ポイント
- 大気中に酸素がほとんど含まれていなかった太古代の地球上で巨大火山噴火が発生すると、大気中酸素濃度が一時的に上昇する可能性があることを理論的に示しました。
- 太古代の地球の物質循環システムの挙動をシミュレーションすることで、これまで不明であった太古代末期の「酸素のゆらぎ」を引き起こした要因を明らかにしました。
- 原始的な海洋生態系の活動の変化と地球環境進化との相互作用や、大気酸素濃度の恒久的な上昇のメカニズムについての理解が大きく進展することが期待されます。

概要
東京科学大学(Science Tokyo)理学院 地球惑星科学系の尾﨑和海准教授、東京大学 大学院理学系研究科の渡辺泰士客員共同研究員および田近英一教授、海洋研究開発機構の原田真理子副主任研究員、筑波大学 生命環境系の松本廣直助教らによる研究グループは、太古代[用語1]末期に発生した「酸素のゆらぎ[用語2]」を引き起こした要因を明らかにしました。
本研究では大気中酸素濃度が低かった太古代の大気および海水中の物質の輸送や化学反応を取り扱うことができる数理モデルを開発し、巨大火成岩岩石区[用語3]の形成に伴う巨大火山噴火による火山ガスの放出が引き起こす大気組成や海洋生物活動の変化を推定するシミュレーションを行い、巨大火山噴火と大気中酸素濃度の一時的な上昇の因果関係を世界で初めて理論的に示しました。
本研究は酸素が欠乏した太古代における巨大火山噴火発生後の大気酸素濃度の変動を推定した点で新規性があり、のちに発生した大気酸素濃度の急激な上昇イベント(大酸化イベント[用語4])を引き起こした長期的な地球環境と生命の進化についても新たな視点を提示するものです(図1)。
本研究成果は、3月10日付(現地時間)の「Communications Earth & Environment」に掲載されました。

上段から大気酸素濃度(0.21気圧を現在値として、それに対する相対値 PAL で表す)、巨大火成岩岩石区(LIP)の活動、河川堆積物中のジルコン(沈み込み帯における花崗岩質火成活動)の年代分布、大陸成長のさまざまなモデル。
発表内容
これまでの先行研究によって、太古代末期に「酸素のゆらぎ」が発生したことを示唆する地球化学的証拠が蓄積されてきました(図1)。とりわけ、最近ではこの酸素のゆらぎの発生前に巨大火山噴火が引き起こされていたことを示す証拠が得られていましたが、これらの現象の因果関係は不明でした。
研究チームはこれらの現象の間の前後関係に着想を得て、当時の大気および海洋におけるさまざまな元素(炭素、リン、硫黄、鉄、酸素、カルシウム)に関わる物理過程、化学過程、生物過程による、各元素の循環と相互作用を考慮した数理モデルを世界に先駆けて開発し、当時の環境で巨大火山噴火が発生した際の大気組成や生物活動の変化を調べました。
得られた結果を図2に示します。巨大火山噴火の発生に伴い多量の二酸化炭素が大気中に放出され、大気二酸化炭素濃度が急激に上昇したことが示されました。すると、大陸地殻の化学的風化[用語5]の速度が増大し、岩石中の成分が河川を通じて海洋へと多量に流出します。とりわけ、当時の海洋の基礎生産を担っていた光合成生物の活動を律速する必須元素(リンなど)の供給速度も上昇するため、酸素発生型光合成生物であるシアノバクテリア[用語6]の基礎生産がそれまでの倍以上に上昇し、大気酸素濃度が数百万年から一千万年にわたって上昇することが示されました。この期間の長さは地質学的証拠から推定される酸素のゆらぎの発生期間と整合的であることから、巨大火山噴火が酸素のゆらぎを引き起こした可能性が理論的に示されました。
さらに、太古代末期に大陸が急速に成長したこと(図1)が、巨大火山噴火後の大陸から海洋への栄養塩の供給速度の上昇に寄与し、酸素のゆらぎの発生しやすい環境を形作っていたことも示されました。この結果は、酸素のゆらぎが発生していた太古代末期の地球環境は、大陸が成長してある大きさに達したことによって、大酸化イベントが引き起こされるティッピング・ポイント[用語7]に漸近していたことを示唆するものです。
以上の研究成果は、大酸化イベントが引き起こされる直前の地球環境における大気組成の動的な変化が、当時の火山活動や、さらには長期的な大陸地殻の進化と因果関係があった可能性を示す結果であり、太古代の無酸素的な環境から、地球が富酸素的な環境に変わる過程における、地球環境と生命の共進化についての研究の発展に寄与することが期待されます。

上段から大気CO2分圧(300ppmを現在値として、それに対する相対値PALで表す)、海洋深層水中のリン酸塩濃度、海洋基礎生産速度、大気酸素濃度(0.21気圧を現在値として、それに対する相対値PALで表す)。
付記
本研究は、科研費「陸上掘削から読み解く酸化的地球環境の形成過程(課題番号:24H00267)」、科学技術振興機構「地球化学進化史から汎生命惑星進化論への展開(課題番号:JPMJFR2274)」」の支援により実施されました。
用語説明
- [用語1]
- 太古代(Archean):太古代とは地質時代区分の一つであり、国際年代層序表によると40.31億年前から25億年前を指す。太古代の大気中酸素濃度が現在よりも6桁以上低く、きわめて無酸素的な環境が持続していたと考えられている。
参考:International Commission on Stratigraphy - [用語2]
- 酸素のゆらぎ(A whiff of oxygen):太古代の約30億年前から25億年前には、大気酸素濃度が一時的に上昇した時期があったことが、大気中酸素濃度の上昇に鋭敏に応答する元素(例えばモリブデンやレニウム、セレンなど)の濃集などに基づき示唆されており、酸素のゆらぎと呼ばれる。酸素のゆらぎを示唆するこうした記録は、オーストラリアや南アメリカなどの複数の地域の地層に記録されており、活発に研究が行われている。
- [用語3]
- 巨大火成岩岩石区(Large Igneous Provinces, LIPs):マントルプリュームの上昇によって引き起こされ、多量のマグマが長期間噴出することで形成される火成岩地域。海洋地殻上で発生した場合には海台、大陸地殻上で発生した場合には洪水玄武岩と呼ばれる。巨大火成岩岩石区の形成が引き起こされると温室効果ガスである二酸化炭素が大気中に多量に放出され、地球環境および生物活動にきわめて甚大な影響を及ぼすことが知られている。最近の時代では、中生代白亜紀の中頃(約1億年前)や白亜紀/古第三紀境界付近(約6600万年前)などで生じたことが知られている。
- [用語4]
- 大酸化イベント(Great Oxidation Event, GOE):地球大気の大気酸素濃度は、地球史初期にはほとんどゼロだったが、地球史において約25~22億年前と約8~6億年前の2回急上昇して現在に至ったと考えられている。大気酸素濃度が約25~22億年前にはじめて恒久的に急上昇したイベントを大酸化イベントと呼ぶ。
- [用語5]
- 化学的風化(Chemical weathering):大気中の二酸化炭素が雨水や地下水へと溶け込み、大陸地殻上の岩石に含まれる鉱物と反応し、鉱物を溶解する作用。大陸地殻を構成する珪酸塩鉱物の化学的風化が引き起こされると、河川水を通じて海水に陽イオンと炭酸水素イオンが供給され、海洋において炭酸塩鉱物が沈澱するため、正味で二酸化炭素を大気から除去するプロセスとされる。この一連の過程が大気中の二酸化炭素濃度(すなわち地球の気候状態)を長期的に安定化させる働きを持つことが知られている。
- [用語6]
- シアノバクテリア(Cianobacteria):地球上で初めて酸素発生型光合成を行った生物(細菌)。いつ出現したのかは明らかではないものの、地球大気中の酸素濃度が急上昇した大酸化イベント(約25-22億年前)よりも以前(約25-30億年前)にはすでに出現していたと考えられている。ただそれにもかかわらず、当時の嫌気的(無酸素的)な地球環境においては、その活動が著しく制限されており、環境中の酸素は低いままだったと考えられている。
- [用語7]
- ティッピング・ポイント(Tipping point):微小な変化が発生した際にその変化が増幅され急激な変化が引き起こされる条件を指す。「転換点」の意。大酸化イベントの発生条件は、大気中酸素濃度についてのティッピング・ポイントに対応していた可能性が考えられる。
論文情報
- 掲載誌:
- Communications Earth & Environment (Springer Nature)
- タイトル:
- Mechanistic links between intense volcanism and the transient oxygenation of the Archean atmosphere
- 著者:
- Yasuto Watanabe*, Kazumi Ozaki, Mariko Harada, Hironao Matsumoto, Eiichi Tajika(*責任著者)
発表者・研究者等情報
-
東京科学大学 理学院 地球惑星科学系
尾﨑和海 准教授 -
東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
田近英一 教授
渡辺泰士 客員共同研究員 -
海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門
原田真理子 副主任研究員 -
筑波大学 生命環境系
松本廣直 助教
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