ポイント
- 地球中心核に相当する高温高圧下で、面心立方鉄水素化物が超イオン状態で存在することを示唆
- 超イオン状態に特長的な熱膨張異常を観測するとともに、水素移動度の温度依存性を実験的に定量
- 地球内核の地震波速度異常や地球内部の進化の解明につながることに期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 理学院 地球惑星科学系の長屋慶大博士後期課程学生、岡崎雄祐博士後期課程学生、太田健二教授、愛媛大学 先端研究院 地球深部ダイナミクス研究センターの出倉春彦講師らの研究チームは、鉄–軽元素合金の一種である面心立方鉄水素化物(fcc FeHX)が高温高圧下で超イオン状態[用語1]になることを示唆する実験的兆候を、世界で初めて確認しました(図1)。
地球の中心に存在する内核の組成は、密度や地震波伝播速度などの観測値をもとに、鉄・ニッケルに加えて水素、酸素、炭素などの軽元素が含まれた合金であると推定されています。しかし地震波観測から示される内核の弾性は、実験や理論計算から求められている鉄–軽元素合金の弾性とは合わず、詳細な理由は未だに分かっていません。内核の特異な弾性の成因として、近年の理論計算では、鉄–軽元素合金の「超イオン状態」が重要になることが示唆されています。鉄–軽元素合金の場合、鉄格子は通常の固体のままで、軽元素だけが高速で拡散します。鉄–軽元素合金の超イオン状態は超高圧・超高温条件でのみ存在するため、これまで実験で観察されたことはありませんでした。
本研究では、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル装置[用語2]を用いて、大型放射光施設SPring-8 BL10XU[用語3]において実験を行いました。結果として、FeHXを圧力一定条件で温度を変化させた時、予測された超イオン状態への相転移温度付近でλ型の熱膨張率異常[用語4]が観察されること、また水素の移動度が急激に上昇することを明らかにしました。これらの結果は、地球内核の条件下で実際に鉄–軽元素合金が超イオン状態で存在することを強く示唆するものです。さらに、実験から見積もられた内核条件下の水素の移動度は従来の理論予測よりも低く、内核の半径程度の距離(約1,200 km)を水素が移動するためには、地球の年齢の100倍以上の時間がかかってしまうことが分かりました。
本成果は、6月9日付の「Nature Geoscience」誌に掲載されました。
背景
地球の中心から半径3,500 kmまでの領域は核と呼ばれ、液体の外核と固体の内核に大別されます。核は地球全体の8分の1程度の体積しか持ちませんが、非常に重く高温であるため地球全体のエネルギーの3分の1を保持しています。そのため、地球の歴史を考える上では非常に重要な研究対象です。核の中心部である内核では、圧力は約360万気圧、温度は数千度にも達します。人類の掘削可能範囲(深さ約10 kmまで)をはるかに超えたこの領域について研究するためには、このような極限環境における物質の性質を調べることが必要です。
また、物質を伝播する地震波には縦波と横波の2種類があり、内核を伝わる横波の速度は縦波の速度と比べて非常に遅いことが知られています。地震波の伝わる速度は物質の弾性によって決まりますが、以上に示したような内核の弾性は、既存の鉄–軽元素合金の弾性データでは説明できず、地球科学上の第一級課題として盛んに研究されています。
太陽系に存在する物質から推定すると、核は基本的に鉄とニッケルでできており、密度や地震波伝播速度などの観測から、核には少量の軽元素が含まれていると考えられています[参考文献1]。軽元素の候補はいくつかありますが、広い圧力範囲で鉄との親和性が高い水素が有力な候補の1つと言われています[参考文献2、3、4、5]。近年の理論計算によると、内核条件では鉄水素合金中の水素が鉄格子中で高速に拡散することが示唆されており[参考文献6、7、8]、「超イオン状態」と呼ばれるこの状態においては、通常の固体とは異なる弾性を示すことが考えられます。しかしながら、最低でも数十万気圧を超える超高圧、1,000 Kを超える高温条件での実験の難しさから、超イオン状態の存在は実験的には明らかにされていませんでした。もし、超イオン状態の存在を明確に示すことができれば、内核の弾性に関する研究の進展にも寄与することが期待されます。
研究成果
共同研究チームは、面心立方鉄水素合金(fcc FeHX)試料をダイヤモンドアンビルセル中で合成し、高温高圧条件下の試料のX線回折測定を行いました。まず、圧力一定のまま温度を変化させ、鉄の格子体積から評価される水素のみかけ体積(ΔVH)の温度依存性を調べました。その結果、約1,500–1,800 KにおいてΔVHが一時的に増大するλ型の熱膨張異常を観察しました。この現象は、他の物質の超イオン相転移でも観察されるものです[参考文献9]。
さらにfcc FeHXに電圧をかけた状態で、圧力一定のまま温度を上昇させたところ、約1,600 K付近で試料中の水素分布が急激に変化しました。急冷後にX線回折マッピングを行うと、陽極側に水素が濃集し、陰極側では水素が希薄になっていることが確認されました。これは、高い速度で水素が電場に応じて移動していることを示しており、鉄水素合金が超イオン状態になっている重要な傍証です。
この実験結果から見積もられた内核条件での水素の移動度は、理論計算で予想されていた値よりも低いことが分かりました。実験値から計算すると、内核中の水素が熱力学的に最適化された状態になるには、地球の年齢を大幅に上回る時間が必要になってしまいます。我々の結果は、鉄水素合金が超イオン状態に達したとしても、地球内核全域にわたる長距離スケールでの水素拡散は、地球史の時間スケールではほとんど進行しないことを示唆しています。
今後の展開
太陽での元素の存在度、隕石の組成、初期地球の元素分配モデルなどの研究によると、地球の内核には、水素のほかにも炭素、酸素、ケイ素、硫黄などのさまざまな軽元素が含まれると考えられています。したがって、「内核は超イオン状態になっているのか」という問いに答えるためにはこれら他の軽元素についても、高温高圧実験を行う必要があります。本研究で採用した、熱膨張率や軽元素の移動度に着目し鉄–軽元素合金の超イオン状態への相転移を確認・定量する手法を他の鉄–軽元素合金に適用していくことが求められます。
また、内核の特異な弾性異方性のメカニズムを明らかにするためには、内核に対応する超高温高圧での鉄–軽元素合金の弾性を定量することが必須ですが、本研究ではその実現には至りませんでした。高温高圧条件での物質の弾性測定は非常に困難ですが、共同研究チームには実験・理論計算両面でこれを求める基盤が整っています。
付記
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JSPS科研費)24KJ1090、25KJ1233、24H00266の支援を受けて行われました。
また、放射光実験は SPring-8 BL10XU において、2023A、2023B、2024A、2024B、2025Aの課題のもとで実施されました。
参考文献
- [参考文献1]
- Hirose, K., Wood, B., & Vocadlo, L. (2021). Light elements in the Earth’s core. Nature Reviews Earth & Environment, 2(9), 645-658.
- [参考文献2]
- Iizuka-Oku, R., Yagi, T., Gotou, H., Okuchi, T., Hattori, T., & Sano-Furukawa, A. (2017). Hydrogenation of iron in the early stage of Earth’s evolution. Nature Communications, 8(1), 14096.
- [参考文献3]
- Tagawa, S., Helffrich, G., Hirose, K., Ohishi, Y. (2022). High-Pressure Melting Curve of FeH: Implications for Eutectic Melting Between Fe and Non-Magnetic FeH. Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 127(6), e2022JB024365.
- [参考文献4]
- Mita, S., Tagawa, S., Hirose, K., Ikuta, N. (2025). Fe-FeH Eutectic Melting Curve and the Estimates of Earth's Core Temperature and Composition. Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 130(1), e2024JB029283.
- [参考文献5]
- Hirose, K., Tagawa, S., Kuwayama, Y., Sinmyo, R., Morard, G., Ohishi, Y., Genda, H. (2019). Hydrogen Limits Carbon in Liquid Iron. Geophysical Research Letters, 46(10), 5190-5197.
- [参考文献6]
- Wang, W., Li, Y., Brodholt, J.P., Vocadlo, L., Walter, M.J., Wu, Z. (2021). Strong shear softening induced by superionic hydrogen in Earth's inner core. Earth and Planetary Science Letters, 568, 117014.
- [参考文献7]
- He, Y., Sun, S., Kim, D. Y., Jang, B. G., Li, H., & Mao, H. K. (2022). Superionic iron alloys and their seismic velocities in Earth’s inner core. Nature, 602(7896), 258-262.
- [参考文献8]
- Yang, H., Dou, P., Xiao, T., Li, Y., Muir, J.M.R., Zhang, G. (2023). The Geophysical Properties of FeHX Phases Under Inner Core Conditions. Geophysical Research Letters, 50(22), e2023GL104493
- [参考文献9]
- Roberts, R.B., White, G.K. (1986). Thermal expansion of fluorites at high temperatures. Journal of Physics C: Solid State Physics 19(36), 7167–7172.
用語説明
- [用語1]
- 超イオン状態:通常の固体結晶では、構成原子はおおよそ定まった結晶格子位置または格子間位置の周辺にとどまり、長距離にわたって拡散することはない。一方、特定の温度・圧力条件下では、一部の原子種のみが高い移動度を示し、固体の結晶骨格を保ったまま、格子間を長距離拡散する状態が現れることがある。このような状態を超イオン状態と呼ぶ。本研究では、鉄の結晶格子中を移動する水素を対象としている。
- [用語2]
- ダイヤモンドアンビルセル装置:ダイヤモンドを用いた小型の高圧装置(下図A)。ダイヤモンドは圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)として用いられる(下図B)。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料を入れて2つのダイヤモンドアンビルで挟み込むことで高圧を発生させる。ダイヤモンドの先端のサイズを小さくすることで、地球中心部に相当する圧力の発生が可能。
- [用語3]
- SPring-8 BL10XU:兵庫県播磨にある大型放射光施設SPring-8の10番目のビームライン。ダイヤモンドアンビルセルを用いた超高圧におけるX線回折測定実験に特化している。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波。BL10XUの場合は電磁波の中でも30 keVの単色X線を用いて実験を行うことができる。
- [用語4]
- λ型の熱膨張率異常:二次以上の相転移に伴ってしばしば観察される現象の1つ。「λ型相転移」というと、通常は、温度に対する比熱のグラフがギリシャ文字のλの形に似た鋭いピークを示すものを指す。λ型相転移では比熱の他にも熱膨張、体積弾性率などの物理量も温度に対して鋭いピークを持つことが熱力学的に示されている。特に物質の秩序や対称性に関わる相転移ではλ型のピークがしばしば現れ、水や蛍石の超イオン相転移においてもλ型の熱膨張率異常が観察されている。
論文情報
- 掲載誌:
- Nature Geoscience
- タイトル:
- Experimental indications of superionic behaviour in iron hydride under Earth’s core conditions
- 著者:
- Yoshihiro Nagaya, Yusuke Okazaki, Haruhiko Dekura, Kenji Ohta
研究者プロフィール
長屋 慶大 Yoshihiro Nagaya
東京科学大学 理学院 地球惑星科学系 博士後期学生
研究分野:高圧地球科学、高圧物性物理学
岡崎 雄祐 Yusuke Okazaki
東京科学大学 理学院 地球惑星科学系 博士後期学生
研究分野:高圧地球科学、高圧物性物理学
出倉 春彦 Haruhiko Dekura
愛媛大学 先端研究院 地球深部ダイナミクス研究センター 講師
研究分野:高圧地球科学、計算物質科学
太田 健二 Kenji Ohta
東京科学大学 理学院 地球惑星科学系 教授
研究分野:高圧地球科学、高圧物性物理学