ポイント
- 海水魚トラフグの腎臓と腸でカリウムチャネルKcnj15が細胞内のカリウムを汲み出して体液の浸透圧の調整に寄与することを発見
- その機能は管腔側細胞膜でNa+-K+-2Cl-共輸送体2(Nkcc2)と共局在することで発揮されることを解明
- 海水魚や淡水魚の浸透圧調節機構の解明に貢献
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 生命理工学院 生命理工学系の坂本洋平大学院生、加藤明准教授らの研究チームは、東京大学 大学院新領域創成科学研究科の鈴木譲教授と共同で、魚類の腎臓や腸に発現するカリウムチャネル(K+チャネル)[用語1] Kcnj15が塩分吸収・再吸収や浸透圧調節に関わる新たな分子機構を明らかにしました。
魚類の腎臓や腸では、管腔側の細胞膜に局在するNa+-K+-2Cl-共輸送体2(Nkcc2)[用語2] がNaClの吸収・再吸収に重要な役割を担うことが知られています。一方、Nkcc2の機能を維持するために必要と考えられてきたK+の供給を担うK+リサイクリングチャネル[用語3]の実体は明らかになっていませんでした。今回、トラフグを用いた発現解析および免疫組織化学解析により、Kcnj15が腎臓と腸の上皮細胞[用語4]においてNkcc2と同じ管腔側に局在することを発見し、K+リサイクリングチャネルとして機能している可能性を見いだしました。また、Kcnj15は環境の塩分濃度に応じて発現量や細胞内局在を変化させることも明らかにしました。
本研究は、海水魚や淡水魚が環境中の塩分変化に適応し、体液の浸透圧を維持する仕組みの理解に貢献します。さらに、魚類から哺乳類に至る電解質輸送機構の進化や、ヒトの塩分代謝・血圧調節におけるKcnj15の新たな役割の解明にも貢献します。
本研究の成果は、2026年9月15日(現地時間)に米国生理学会が発行する「American Journal of Physiology-Regulatory, Integrative and Comparative Physiology」に掲載されました。
背景
海水魚は体液の約3倍の浸透圧を持つ海水で生息するため、常に環境に水を奪われ体内に塩分が侵入してしまいます。そこで海水魚は、海水を積極的に飲んで腸からNaClと水を吸収するとともに、余分な塩分を体外へ排出することで体液の浸透圧を一定に保っています[参考文献1]。この体液の浸透圧を保つ機能は、エラの塩類細胞[用語5]や腸、腎臓が担っています(図1A)。エラの塩類細胞からはNa+、K+、Cl-などの一価イオンが排出されます。腸では、まず海水中のNaClを吸収して腸内の浸透圧を低下させ、その浸透圧差によって水が腸から体内へ取り込まれます。一方、腎臓では尿細管がMg2+、SO42-、ホウ酸などを尿中へ分泌し、同時にNaClと水を再吸収します。その結果、二価イオンやホウ酸を濃縮した少量の尿が作られ、これらの物質が体外へ排出されます。
海水魚の腎臓や腸におけるNaClの吸収・再吸収には、Na+-K+-2Cl-共輸送体2(Nkcc2)が重要な役割を担います[参考文献2]。Nkcc2は、Na+、K+、Cl-をそれぞれ1:1:2の比率で細胞内へ取り込みます。しかし、腸や尿細管の管腔液には、Na+やCl-と比べてK+がわずかしか含まれていません。そのため、Nkcc2がNaClを効率よく吸収・再吸収し続けるには、細胞内に取り込まれたK+を再び管腔側へ戻す仕組みが必要です(図1B、C)。魚類において、このK+リサイクルを担うチャネルの実体は長らく不明でした。そこで本研究では、K+リサイクルに関わる候補分子の同定を試みました。
研究成果
RNA-Seq解析により、トラフグの腎集合管でK+チャネルKcnj15が高発現していることを見いだしました。さらに、RT-PCRによる組織別発現解析から、Nkcc2が高発現する腸、腎臓、膀胱でKcnj15も高発現することが明らかになりました(図2A)。一方、ヒト腎臓でNkcc2と共局在してK+リサイクリングチャネルとして機能することが知られるK+チャネルKcnj1(renal outer medullary potassium channel, Romk)[用語6][参考文献3]は、トラフグの腸、腎臓、膀胱ではほとんど発現していませんでした。これらの結果から、魚類ではKcnj15がNkcc2の働きを支えるK+リサイクリングチャネルとして機能している可能性が示されました。
続いて、トラフグKcnj15に対する特異抗体を作製し、海水飼育したトラフグの腸や腎臓の組織切片を免疫染色しました。共焦点顕微鏡で観察したところ、腎集合管や腸上皮細胞の管腔側の細胞膜に、Nkcc2とKcnj15が共局在していることが分かりました(図2B)。一方、これらの細胞の側底膜側にはNa+/K+-ATPase(Nka)が局在しており、Kcnj15も側底膜側に存在することが確認されました(図3A)。これらの結果から、Kcnj15は管腔側ではNkcc2の機能に必要なK+リサイクルに、側底膜側ではNkaの機能維持や膜電位の形成に関わるK+リークチャネル[用語7]として働く可能性が示されました(図1C、図3B)。
低浸透圧環境におけるKcnj15の役割を調べるため、トラフグを通常の海水の35分の1に希釈した低塩分水(1 ppt)で飼育し、Kcnj15や関連輸送体の発現量と局在の変化を解析しました。その結果、腸ではKcnj15の発現量や局在に大きな変化は認められませんでした。一方、腎臓では、Nkcc2とKcnj15の発現量が増加しました。また、海水で飼育したトラフグの腎臓ではほとんど発現していなかったNa+-Cl-共輸送体(Ncc)[用語8]が、低塩分水で飼育した個体では高発現していました。さらに、低塩分水で飼育したトラフグの集合管では、Nccが管腔側の細胞膜に、NkaとKcnj15が側底膜側に局在することを確認しました(図3C、D)。これらの結果は、海水環境ではNkcc2、低塩分環境ではNccが、集合管におけるNaClの再吸収に主に関わること、また、この切り替えに伴って管腔側に局在していたKcnj15が集合管細胞の管腔側から失われることを示しています(図3)。
社会的インパクト
哺乳類の腎臓では、尿細管の一部である太い上行脚の管腔側細胞膜にNkcc2が局在し、Kcnj1(Romk)などのK+チャネルと連携して塩分の再吸収を担っています。Nkcc2を阻害する薬剤は、利尿薬や降圧薬として利用されています。本研究により、Nkcc2の機能を支えるK+リサイクリングチャネルは、海水魚であるトラフグでは哺乳類で知られるKcnj1ではなく、Kcnj15である可能性が示されました。本成果は、魚類の浸透圧調節機構における未解明の仕組みの解明に貢献するとともに、種や生息環境の違いによって生じるNaClの吸収・再吸収機構の共通性と多様性、さらにその進化を理解するための新たな手がかりとなります。
今後の展開
本研究により、トラフグの腎集合管においてKcnj15がNkcc2と共局在し、環境の塩分変化に応じて発現量や細胞内局在が変化することが明らかになりました。今後は、こうしたKcnj15の発現や局在を制御する分子機構の解明に加え、エラの塩類細胞におけるKcnj15の局在とイオン排出・吸収機構との関係の解明が進むことが期待されます。さらに、魚類で得られた知見を手がかりとして、ヒトKcnj15が上皮輸送において担う新たな生理機能を探索する研究への展開も期待されます。これらの研究の進展により、Kcnj15を介した電解質輸送の多様性と進化的意義、さらには生体内の塩分・水分バランスを維持する仕組みへの理解が深まると考えられます。
付記
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究B(26292113、17H03870、21H02281)、先進ゲノム支援(PAGS:Platforms for Advanced Genome Science)(16H06279)および小柳財団の支援を受けて実施されました。本研究で使用した共焦点レーザー顕微鏡は、文部科学省 先端研究基盤共用促進事業(コアファシリティ構築支援プログラム)(JPMXS0440200025)の支援を受けて整備されたものです。
参考文献
- [参考文献1]
- Marshall WS, Grosell M. Ion transport, osmoregulation, and acid-base balance. In: The Physiology of Fishes, edited by Evans DH, Claiborne JB. New York: CRC, 2006, p. 177–230.
- [参考文献2]
- Gamba G. From fish physiology to human disease: the discovery of the NCC, NKCC2, and the cation-coupled chloride cotransporters. Kidney360 5:133–141, 2024. doi: 10.34067/KID.0000000000000307
- [参考文献3]
- Welling PA, Ho K. A comprehensive guide to the ROMK potassium channel: form and function in health and disease. Am J Physiol Renal Physiol 297: F849–F863, 2009. doi: 10.1152/ajprenal.00181.2009
用語説明
- [用語1]
- カリウムチャネル(K+チャネル):細胞膜に存在し、K+を選択的に通過させる膜タンパク質。細胞の膜電位や細胞内K+濃度を維持するとともに、腎臓や腸などの上皮細胞における物質輸送を支える役割を担う。
- [用語2]
- Na+-K+-2Cl-共輸送体2(Nkcc2):管腔側細胞膜を介してNa+、K+、Cl-を1:1:2の比率で細胞内へ輸送する膜輸送体。哺乳類では腎臓のNaCl再吸収に関与し、海産真骨魚類では腎臓や腸でNaClの再吸収・吸収を担う。
- [用語3]
- K+リサイクリングチャネル:Na+-K+-2Cl-共輸送体2(Nkcc2)の機能維持に必要なK+を細胞内から管腔側へ供給するK+チャネル。Nkcc2は管腔液中のK+を基質として必要とするため、細胞内へ取り込まれたK+の一部を管腔側へ再分泌(リサイクル)することで輸送活性を維持する。管腔液にはNa+、Cl-に比べてK+が少ないので、K+リサイクルの仕組みが必要になる。
- [用語4]
- 上皮細胞:腎臓や腸などの表面を覆ってバリアを形成するとともに、吸収や分泌など選択的な物質輸送を担う細胞。管腔や外界に面する側を「頂端膜側(管腔側)」、組織液や毛細血管に面する側を「側底膜側」と呼び、それぞれに異なる膜輸送体が配置されることで、一方向性の物質輸送が可能になる。
- [用語5]
- 塩類細胞:魚類のエラなどに存在し、体内と周囲の水環境との間でイオン輸送を担う特殊な上皮細胞。海水環境では余分なNa+やCl-などの排出に、低塩分環境では環境水からのイオン取り込みに関与する。
- [用語6]
- Kcnj1(renal outer medullary potassium channel, Romk):代表的な K+リサイクリングチャネルの一つ。哺乳類の腎臓ではNkcc2と同じ細胞の管腔側細胞膜に存在し、K+を管腔側に分泌することでNkcc2の持続的な働きを支える。
- [用語7]
- K+リークチャネル:上皮細胞では側底膜側に存在する。膜電位の維持やNa+/K+-ATPaseの働きを支える役割を担う。
- [用語8]
- Na+-Cl-共輸送体(Ncc):Na+とCl-を1:1の比率で細胞内へ輸送する膜輸送体。哺乳類の腎臓ではNkcc2とは異なる部位に存在し、NaClの再吸収に関与する。真骨魚類では腎臓や膀胱においてNaClの再吸収を担う。
論文情報
- 掲載誌:
- American Journal of Physiology-Regulatory, Integrative and Comparative Physiology
- タイトル:
- Kcnj15, but not Kcnj1, localizes with Nkcc2 in the apical membranes of renal tubular and intestinal epithelial cells of marine pufferfish, Takifugu rubripes
- 著者:
- Yohei Sakamoto, Keiichiro Fujimori, Yutaka Suzuki, Akira Kato
研究者プロフィール
坂本 洋平 Yohei Sakamoto
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 博士後期課程3年
研究分野:魚類生理学
加藤 明 Akira Kato
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 准教授
研究分野:比較進化生理学、分子生理学
鈴木 譲 Yutaka Suzuki
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 教授
研究分野:ゲノム科学
関連リンク
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東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系
准教授 加藤 明
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