どんな研究?
小さなカプセルのような分子の中に、特定の物質だけを入れて閉じ込める――そんな仕組みが実現すれば、薬の運び屋や高性能なフィルターなどに応用できます。化学の世界では、こうした「分子のカゴ」をつくる研究は、1980年頃から本格的に発展し、長い間研究が進められてきました。
中でも炭素でできたオリゴフェニレンケージ(上下の輪を3本の柱でつないだ、提灯のようなナノサイズの立体構造)は、熱や薬品に強く、とても丈夫です。こうした分子のカゴは、内側に物質を取り込んで運んだり、選び分けたりする入れ物として働くことが期待されています。
これまでの研究では、カゴの半分にあたる部品同士を組み合わせ、3箇所で繋ぎ合わせることで全体の形をつくっていました。しかしこの方法では、分子同士をつなぐ反応が、狙った場所でうまく結びつかず、不要な塊ばかりできてしまいました。そのため、カゴの内側に機能を持たせることも難しく、狙い通りのカゴをつくれる確率はおよそ10%程度にとどまっていました。
そこで東京科学大学(Science Tokyo)の小野公輔(おの・こうすけ)准教授らの研究チームは、オリゴフェニレンケージの内側に機能を持たせるための新しい合成方法を開発することに挑戦しました。
ここが重要
最大の工夫は、オリゴフェニレンケージの組み立て方です。もともと柱となる分子には、カゴの内側で働く手となる–OH(ヒドロキシ基)や–NH₂(アミノ基)などがついています。しかしこの部分はカゴをつくる反応の途中で邪魔になりやすく、これまでの方法では思い通りの形に組み上げることができませんでした。
従来は部品をそのまま混ぜて反応させていたため、分子同士が勝手に反応し、意図しない構造ができてしまっていましたが、研究チームは、ここでひとつの工夫を凝らしました。3本の柱になる分子同士の手の部分を使って、ひもで束ねるように一つにまとめる「仮止め」を行ったのです。この状態でカゴ全体を組み立てたことで、意図したカゴができる確率は従来の約10%から最大68%へと大きく向上しました 。
さらに、完成後にはこの仮止めの部分だけを取り外します。すると、「手」の部分は内側に向いたまま残り、カゴの内側で働く構造が現れます。こうしてできたカゴは、アミノ酸など特定の分子を内部に取り込み、しっかりと保持できることが確かめられました。
今後の展望
この技術は、分子を選んで扱う新しい道具になる可能性があります。たとえば、有害物質だけを捕まえるフィルターや、カゴの中で反応を進める人工酵素のような仕組みが考えられます。
また、今回の方法は内側の機能を自由に変えられるため、これまで難しかった複雑な分子設計にも道を開きます。丈夫な炭素骨格と組み合わせることで、過酷な環境でも働くナノサイズの化学システムへの応用も期待されます。
研究者のひとこと
かつて建築家たちは、大きすぎて誰も作れなかったドームを、「どうすれば材料が自然に支え合うか」を考え抜き、試行錯誤を重ねることで実現しました。私たちの研究もそれに似ています。これまでうまく組み上がらなかった分子を、正しい位置へ導く「テンプレート」を設計することで、高効率にケージ構造を構築することに成功しました。
研究とは、できない理由を並べるのではなく、「どうすればできるか」を考え、新しい仕組みを生み出す営みです。ひとつの発想によって、それまで不可能だったことが可能になる。その瞬間に立ち会えることこそが、研究の大きな魅力だと感じています。
(小野公輔:東京科学大学 理学院 化学系 准教授)
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