ポイント
- 非エルミート系で、例外点を伴う安定な超流動が現れる可能性を理論的に指摘
- 粒子のスピンによって散逸が異なるモデルを用いて、例外点出現のメカニズムを体系的に解明
- 冷却原子系で実験的検証が期待される新しい現象であり、未踏の非平衡量子物性の領域を切り開く成果
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 理学院 物理学系の竹森颯真大学院生、山本和樹助教、古賀昌久准教授らの研究チームは、粒子の損失や非対称な移動が避けられない「非エルミート系[用語1]」において、フェルミ粒子がつくる例外点[用語2]を伴う新しい超流動[用語3]を理論的に発見しました。
近年、粒子の損失や非対称な移動を伴う「開いた量子系」を積極的に扱う研究が広がっており、これらは非エルミートハミルトニアンで記述できることが知られています。特に、非エルミート系では、例外点と呼ばれる、特異な物理現象を引き起こす領域が出現することが知られています。しかし、この例外点が、相互作用の強い粒子の集団(強相関系)の中でどのように現れ、どのような役割を果たすのかは、理解が不十分であるのが現状です。本研究では、フェルミ粒子の持つスピンの種類によって移動する向きが異なる「スピン対破壊効果」と呼ばれる散逸に着目しました。この散逸を導入した超流動を理論的に調べた結果、散逸が例外点を誘起し、従来とは全く異なる性質を持つ超流動が形成されることを明らかにしました。これまで例外点は、超流動が壊れる境界でしか現れないとされてきましたが、この新しい相(量子相)[用語4]では、例外点が安定な超流動と共に現れます。さらに本研究では、その出現機構が非エルミート系特有のエネルギー構造と深く関係していることも解明しました。この新しい超流動は、冷却原子[用語5]実験など粒子の損失を細かく制御できる実験系での実現が期待されており、非平衡強相関系の量子物質科学の新しい領域を開拓しうるものです。
本研究成果は2025年12月23日付の米国物理学会誌「Physical Review Letters(フィジカルレビューレターズ)」にオンライン掲載されました。
背景
量子系はしばしば孤立したものとして扱われますが、現実的には全ての量子系が周囲の環境と結びつき、粒子の損失や散逸を無視することはできません。近年では、こうした量子系を取り巻く環境との相互作用や損失を積極的に取り入れた「非エルミート量子系」の理解に対する関心が高まっています。例えば、冷却原子などの実験系でも粒子の散逸を精密に制御することで、非エルミート系の量子相を実現する試みが進んでいます。こうした系では、エネルギー固有値や量子状態に関して通常の閉じた量子系とは異なる振る舞いを示し、特に、例外点と呼ばれる、非エルミート系特有の特異な物理を引き起こす領域に注目が集まっています。例えば光学分野では、例外点の存在により、レーザー強度の劇的な増大などの現象が生じることが知られています。しかしながら、粒子間の強い相互作用のある系、特にフェルミ粒子の超流動における例外点の役割やその影響についてはいまだ十分に理解されておらず、未解明の部分が多く残されています。また、これまでの理論では、例外点が超流動を壊すと考えられており、強相関効果(強相関系)[用語6]と例外点が共存する超流動が存在するかどうか分かっていませんでした。
研究成果
研究では、フェルミ粒子のスピン種類によって移動のしやすさが異なる散逸(スピン対破壊効果、図1)を理論に導入することで、例外点を伴った新しい超流動を誘起することを明らかにしました。さらに、その新しい超流動が出現するメカニズムを、非エルミート系特有のエネルギー構造の詳細な解析により解明しました。
具体的には、スピン対破壊効果を導入した引力ハバード模型[用語7]を解析しました。その結果、これまでは超流動が破壊される境界でのみ現れると考えられていた例外点が、安定な超流動を伴って量子相内部に出現することを初めて理論的に示しました(図2)。この成果は、例外点は超流動を壊すという従来の理解を覆すものです。さらに、エネルギーが複素の値をとる非エルミート系特有の性質を反映したエネルギー構造を用いて、超流動における例外点が出る条件を明確にし、その背後にあるメカニズムを解明しました。
また、二次元と三次元の格子構造に応じた安定性の変化についても解析しました。特に、三次元立方格子では強い散逸が働くと「例外点を伴う超流動」が壊れる一方で、二次元正方格子では広いパラメータ領域で超流動が安定になることを示し、格子構造による相図の本質的な差異を明らかにしました。この新しい超流動は、実験系で制御可能な新しい非平衡量子相としての基盤を提供し、非平衡量子物性の新しい領域を開拓する可能性を秘めた成果であると期待されます。
社会的インパクト
本研究で明らかにした例外点を伴う超流動は、非エルミート量子系における新しい量子相の探索を可能にする理論的基盤を提供するものです。また、未解明であった、超流動における例外点の本質的な役割を明らかにする突破口となりうる結果と言えます。さらに、この相は冷却原子などの実験系での検証が期待され、理論と実験の融合による新たな研究領域の開拓につながると考えられます。
今後の展開
本研究では、フェルミ粒子の超流動を対象としましたが、今後他の強相関現象における、例外点を伴う量子相の出現に関する研究が進展することが期待されます。個々の現象に依らない統一的な理論的枠組みの構築を目指して、今後の研究を展開する予定です。
付記
本研究は、JSPS科学研究費助成事業(JP22K03525、JP25H01521、JP25H01398、JP25K17327)、および公益財団法人村田学術振興・教育財団研究助成(自然科学系)、公益財団法人精密測定技術振興財団助成、公益財団法人ヒロセ財団研究助成、公益財団法人フジクラ財団研究助成、日本科学協会 笹川科学研究助成、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2180)の助成のもと実施されました。
用語説明
- [用語1]
- 非エルミート系:量子系を記述する行列はエルミート性と呼ばれる性質を持ち、それによって系のエネルギーが実であることが保証されている。一方、粒子の損失や非対称な移動がある系では、エルミート性が破れる場合があることが知られており、そうしたエルミート性を持たない行列で記述される系を非エルミート系と呼ぶ。
- [用語2]
- 例外点:量子系を記述する行列に対し、対角化と呼ばれる操作を行うことでのその系のエネルギーを求めることが出来る。一方で、非エルミート系では対角化が不可能な場合があり、そのような点を例外点と呼ぶ。
- [用語3]
- 超流動:極低温まで冷やした中性原子などがクーパー対と呼ばれる2原子ペアを作って量子凝縮状態を形成したもの。
- [用語4]
- 相(量子相):量子力学的性質によって決まる物質の状態。
- [用語5]
- 冷却原子:希薄な中性原子をレーザーでトラップし、極低温まで冷却した気体。実験ではリチウム6やカリウム40といった原子種が用いられる。本研究では、レーザーにより作られた格子(数百ナノメートル間隔)に、大量の原子が広がるシステムを扱う。
- [用語6]
- 強相関効果(強相関系):粒子が各々自由に振る舞うのではなく、互いに強く相互作用しあう系。
- [用語7]
- ハバード模型:強相関系の粒子をモデル化したものの1つ。超流動など、さまざまな強相関現象を記述することが出来る。
論文情報
- 掲載誌:
- Physical Review Letters
- タイトル:
- Spin-Depairing-Induced Exceptional Fermionic Superfluidity
- 著者:
- Soma Takemori, Kazuki Yamamoto, and Akihisa Koga
- DOI:
- 10.1103/ntjf-zb2v
研究者プロフィール
古賀 昌久 Akihisa Koga
東京科学大学 理学院 物理学系 准教授
研究分野:物性理論