ポイント
- 長年未解明であったホップの性決定システムの解明に成功
- ゲノムを元にした詳細な解析に基づき、最新技術を用いて高精度のゲノム配列を決定
- さまざまな生物の性決定システムの理解が進むことを期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo)生命理工学院 生命理工学系の田中裕之助教、伊藤武彦教授および岡山大学、サントリーグローバルイノベーションセンター(株)などの研究チームは、ホップのゲノム配列を高精度に決定し、近縁のカナムグラのゲノム配列を含めた詳細な比較解析などを行うことで、長年未解明であったホップにおける性決定システムの解明に成功しました。
本研究の成果は、6月18日付(現地時間)の「Nature Plants」誌に掲載されました。
背景
多くの植物は花の中におしべとめしべを持つ両性花であり、自分自身で種子をつけることができます。一方、アサ科カラハナソウ属(ホップの他、カナムグラなど)はヒトと同じように個体ごとに性別が決まっており、一株だけでは子孫が作れず、雄株と雌株が必要です(図1)。なお、ビールにはホップの雌花のみを使用しています(図2)。また、ヒトなど哺乳類と同じように、ホップの雄株はX染色体とY染色体を持ち、雌株はX染色体を2本持つことが知られています。しかし、ヒトなどでは性を決定する遺伝子がY染色体上に存在する(XY型)のに対して、ホップのY染色体は性の決定には主要な役割を果たしておらず、X染色体の数(XA型)で決まります。
このことは半世紀以上前から知られていましたが、得られていたホップのゲノム情報が以前の技術では不完全なものであったことなどの理由により、その詳細なメカニズムはこれまで解明されていませんでした。


研究成果
今回の研究では、最新のゲノム解析技術を使用し、雌のホップ(ザーツ品種)と雄のホップそれぞれのゲノム配列を決定することで、染色体レベルで一本に繋がった高品質のゲノムを構築し、さらにはホップの近縁種であるカナムグラの雄のゲノムも構築した上で各種解析を行いました。その結果、初めてX、Y両染色体の構造や進化の過程を明らかにすることができました。さらに「XA型」の性決定システムに関連する遺伝子を特定するために、ホップおよびカナムグラのX染色体とY染色体について詳細な解析を行いました(図3)。

X染色体とY染色体のゲノム配列を比較したところ、特にエチレン受容体に類似した特定の遺伝子(EXER)が性決定に重要であることを見出しました。この遺伝子を発現すると雌の生殖器官の生長が増強されると同時に雄の生殖器官の生長が弱まり、逆に抑制すると雄の生殖器官が形成されることを確認しました。これにより、ホップをはじめとするアサ科植物の性別はX染色体に存在するEXER遺伝子によって決定されることが分かりました(図4)。

今後の展開
今回の研究で、ホップを含むアサ科植物のXA型の性決定システムが解明され、さらなる性決定システムの多様性が示されました。この研究をもとに植物に限らず、あらゆる生物の性システムの理解が進むことが期待されます。また、香味や生育の優れたホップ品種の開発にも活かされることが見込まれます。
付記
本研究は、JSPS 科学研究費助成事業 22H02598、22H05172、22H05173 およびJST戦略的創造研究推進事業 さきがけJPMJPR20D1の支援を受けて行われました。
論文情報
- 掲載誌:
- Nature Plants
- タイトル:
- Evolution and functioning of an X–A balance sex-determining system in hops
- 著者:
- Takashi Akagi, Tenta Segawa, Rika Uchida, Hiroyuki Tanaka, Kenta Shirasawa, Noriko Yamagishi, Hajime Yaegashi, Satoshi Natsume, Hiroki Takagi, Akira Abe, Miki Okuno, Atsushi Toyoda, Kyoko Sato, Yuka Honniden, Cheng Zhang, Koichiro Ushijima, Josef Patzak, Lucie Horakova, Vaclav Bacovsky, Roman Hobza, Deborah Charlesworth, Takehiko Itoh, Eiichiro Ono
研究者プロフィール
田中 裕之 Hiroyuki TANAKA
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 助教
研究分野:植物ゲノム
伊藤 武彦 Takehiko ITOH
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 教授
研究分野:ゲノム情報解析