電流を使わず人工反強磁性体の電界制御技術を構築

2025年12月11日 公開

超省エネルギー型スピントロニクスデバイスへの応用に新たな扉

ポイント

電流を使わず人工反強磁性体の電界制御技術を構築

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院の沈晨宇(シェン・チェンユー)博士後期課程学生、合田義弘教授は、名古屋大学 大学院理学研究科の久田優一博士後期課程学生、小森祥央助教、井村敬一郎講師、谷山智康教授、南洋理工大学のCalvin Ching Ian Ang研究員、Wen Siang Lew教授の研究グループと共同で、コバルト (Co)とルテニウム (Ru)から成る [Co/Ru/Co] エピタキシャル多層膜人工反強磁性体Pb(Mg1/3Nb2/3)O3-PbTiO3 (PMN-PT)圧電単結晶との積層構造において電界によるCo層間の磁気結合(交換結合)の変調制御に成功しました。

隣り合った磁気モーメントが互いに逆向きに配向した反強磁性体は、外部からの浮遊磁場に対する頑健性やテラヘルツ(THz)帯域における超高速磁化ダイナミクスなど優れた磁気特性を示すことから、新たなスピントロニクスデバイスへの応用が期待されています。一方、[強磁性体/非磁性体/強磁性体]多層膜構造では、非磁性層の厚さを調整することで2つの強磁性層の磁化を逆向きに結合させることができることから、反強磁性体と類似した磁気特性を人工的に作り出すことが可能です。このように強磁性層の磁化が逆向きに結合した磁性多層膜構造は人工反強磁性体と呼ばれ、一般的な反強磁性体と比較して層間に働く交換結合の強さが小さく外部制御が容易であると考えられ、スピントロニクスデバイスにおいて磁化配向を制御して新機能を実現するための新たな材料として期待されています。

本研究では、人工反強磁性体である[Co/Ru/Co]多層膜の高品質成長を実現し、圧電単結晶PMN-PTと積層化することで、ジュール発熱の原因となる電流を用いることなく、電界のみで、2つのCo層間の交換結合の変調制御を実証しました。また、交換結合の電界変調効果が交換結合の強さと共に顕著となることを見出しました。さらに、実験結果とマイクロマグネティクスシミュレーション[用語7]第一原理計算[用語8]などの計算結果と併せて精査することで、交換結合の電界変調効果が、PMN-PTに生じる圧電歪みとそれに伴うRu層の電子状態の変調効果に起因することを突き止めました。

本成果は、人工反強磁性体を構成する磁性層の磁化配向を極低消費電力で切り替え制御するための技術基盤を提供するものであり、新たな省エネルギー反強磁性スピントロニクスデバイスの開発への道を切り開くものとして期待されます。

本研究成果は、2025年11月28日付国際学術雑誌『Advanced Science』に掲載されました。

背景

隣り合う磁気モーメント(スピン)が互いに反対方向に強く交換結合している反強磁性体は、スピンの動的な特性がテラヘルツ帯域で応答するなど多くの優れた性質を有します。この反強磁性体を利用した反強磁性スピントロニクデバイスの実用化のためには、反強磁性体のスピンを高効率で制御することが重要となってきます。しかし、その強い交換結合ゆえに外部からスピンを制御するには大きな電流が必要となり、ジュール発熱によるエネルギー損失が避けられません。これは、反強磁性スピントロニクデバイス実現への大きな障壁となっています。一方、我々は、人工的な反強磁性状態の実現が可能な、 [強磁性体/非磁性体/強磁性体]磁性多層構造に着目しました。これらの構造では、非磁性体を媒介した層間の磁気結合により、上下2つの強磁性体の磁気モーメントが逆向きに結合し、反強磁性体と似た磁気特性を示します。また、非磁性体の膜厚を変化させることで、層間の反強磁性磁気結合の強さを調整することができます。この“人工反強磁性体”は、一般的な反強磁性体と比較して弱い磁気交換結合を有することから、低消費電力での反強磁性秩序の制御が期待できる構造となります。

本研究では、強磁性体であるコバルト (Co)と、非磁性体であるルテニウム (Ru)を用いた人工反強磁性体を、単結晶圧電体であるPb(Mg1/3Nb2/3)O3-PbTiO3 (PMN-PT)上にエピタキシャル (高品質)成長させた界面マルチフェロイク構造[用語9]に着目しました。界面マルチフェロイク構造とは、圧電体上に強磁性体を積層させた構造であり、電界を印加することで生じる圧電歪みを強磁性体へと伝播することで、磁気異方性 (磁気モーメントが特定の方位に向く現象)などの磁気特性が変調されることが知られています。本研究では、この圧電歪みを利用し、人工反強磁性体におけるCo層間の反強磁性的な磁気結合の制御を実証しました (図1)。

図1.人工反強磁性体/圧電体における圧電歪みによる反強磁性層間磁気結合の変調の概念図。黒矢印はCo内の磁気モーメントを表す。

図2(a)は、試料に印加した電界に対するCo層間の反強磁性磁気結合の強さを示しています。特定の電界を試料に印加した際に、結合の強度にとびが生じ大きく変化していることが分かります。詳細な解析の結果、この電界では、圧電体PMN-PTに大きな圧電歪みが生じていることが明らかになりました。すなわち、圧電歪みによる反強磁性層間結合の変調を捉えた結果と言えます。さらに、異なるRu膜厚を持つ試料 (すなわち反強磁性結合の強さが異なる試料)を作製し、圧電歪みによる層間磁気結合の変化量を系統的に調査しました。その結果、反強磁性結合が強い試料の方が、より効率的に結合強度を制御できることを初めて明らかにしました [図2(b)]。さらに、マイクロマグネティクスシミュレーションや第一原理計算といった計算結果から、圧電歪みによるRu層の電子状態の変化が、層間磁気結合の変調をもたらしていることを突き止めました。

これらの成果は、人工反強磁性体を活用した新たな電界制御型反強磁性スピントロニクデバイスの設計指針を与える重要な成果と言えます。

図2.(a) 印加電界に対する反強磁性層間磁気結合の強さ。赤線と青線は電界の極性を負から正(正から負)に印加した際の結果。(b)異なるRuスペーサー膜厚を有する人工反強磁性体における、圧電歪みによる層間磁気結合の変化量。Ru膜厚が薄い(反強磁性結合が強い)方が、層間磁気結合の変化量が大きい。

研究成果

反強磁性材料では、その磁気状態を低消費電力で制御することが困難でしたが、人工反強磁性体と圧電体とを組み合わせることで、ジュール発熱の原因である電流を用いることなく、電界のみで、層間反強磁性結合の制御を実証しました。また、層間磁気結合の電界変調効率を、非磁性体の膜厚を変えることで制御できることも初めて明らかにしました。今回見出した制御技術を駆使することで、反強磁性スピントロニクデバイスのより一層の低消費電力化が期待できます。

付記

本研究は、科学技術振興機構CREST (JPMJCR18J1)、科学研究費助成事業(科研費) (JP24H00380、 JP24K21732、 JP23KK0086、 JP24KJ1306、JP24K01144)、日本学術振興会国際共同研究事業 (JPJSJRP20241705)、科学技術振興機構FOREST (JPMJFR212V)、文部科学省DXMag(JPMXP1122715503)、池谷科学技術振興財団(0361214-A)の支援のもと行われました。

用語説明

[用語1]
ジュール発熱:電気抵抗のある導体に電流を印加した際に生じる熱のこと。
[用語2]
エピタキシャル:単結晶基板上で、結晶方位を揃えて薄膜が成長すること。
[用語3]
人工反強磁性体:[強磁性体/非磁性体/強磁性体]積層構造のうち、2つの強磁性体の磁気モーメントが反平行に結合した構造。
[用語4]
圧電単結晶:圧電体に圧力を加えると、その圧力に応じて表面にプラスとマイナスの電荷が生じる。これを圧電効果と呼ぶ。一方、圧電体に電界を印加すると、形状が変形する現象が生じる。これを逆圧電効果という。本研究では、この逆圧電効果を利用し、圧電体上に成長させた人工反強磁性体へと歪みを伝播させ、反強磁性層間磁気結合を変調させた。
[用語5]
層間磁気結合:人工反強磁性体において、2つの強磁性体の間に生じる磁気結合のこと。この層間磁気結合の強さは、非磁性体の膜厚を変えることで制御できる。
[用語6]
(反強磁性)スピントロニクデバイス:電子の電荷と角運動量(スピン)の2つの自由度を利用し、新規物理現象を創製する学術分野をスピントロニクスという。また、これらを利活用した電子デバイスをスピントロニクデバイスという。最近では、スピンが反平行に結合した反強磁性体をスピントロニクデバイスへと応用する反強磁性スピントロニクスが盛んに研究されている。
[用語7]
マイクロマグネティクスシミュレーション:サブマイクロメートルスケールの磁性体内部の磁気挙動を数値的に解析する手法。
[用語8]
第一原理計算:ある物理量を、実験値や経験則に頼らず、量子力学の基本原理に基づいて計算する手法。
[用語9]
界面マルチフェロイク構造:一般には、強磁性体と圧電体との積層構造を指す。圧電体の圧電歪みによって、強磁性体の磁気特性を変化させることができる。本研究では、強磁性体の代わりに人工反強磁性体を積層させた新たな界面マルチフェロイク構造に着目した。

論文情報

掲載誌:
Advanced Science
タイトル:
Electric Field Modulation of Interlayer Coupling via Piezostrain in a Synthetic Antiferromagnet
著者:
Yuichi Hisada*(名古屋大学), Sachio Komori(名古屋大学), Keiichiro Imura(名古屋大学), Chenyu Shen(東京科学大学), Yoshihiro Gohda(東京科学大学), Calvin Ching Ian Ang, Wen Siang Lew, and Tomoyasu Taniyama*(名古屋大学)

関連リンク

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