どんな研究?
光を物質に当てると、その一部は散乱されて戻ってきます。研究者は、この戻ってきた光を調べることで、物質の中で原子がどのように並び、どのように動いているのかを知ることができます。
ところが近年、不思議な現象が報告されるようになりました。一見すると右手型・左手型の区別がない(キラルでない)結晶なのに、入ってくる光と返ってくる光の円偏光の組み合わせを変えると、返ってくる光の強さが違っていたのです(模式図)。これまで、このような現象はキラルな分子や磁性をもつ物質などで起こると考えられてきたため、研究者たちは「なぜキラルでない結晶で起こるのだろう」と考えていました。
そこで東京科学大学(Science Tokyo)の佐藤琢哉(さとう・たくや)教授らの研究チームは、この謎を解くため、チタン酸ニッケル(NiTiO₃)という結晶に注目しました。この結晶はキラルではなく、中心対称性を保っています。しかし結晶の中では、原子そのものがねじれているわけではなく、原子の並びが、ある軸のまわりに同じ向きの回転的なゆがみ、いわば小さな「ひねり」を持っています。このように、結晶全体で回転の向きがそろった状態は「フェロアキシャル秩序(強軸性)」と呼ばれます。ここで大切なのは、この「ひねり」はキラリティ、つまり右手と左手のような左右の性質とは別物だ、という点です。研究チームは、この目には見えない小さな「回転の向き」が謎を解く鍵になるのではないかと考え、この仮説を確かめるために実験を行いました。
模式図:入射光と散乱光の円偏光の組み合わせによって、返ってくる光の強さが変わる様子(左図:左円偏光を当てると、右円偏光が強く返る。右図:右円偏光を当てると、左円偏光は弱くしか返らない。)
左右の図は、同じ結晶に円偏光の組み合わせを変えて光を当てたものです。結晶の内部では、原子配列の小さな回転が同じ向きにそろっており、これが光への反応の違いを生み出します。
●下向きのらせん:結晶に当てる光(左右どちらも同じ強さ)
●上向きのらせん:結晶から返ってくる光(太く大きい=強く返る、細く小さい=弱く返る)
●オレンジ:左円偏光
●青:右円偏光
●ピンクの太い矢印:結晶全体でそろった「回転の向き」
●結晶の中の小さな曲がった矢印:原子の並びのわずかな回転
(提供:佐藤琢哉教授)
ここが重要
研究チームが立てたこの仮説は、これまでの物理学の常識を見直す挑戦的なものでした。しかし、実際に円偏光を使ったラマン分光で調べたところ、円偏光の組み合わせによって、返ってくる光の強さがはっきり変わることが分かりました。特にその違いは、典型的なキラル分子で知られているラマン光学活性に比べて約1000倍に達しました。これは、これまで非常に見つけにくかった結晶の性質を、はっきりと捉えられることを意味します。
では、その違いは何が生み出しているのでしょうか。実験によって、不思議な光の反応が実際に起こることは確かめられました。しかし、それだけでは「なぜ違いが生まれるのか」は分かりません。そこで研究チームは、対称性の解析や第一原理計算などを行い、原子の並び方、電子の状態、光の反応の関係を詳しく調べました。その結果、結晶の中で原子配列の回転的なゆがみがそろう「フェロアキシャル秩序(強軸性)」によって、原子の振動パターンと電子状態の結びつきに回転の向きによる差が生まれ、この現象が現れることを突き止めました。これにより、「なぜキラルでない、中心対称な結晶でも光への反応が変わるのか」という疑問に、初めて明確な答えが示されました。
研究を進めるうえで難しかったのは、光の反応の違いが「本当に結晶の性質なのか、それとも測定装置による影響なのか」を見極めることでした。研究チームは、結晶の表面と裏面で測定したり、レーザーの色(波長)を変えたり、ドメインの分布と比べたりしながら、一つひとつ可能性を検証しました。その結果、この光の反応が結晶そのものに由来することを突き止めました。
今後の展望
今回の成果によって、結晶の中に隠れた原子配列の回転的なゆがみを、光を使って見つけ出す新しい手法が示されました。この手法を使えば、これまで調べることが難しかった結晶の性質を詳しく調べられるようになり、新しい物質の発見や、その仕組みの解明につながると期待されています。
さらに、こうした知見は、原子の振動や電子の動きを利用した新しい光計測法や材料研究に役立つ可能性があります。将来的には、光デバイスや電子材料の開発につながることも期待されます。基礎研究から次世代の技術へとつながる、新たな一歩となる成果です。
研究者のひとこと
キラルでない結晶に、これほど大きなラマン光学活性が現れることは、当初は私たちにとっても驚きでした。光を使って、結晶の中に隠れた「回転の向き」を読み出せることを示せた点が、この研究の面白さです。今回の成果が、フェロアキシャル秩序を持つ物質の探索や、新しい光計測手法の発展につながることを期待しています。
(佐藤琢哉:東京科学大学 理学院 物理学系 教授)
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