ポイント
- 金属―有機構造体(MOF)において、約30フェムト秒で光誘起状態が形成される過程を観測。
- 6フェムト秒の時間分解分光と理論解析により、結合秩序波を伴う過渡的な電子状態を経由する光誘起状態の形成過程を提案。
- 光によって極性状態が生じる可能性を示し、新しい光応答材料・電子材料の設計への展開に期待。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)理学院 化学系のサミラン・バヌ(Samiran Banu)大学院生(研究当時、現理化学研究所特別研究員)と石川忠彦助教らの研究チームは、東北大学金属材料研究所の宮坂等教授、大学院理学研究科の岩井伸一郎教授、名古屋工業大学物理工学類の高橋聡教授らの研究チームと共同で、金属―有機構造体(MOF)[用語1]において、光誘起状態が約30フェムト秒[用語2]で形成される過程を明らかにしました。
光を物質に当てると、加熱や冷却だけでは到達しにくい特殊な状態が一時的に現れることがあります。このような光誘起状態を制御して作り出すことは、物質の性質を高速で切り替えるための手段として期待されますが、その形成過程を詳しく観測するには数フェムト秒スケールの時間分解能が必要になります。
研究チームは、6フェムト秒の超短パルス光を用いた時間分解反射分光[用語3]により、光照射直後の電子状態変化を追跡しました。その結果、反射スペクトルが約30フェムト秒で急速に変化し、新たな吸収成分が形成されることが確認されました。さらに理論モデル解析により、光照射直後にサイト間の電子的結合の強さが空間的に規則的に変化する結合秩序波[用語4]を伴う過渡的な状態が生じ、その後、格子変調を伴って光誘起状態が形成される可能性を示しました。この光誘起状態は、反転対称性[用語5]の破れを伴う極性状態である可能性も示唆されます。
本成果は、光によって非平衡な物質状態を超高速で制御する方向性を示すものであり、新しい光応答材料の設計につながると期待されます。
本成果は、7月22日付の「Physical Review Letters」誌に掲載されました。
背景
光を物質に照射すると、加熱や冷却だけでは到達できない特別な状態が一時的に生じることがあります。このような新しい物質状態(光誘起状態)を制御・活用することは、物質の性質を高速で切り替える手段として期待できます。また、光照射により生じた電子励起状態が、物質に内在する電子、原子、分子間のさまざまな相互作用を介して、スピンや結晶構造を巻き込んだ秩序状態を形成することも考えられます。その物質状態の変化をストロボ撮影のように観測できれば、新しい状態が現れる仕組みや制御方法に関する知見を得られます。しかし、形成過程を切り分けて観測するためには、数フェムト秒スケールという非常に高い時間分解能が必要です。
本研究では、金属イオンと有機分子からなる金属―有機構造体(MOF)に着目しました。MOFには、構成要素を選択することで固体としての性質を設計しやすいという特徴があります。特にドナー―アクセプター型MOF[用語6]は、ドナーとアクセプター間の電荷移動[用語7]や電子秩序[用語8]を組み込めることから、光で制御される新しい物性や機能性を探る材料基盤として期待されています。
研究成果
本研究では、ドナー―アクセプター型MOFである(NPr4)2[Fe2(Cl2An)3]に対し、6フェムト秒の超短パルス光を用いた時間分解反射分光を行い、光励起直後に起こる電子状態変化の観測を試みました。この試料では、温度変化により、ドナー―アクセプター間の電荷移動を伴う相転移が観測されています[参考文献1]。また、90フェムト秒パルスを用いた以前の研究で、温度変化による相転移では観測されない光誘起状態が生成することが分かっており[参考文献2]、今回の研究ではこの光誘起状態の形成過程を観測対象としました。
今回の6フェムト秒パルスを用いた時間分解反射分光測定の結果、光照射直後に大きな反射スペクトル形状変化が観測されました。また注目すべき点としては、その後のスペクトル形状は急速に変化し、温度変化相転移では観測されない新たな吸収成分の形成を示す特徴が現れることが分かりました(図2a)。こうした変化が半分まで進む時間を評価したところ、約30フェムト秒で進行することが明らかになりました(図2b)。この特徴は、以前の研究で示された光誘起状態が、光励起後のごく短い緩和過程を経て形成されていたことを示唆しています。
さらに、観測された超高速な状態変化の物理的背景を理解するため、電子状態の理論モデルを解析し、観測された状態変化過程を模式化しました(図3)。
採用した理論モデルでは、光照射前の低温相は、電子がCl2Anサイトに局在した電荷整列(CO)状態になります。約0.8 eVの光励起をした直後に生じる状態については、単純な電荷移動状態ではなく、Cl2AnサイトとFeサイトの間で電子的結合が周期的に変化していました。これは、サイト間結合の強さが交互に変化する結合秩序波(BOW)と電荷不均化(CD)を伴う状態と解釈されます。その後、格子変調に対応する自由度に沿って状態が安定化し、通常の温度変化では現れない光誘起状態(PH状態)が形成されると考えられます。
このように、時間分解分光で捉えた電子状態変化と理論モデルを組み合わせることで、この光誘起状態が、電子秩序の変化を起点とする格子変調を伴って安定化し、反転対称性の破れを伴う極性状態となる可能性が示されました。
社会的インパクト
本成果は、光を用いて物質の状態を超高速で制御するための基礎的な知見を与えるものです。特に、光励起後の光誘起状態が形成される過程を数十フェムト秒の時間スケールで追跡し、電子秩序や極性状態の形成と結びつけて理解した点に特徴があります。
MOFは、金属イオンや有機分子イオンの組み合わせを変えることで、多様な電子状態や機能を設計できます。今回得られた知見は、極性や強誘電的な性質を、光によって高速で切り替える新しい光応答材料・電子材料の探索につながると期待されます。将来的には、光スイッチング素子や超高速光メモリなどの材料設計にも展開できる可能性があります。
今後の展開
今後は、光照射後に生じる構造変化をより直接的に検証することを目指します。例えば、時間分解X線回折や電子線回折を用いることで、今回理論的に示された格子変調に対応する変化を実験的に検証できると考えられます。
また、本研究で示唆された極性状態を確認するには、ドメイン形成の影響も考慮した高感度な第二高調波発生測定やテラヘルツ放射測定など、反転対称性の破れに敏感な手法が有効です。さらに、構造設計性に優れたMOFの特徴を活かし、同様の光誘起状態を示す物質を探索することで、非平衡状態を設計する材料科学という新たな領域の開拓が期待されます。
付記
本研究はJSPS科学研究費助成事業(JP18H05208、JP21K03427、JP23K03281、JP23K25797、JP26K00632)、JST SPRING(JPMJSP2106)、JST CREST (JPMJCR1901)、および MEXT Q-Leap(JPMXS0118067426)の助成の下で実施されました。
参考文献
- [参考文献1]
- J. Chen, et al., Chem. Sci. 11, 3610 (2020).
- [参考文献2]
- S. Banu, et al., Adv. Opt. Mater. 12, 2301554 (2024).
用語説明
- [用語1]
- 金属―有機構造体(MOF):金属イオンと有機分子が規則的につながってできた結晶性材料。
- [用語2]
- フェムト秒:1000兆分の1秒。1フェムト秒は10-15秒に相当。30フェムト秒は、光でさえ約9マイクロメートルしか進まないほど短い時間である。
- [用語3]
- 時間分解反射分光:物質を光励起した後、試料からの反射光が時間とともにどのように変化するかを測定する手法。
- [用語4]
- 結合秩序波:隣り合う原子や分子の間で、電子的結合の強さが規則的に変化した状態。電子の量子力学的な性質に由来する電子秩序の一種。
- [用語5]
- 反転対称性:ある点を中心として、物質の構造を反対側に移しても元と同じように見える性質。反転対称性が破れると、物質が極性を持つ可能性が生じる。極性を持つ物質では、電荷の偏りや電気的な向きが生じるため、強誘電性などの機能につながる可能性がある。
- [用語6]
- ドナー―アクセプター型MOF:電子を与えやすいイオン(ドナー)と、電子を受け取りやすいイオン(アクセプター)で構成される金属―有機構造体。両者間で電荷移動が起こることで、多様な電子状態が出現する。
- [用語7]
- 電荷移動:物質中のある原子・分子・イオンから別の原子・分子・イオンへ電子が移ること。本研究では、金属イオンと有機分子の間の電荷移動を指す。
- [用語8]
- 電子秩序:物質中の電子が、空間的に規則性を持って分布した状態。電荷整列や結合秩序波はその代表例。
- [用語9]
- 過渡反射率変化スペクトル:時間分解反射分光測定で直接得られるスペクトル。光励起によって生じた反射率の相対変化率のエネルギー依存性を表す。
論文情報
- 掲載誌:
- Physical Review Letters
- タイトル:
- Ultrafast formation of a photoinduced hidden state driven by a bond-order wave in a metal–organic framework
- 著者:
- Samiran Banu, Tatsuya Amano, Takahisa Kato, Kou Takubo, Yoichi Okimoto, Shinya Koshihara, Yohei Kawakami, Hirotake Itoh, Wataru Kosaka, Hitoshi Miyasaka, Shinichiro Iwai, Akira Takahashi, and Tadahiko Ishikawa
- DOI:
- 10.1103/x43y-61c1
研究者プロフィール
Samiran Banu(サミラン バヌ)
東京科学大学 理学院 化学系 博士後期課程3年(研究当時)
理化学研究所特別研究員(現在)
研究分野:固体物性、光物性、光誘起ダイナミクス
石川 忠彦 Tadahiko Ishikawa
東京科学大学 理学院 化学系 助教
研究分野:固体物性、光物性、光誘起ダイナミクス
宮坂 等 Hitoshi Miyasaka
東北大学 金属材料研究所 教授
研究分野:錯体化学、固体物性、分子磁性
岩井 伸一郎 Shinichiro Iwai
東北大学 大学院理学研究科 教授
研究分野:物性物理、光物性、超高速分光
高橋 聡 Akira Takahashi
名古屋工業大学 物理工学類 教授
研究分野:物性理論、光物性