む中、特に地域博物館では、来館者が感じる体験的真正性[用語1]がデジタル参加意欲に与える影響は十分に解明されていませんでした。そこで研究チームは、技術受容に関する理論モデルUTAUT2[用語2]に、博物館体験における体験的真正性の要素を組み込んだ、独自の分析モデルを構築しました。このモデルに基づいて、龍子記念館のデジタル展示を体験した266名を調査した結果を、構造方程式モデリング(SEM)[用語3]および人工ニューラルネットワーク(ANN)[用語4]の手法を用いて分析しました。

その結果、体験的真正性の1つであり、展示品への感情的なつながりを示す感情的真正性[用語5]は、UTAUT2の要素である「享楽的動機(楽しさ)」や「社会的影響(他者と共有したい気持ち)」を媒介して、デジタル参加意欲に強い間接的影響を及ぼすことが分かりました。また感情的真正性は、今回構築したモデルで最も重要度が高い因子であり、デジタル参加意欲を下支えする土台として機能することが示されました。

本研究の成果は、地域博物館がデジタル化する際には、技術的な機能だけでなく、地域の記憶や物語を活かした感情的な体験づくりを重視すべきであることを示しています。限られた資源の中でデジタル化に取り組む地域博物館にとって、来館者の心に響く展示づくりの新たな指針となることが期待されます。

本成果は、6月18日(現地時間)付の「ACM Journal on Computing and Cultural Heritage 」誌に掲載されました。

背景

新型コロナウイルスの流行以降、世界各地の博物館でデジタル化が進んでいます。現在、博物館来館者のデジタル展示への参加意欲を説明する理論モデルとしては、消費者の技術受容を説明する理論モデルUTAUT2 が広く用いられています。しかし、博物館特有の要素である「本物らしさ」、すなわち「体験的真正性」がデジタル参加意欲にどのように影響するかは、これまで十分に解明されていませんでした。特に、地域住民との深いつながりを持つ地域博物館では、独自のデジタル展示のあり方が求められているにもかかわらず、来館者のデジタル展示への参加意欲のメカニズムに関する研究はほとんど行われていませんでした。

研究成果

本研究では、技術受容モデルUTAUT2の4要素(機能期待、努力期待、社会的影響、享楽的動機)と、博物館体験における3種類の「体験的真正性」(オリジナルの真正性、インタラクティブな真正性、感情的真正性)を統合した、合計7要素からなる独自の分析モデルを構築しました。この分析モデルに基づいた質問紙方式の調査を、龍子記念館のデジタル展示(図1)を体験した266名を対象に行い、その調査データを構造方程式モデリング(SEM)およびニューラルネットワーク(ANN)の2手法を用いて分析しました。

図1. 龍子記念館における持仏堂のデジタル展示(作成:ガイ・ギョウテン氏)

SEM分析の結果、UTAUT2の4つの要素全てに加え、体験的真正性の要素である「オリジナルの真正性」および「インタラクティブな真正性」が、デジタル参加意欲に対して直接的な影響を有することが確認されました(図2)。一方で「感情的真正性」は、直接的な影響こそ認められなかったものの、UTAUT2の要素である「享楽的動機」(楽しさ)や「社会的影響」(他者と共有したい気持ち)を媒介として、間接的に強い影響を及ぼしていることが明らかとなりました。

図2. SEM分析の結果
図中の数値はSEMによるパス係数であり、数値が大きいほど要素間の影響が強いことを示している。赤色の数値は統計的に有意な関係を、黒色の数値は統計的に有意ではない関係を示している。 ***p<.001、**p<.01、*p<.05

さらにANN分析では、「感情的真正性」が7つの要素の中で最も重要度の高い因子として特定され、デジタル参加意欲を下支えする土台として機能していることが示されました。本研究の成果は、地域博物館がデジタル化する際には、技術的機能だけではなく、地域の記憶や物語に根ざした感情的体験を作ることを重視すべきであることを示しました。

社会的インパクト

本研究は、地域博物館がデジタル展示を進める際には、技術の導入だけでなく、地域の記憶や物語を活かした感情的な体験づくりが重要であることを示しました。この知見は地域博物館にとどまらず、デジタル化を進めるあらゆる博物館において、感情的真正性を重視したデジタル展示デザインが来館者の参加意欲を高める上で重要であることを示唆しています。

付記

本研究は、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJFS2112)の支援を受けて実施されました。また、本研究は本学超スマート社会卓越教育院のマッチングワークショップをきっかけに、大田区立龍子記念館の協力を得て行われました。

用語説明

[用語1]
体験的真正性:Experiential Authenticity、来館者の主観的な視点から感じる博物館体験の「本物らしさ」のこと。「オリジナルの真正性」(展示品そのものの真正性)、「インタラクティブな真正性」(デジタル技術を通じた参加体験の真正性)、「感情的真正性」(文化遺産に対する個人的な感情的つながり)の3つの要素で構成される。
[用語2]
UTAUT2:消費者が新しい技術を採用する際の行動を説明する理論モデル。本研究では、「機能期待」(機能への期待)、「努力期待」(使いやすさ)、「社会的影響」、「享楽的動機」(楽しさ)の4つの要素を用いている。
[用語3]
構造方程式モデリング(SEM):質問紙調査などで得られた複雑なデータ(観測変数)から、直接測定できない要因(潜在変数)を推定し、それらの因果関係をパス図を用いて包括的に分析する統計手法。
[用語4]
人工ニューラルネットワーク(ANN):人脳の神経回路を模した機械学習手法。SEMでは捉えにくい非線形の複雑な関係性を発見することができる。
[用語5]
感情的真正性:Emotional Authenticity、体験的真正性の1つ。来館者が文化遺産に対して抱く個人的な感情的つながりを指す。

論文情報

掲載誌:
ACM Journal on Computing and Cultural Heritage
タイトル:
Understanding Digital Cultural Engagement in Regional Museums by Integrating UTAUT2 and Experiential Authenticity: A Hybrid SEM-ANN Approach
著者:
Yaotian Ai, Xinru Zhu, Kayoko Nohara

研究者プロフィール

ガイ・ギョウテン(艾 尭天) Yaotian Ai

東京科学大学 環境・社会理工学院 融合理工学系 博士後期課程学生(研究当時)
研究分野:文化遺産のデジタル化、Cultural Computing、Digital Humanities

シュ・シンジョ(朱 心茹) Xinru Zhu

東京科学大学 環境・社会理工学院 融合理工学系 准教授
研究分野:記号論、書体研究、図書館情報学

野原 佳代子 Kayoko Nohara

東京科学大学 環境・社会理工学院 融合理工学系 教授
研究分野:翻訳学、言語学、記号論、コミュニケーション論

関連リンク

お問い合わせ

(研究に関すること)
東京科学大学 環境・社会理工学院 融合理工学系
教授 野原 佳代子

(東京科学大学と龍子記念館との連携に関すること)
大田区文化振興協会 龍子記念館長/馬込アートギャラリー館長
東京科学大学 超スマート社会卓越コース 非常勤講師
曽田 暁

(龍子記念館に関すること)
大田区文化振興協会 龍子記念館 副館長/主任学芸員
木村 拓也

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東京科学大学 総務企画部 広報課