マングローブが人を救う 自然×工学で挑む持続可能な防災—髙木泰士

好奇心を解き放つ!科学の扉

2026年4月9日 公開

ハイブリッド防災のイメージと髙木教授(ハイブリッド防災のイメージはAdobe Fireflyを使用し画像を生成しています)

髙木泰士教授は、熱帯沿岸のマングローブ林を人々の命を守る天然の防波堤として活用する研究に取り組んでいる。マングローブ林はCO2を吸収・貯留し地球温暖化を食い止める役割と、海面上昇や高潮から物理的に陸地を守る防災機能を併せ持つが、現在、経済開発などにより急速に失われつつある。一方、気候変動による災害リスクが高まる中、従来の巨大なコンクリート堤防などのグレーインフラ[用語1]への依存は限界に達している。生態系や景観を損なう上に、全ての沿岸を人工構造物で恒久的に維持管理することは、先進国であっても財政的・技術的にもサステナブルとはいえないだろう。

これからの防災工学が目指すべき理想は、従来の工学的手法を超越した「ハイブリッド防災」の実現である。それは自然の力を最大限に活用するグリーンインフラ[用語1]、すなわちマングローブ林のような沿岸植生が持つ減災機能と、必要最小限の工学技術を融合させることで達成される。この融合アプローチの最終的な目標は、人の手を最小限に抑え、自然の回復力(レジリエンス)を内包した持続可能な防災システムを構築することだ。具体的には植生が持つ津波や高潮エネルギーを減衰させる効果を定量化し、その生態学的機能を最大限に引き出すための、低コストで簡易な工学技術を組み合わせる。例えば植林初期に波浪から苗を守るポータブル消波工(図1)(人力で移動可能な防波堤)のような中間技術を導入。植林が減災効果を発揮できるように成長した段階で、ポータブル消波工はその役目を終え撤去。最終的には自然が自然を守る自律的システムへと移行する。

(図1)ポータブル消波工

この理想像は、単に環境にやさしいだけではない。開発途上国をはじめとする財政基盤の弱い地域や、環境変化が激しい脆弱な沿岸域において、住民や地域コミュニティが主体となって実施・維持管理できる適正な技術を研究者が提供し、公助(政府・行政)の限界を、自助(個人)と共助[用語2](地域社会)で補完する枠組みをつくる。学際的な視点と社会実装への強い意志こそが、次世代の防災工学のフロンティアを切り開き、真に持続可能で強靭な沿岸社会を実現するだろう。

ピックアップ

  • 既設堤防
    • 既存のハードインフラを利用しソフト(自然)と融合した防災のあり方を試みる。経年劣化した海岸堤防の維持、延命につながる。
  • 人工海浜地盤
    • 植林に必要な最低限の埋立てをする。地域住民により簡易消波工などを設置し、植物の養生期間後、簡易消波工を少し沖に再設置。植林域を少しずつ拡大し、植物と既存堤防が一体化すれば、ハードメンテナンスは不要となる。
  • 都市型防潮林
    • 地域住民による植林を実施。若い苗が波で流されないように、数年はポータブル消波工などの簡易消波工で守る。植物が成長し周辺環境に順応すると、やがて既存堤防と一体化する。波を完全に防げなくても人命に影響を及ぼさない程度まで減衰できる。

“住民が自ら設置・管理できる技術によって、地域ぐるみの“共助”が実現します”

護岸や防波堤などの海岸構造物とマングローブが共存する宮古島

マングローブ防災の科学的検証。中間技術としての「ポータブル消波工」

マングローブ林が高潮や津波の威力を減衰させる機能を科学的に検証し、都市沿岸域で実用化するための設計基準を確立することが課題です。自然界のマングローブは外部からの撹乱がない環境では強く成長しますが、地盤沈下や激しい波浪にさらされる開発が進む海岸での植林の成功率は10%程度と極めて低い。防災目的で植林を行う以上、この成功率を90%以上に高めることは必須条件。強く育てるための工学的支援が必要です。

そこで私たちは、マングローブの生育メカニズムや波浪への耐性を、東京のキャンパス内での温室試験や、奄美大島や宮古島での現地調査、さらに大型造波水槽実験を通じて詳細に分析しました。具体的には、土の種類による根の発達、波の力に対する揺れの解析などを実施。人工的な環境下でマングローブの成長を定量的に把握し、自然の植生との違いを比較しました。現在、植林の成功率を飛躍的に高める「ポータブル消波工」の開発を、テトラポッドなどを手掛ける企業と連携して進めています。成長初期のマングローブ苗を、必要最小限のサイズと強度を持つ安価な構造物で一時的に保護するための中間技術です。従来の恒久的な防波堤は大きすぎて、マングローブの自発的な広がりを阻害してしまうという問題がありました。しかし、このポータブル消波工はマングローブが自立できるまでの1~2年間だけ役割を果たし、以降は撤去あるいは再設置するため植林の成長を妨げません。

私たちはまず、マングローブを守るために必要な構造物の最小寸法と材料(石積み、竹杭、塩ビ管など)の設計手法を提案します。そして、開発途上国の住民やコミュニティ自身が、安価かつ簡単な技術で設置・管理できる「共助」の技術として社会実装することを目指しています。これが実現すれば、自然の力を借りた防災対策が、行政主導ではない市民レベルでも展開可能となり、災害に強いコミュニティの形成に貢献できます。アジアの開発途上国で実装化した後、将来的には日本でも、離島や老朽化が進む沿岸構造物の延命に役立てたいという思いがあります。

若齢マングローブの抵抗試験

自然のマングローブに比べて強度が劣る人工的マングローブ。その性質を正確に把握するため、抵抗試験やシミュレーションを実施し、波浪作用下での振動現象の理論構築を行う。さらに、鉄やコンクリートなどの構造物とは異なり、波に対し柔軟に変形・応答するマングローブの特性を反映させた、新たな理論的計算手法を提案する。

実験写真:若齢マングローブの抵抗試験

都市型防潮林に見立てた実験装置

水を循環させて堤防を乗り越えさせ、緩衝帯によって水の勢いがどれだけ緩和されるかを検証。流速計や荷重計を用いて、堤防にかかる負荷を算出・評価する。

実験写真:都市型防潮林に見立てた実験装置

再生可能な潮位差発電を利用する可動防潮堤を世界で初めて構想

マングローブ研究とは別に、日本をはじめ先進国における高度な防災課題にも取り組んでいます。その1つが自己発電型可動式防潮堤の研究です。東日本大震災の教訓から、津波の港内への侵入を防ぐため、港の開口部を浮力で完全に閉鎖できる可動式ゲートを考案しました。津波の高さを3分の1程度まで抑える効果がある技術です。ただ、地震で停電するとゲートの引き下げ操作ができなくなることが課題でした。

この課題を解決するために、潮位差発電[用語3]に着目しました。ゲートを閉じた際に生じるわずかな隙間からの海水の流れをタービンで利用し、非常時の操作発電や、周辺地域への電力供給に充てるというアイデアです。計算によると、大型港湾ではゲート操作に必要な量の何十倍もの電力を発電できます。再生可能エネルギーの利用といった社会的な要請にも応えるものであり、事業化を後押しする狙いもあります。

自己発電型可動式防潮堤

地震直後に起動して津波を遮断。船や港湾施設だけでなく、地域住民の命と生活を守るために設置される。

イメージ写真:自己発電型可動式防潮堤

“防災研究を追求していくと、自ずと自分の専門分野からはみ出していきます”

アジアの複合的課題に挑む超学際アプローチ

私の研究活動の原点は、災害が多発し、特に沿岸部の犠牲者が世界的に見ても突出して多いアジア地域の複合的な課題にあります。アジアには日本のような防災先進国と、行政による十分な公助が期待できない開発途上国が混在しており、さらに海岸侵食、地盤沈下、海面上昇といった複数の要因が同時に進行し、災害に対する脆弱性が高まっています。対策のアプローチは現地の社会経済的な実情に合わせる必要があり、従来の日本の成功モデルがそのまま当てはまるとは限りません。

私は長年の土木工学や海岸工学のバックグラウンドと、国際協力機構(JICA)での経験や現地調査を通じて得た社会科学的な視点を融合し、地域に根差した災害リスク評価から、具体的な対策技術の開発、そして最終的な社会実装までを一連のサイクルとして進めています。この研究サイクルの中で、現場で得られた新しいデータや特異的な災害パターンを評価にフィードバックし、対策の妥当性を検証し続けることが重要です。1つの学問分野にとらわれず、理工学と社会科学の壁を超えて横断的に結合する「超学際」的な研究姿勢であり、東京科学大学の環境・社会理工学院融合理工学系が目指す方向性と合致しています。特に開発途上国向けには、安価で簡便、かつ環境変化にも適応できる技術の開発に力を入れており、その象徴的なテーマがマングローブを活用した防災です。私の研究室への留学志願者の多くが、「日本の高度な防災技術は理解しているが、自国で実行できる防災研究をしたい」という明確な目標を持っており、彼らの熱意もまた、研究テーマを現地化へ導く大きな原動力となっています。

用語説明

[用語1]
グレー/グリーンインフラ:人工構造物(グレー)と自然の機能(グリーン)を組み合わせ、相互に補完し合うことで防災・減災と環境保全を同時に実現する持続可能なインフラの整備が推進されている。
[用語2]
共助:地域住民や近隣の人々が連携し、互いに助け合うこと。災害に対し、行政の支援に頼らず、町内会などが協力して支援・対策を行う地域主導の防災活動などを指す。
[用語3]
潮位差発電:潮の満ち引きによる海面の水位差を利用した発電方式。堤防で仕切った湾内外の水の移動で水車を回し、海水の持つ位置エネルギーを電力に変換する再生可能エネルギー。

My future research

好奇心を原動力に専門の壁を越え、世界各地の実情に即した解を導く防災人材の育成

防災工学の未来を開くのは、縦割りの学問領域を越え、好奇心を原動力に、他分野と連携して横へ逸れる力です。現場のリアルな声に向き合い、柔軟に解を導く姿勢が何より重要になります。次の10年の使命は、失敗を恐れず未知の領域に踏み出し、世界各国の事情に即した防災を自ら考え実現できる人材を育てること。日本人学生とともに防災を学んだ留学生が母国で変革の種をまき、安全な社会を築くリーダーとなる。彼らの背中を押し、ともに未来をつくっていくことが私の役割です。

プロフィール

髙木泰士(Hiroshi Takagi)

環境・社会理工学院 融合理工学系 教授

人物写真:横山哲也教授

1999年、横浜国立大学大学院工学研究科修了。1999年より五洋建設株式会社勤務。2005~2011年大学や国際協力機構の研究員などを経て、2011年より東京工業大学(現・東京科学大学)准教授。2023年より現職。2019年よりThuyloi University (Vietnam) Distinguished Professor。博士(工学)、技術士(建設部門)。

取材日:2025年11月17日/大岡山キャンパスにて

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