クリック反応を使った自在な高分子合成手法の開発に成功

2025年6月27日 公開

従来の高分子合成手法の常識を覆す、機能性材料開発技術

ポイント

  • クリック反応を応用した新たなリビング重合反応を開発
  • 選択的に成長する反応を見出し、成長方向、反応停止・再成長の制御が可能
  • アルキン基・アジド基を含む構造であれば、望みの構造制御された高分子となる

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の佐藤浩太郎教授と名古屋大学の上垣外正己教授らの研究チームは、クリック反応[用語1]に基づく新たな高分子合成法「制御/リビングクリック重合」の開発に成功しました。本手法では、適切な開始剤を設計し、1分子内にアジド基とアルキン基[用語2]を併せ持つAB型モノマーを用い、銅触媒下での高効率なクリック反応を活用することで、ポリマー鎖が精密に成長するという前例のない反応制御が可能となりました。

クリック反応は2022年ノーベル化学賞を受賞したバリー・シャープレス氏らが提唱した注目の反応ですが、クリック反応を使って高分子を作る反応(重合反応[用語3])は、一般に逐次成長型に分類され、これまで構造制御が困難とされてきました。本研究では、開始剤の設計により反応中に生成するトリアゾール構造が触媒を局所的に捕捉し、重合がポリマー末端で選択的に進行する連鎖成長型メカニズムが進行することを実証しました。さらに、設計された開始剤の種類によって、2つの成長方向や末端構造を自在に制御できることも明らかにされました。この手法により、分子量分布[用語4]の狭い高分子や両末端に官能基を有する高分子が合成可能であり、ブロック共重合体[用語5]の構築にも応用できることが確認されました。今回の成果は、クリック反応を用いた高分子合成の常識を覆す革新的な進展であり、高機能材料の開発やナノ構造体の設計、生体材料などへの幅広い応用が期待されます。

本成果は、米国化学会が出版する学術雑誌「Journal of the American Chemical Society」誌に6月13日付(米国東部時間)で掲載されました。

背景

高分子を作る反応(重合反応)において、分子量や構造、末端官能基を精密に制御できる「リビング重合[用語6]は、次世代の高機能材料開発に欠かせない基盤技術として注目されてきました。リビング重合により設計通りの構造を持つ高分子(ポリマー)を得ることができ、ブロック共重合体などの特殊構造ポリマー、ナノ構造材料、生体適合材料などの合成・開発に広く応用されてきました[参考文献1]。著者らも長年に渡って「リビング重合」の研究を行ってきましたが、通常、この重合を適用できるのは、特殊な例[参考文献2]を除いて連鎖成長型の重合のみであり、使用できるモノマーの種類などに制限がありました。

一方、近年、「クリック反応」と呼ばれる銅触媒によるアジドとアルキンの高効率な環化付加反応が注目を集めています。この反応は温和な条件で進行し、副生成物が少なく、環境適合性にも優れており、提唱者であるバリー・シャープレス氏らは2022年のノーベル化学賞の対象にもなりました[参考文献3]。クリック反応のポリマー合成への応用も盛んに試みられていますが、重合反応に従来のクリック反応を用いても、分子量制御が困難な逐次成長型の反応が生じて、多分岐などの例を除き[参考文献4]、精密構造制御には限界がありました。

こうした背景から、クリック反応を用いて制御可能で連鎖的なリビング重合を新たに開発することができれば、高分子合成の常識を覆す革新的な発明となると考え、本研究の着想に至りました(図1)。

図1.制御/リビングクリック重合のイメージ図

研究成果

東京科学大学 物質理工学院の坂井里誌大学院生(博士後期課程、論文投稿当時)および佐藤浩太郎教授、名古屋大学 工学研究科の上垣外正己教授らの研究グループは、クリック反応に基づく新たな高分子合成手法「制御/リビングクリック重合」の開発に成功しました。本手法では、1分子内にアルキン基(A)とアジド基(B)の両方を有するAB型モノマーを用い、研究チームが独自に設計した開始剤と銅触媒との組み合わせにより、ポリマー鎖が2つの成長方向のいずれにも成長できるという前例のない高精度な反応制御を実現しました。開始剤としては、アジド型およびアルキン型の1〜3官能のものを使用することができ、特に3官能開始剤を用いると高度に制御されたポリマーが得られました(図2)。

図2.制御/リビングクリック重合の開始剤とモノマー

この重合では、クリック反応で生じたポリマー鎖中にあるトリアゾール基が銅触媒を捕捉し、成長反応がポリマーの末端にある官能基のみに集中することで、リビング重合のような連鎖成長挙動が成立すると考えられます。実際に得られたポリマーの数平均分子量[用語7]は開始剤1分子からポリマー1分子が生成すると仮定した理論値に近く、重量平均分子量と数平均分子量の比で表される分子量分布も非常に狭い(Mw/Mn ≈ 1.1)ものが得られ、分子量分布が広い従来の逐次型の重合(Mw/Mn ≈ 2)では不可能であった高い構造制御性を示しました(図3)。また、モノマーを追加投入することでさらなる成長反応が可能であり、「リビング重合」の証拠ともいえる特徴も明確に確認されています。さらに、それぞれの開始剤から得られたポリマーの詳細な構造解析から、生成したポリマーの成長末端は開始剤の構造に起因するアジドもしくはアルキン末端をもっており、2つの成長方向に成長したものであることが証明されました(図4)。

本重合は、水中でも進行可能、容易な精製で良い、保護基を使用しないで良いなどの温和な条件下で反応が可能となるクリック反応の特徴をそのまま引き継いでいます。開始剤としては、2官能や1官能の開始剤を用いることも可能であり、その際は制御された直鎖状のポリマーを生じることも明らかになりました。さらに、2官能開始剤を用いた場合に、異なるモノマーを段階的に重合することで、ABA型ブロック共重合体のような高次構造の精密合成にも応用できることを示しました。これにより、今後の機能性材料への展開が大きく広がると期待されます。

図3.制御/リビングクリック重合で得られたポリマーの分子量Mnと分子量分布Mw/Mn
図4.制御/リビングクリック重合で得られたポリマーの質量分析
各ピークはポリマーの絶対分子量を示す。2つの成長方向で生じたが、ピーク間に対応する繰り返し構造単位の分子量は同じである。

社会的インパクト

本研究成果は、クリック反応を用いて、これまで難しいとされてきた「制御/リビングクリック重合」を可能にしたという点で、材料科学における大きなブレークスルーといえます。従来のリビング重合は、高度に制御された反応条件など精密さを必要とすることが多く、取り扱いが難しく、使用可能なモノマーに制限があるなどの課題がありました。一方で、制御/リビングクリック重合反応は比較的温和な条件で反応が進行し、アジド基とアルキン基さえあれば良いというモノマー設計に拡張性があり、かつ従来のクリック反応の利点(高効率・環境適合性・副生成物が少ないなど)を保ったまま、構造精度の高いポリマーが得られるという点で、産業応用の観点からも極めて魅力的です。

特に、高分子自己組織化など、分子レベルの構造制御が求められる医薬やエレクトロニクス分野での材料開発を大きく加速させる可能性を持っています。また、ブロック共重合体や両末端官能ポリマーなどの精密構造体を合成できることで、ナノ構造制御、生体適合材料、刺激応答性材料など、次世代マテリアル設計における基盤技術としての広範囲への展開が期待されます。

今後の展開

今回開発された「制御/リビングクリック重合」は、アジド基とアルキン基を有する任意のモノマーに適用可能であり、今後はモノマー設計の自由度を活かして、さまざまな機能性を持つポリマーへと応用が期待されます。たとえば、生分解性モノマーや植物由来モノマーとの組み合わせにより、環境配慮型ポリマーの設計にも道が開けます。モノマー設計の自由度を活かした材料設計については、現在更なる研究を進めています。

また、本技術を基盤としたブロック共重合、ネットワーク構造、グラフトポリマー、ミクロ相分離型材料の開発など、より複雑かつ機能的な高分子構造体の構築が可能になります。今後は他の反応系への拡張、可視光応答型触媒との統合など、応用研究との融合によって、エネルギー材料・医療材料・ソフトマテリアルなど多方面での応用展開が加速すると期待されます。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)CREST(課題番号:JPMJCR1992)およびSPRING(課題番号:JPMJSP2106、JPMJSP2180)、⽇本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:JP19H00910、JP22H00329)などの⽀援により実施されました。

参考文献

[1]
"Polymer Science: A Comprehensive Reference", K. Matyjaszewski and M. Möller, eds., Elsevier, Oxford, UK, 2012.
[2]
Yokozawa, T.; Yokoyama, A. Chem. Rev. 2009, 109, 5595-5619.
[4]
Shi, Y.; Graff, R. W.; Cao, X.; Wang, X.; Gao, H. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, 54, 7631-7635.

用語説明

[用語1]
クリック反応:ノーベル化学賞を受賞した簡便かつ高効率で結合が可能な化学反応であり、医薬品や高分子材料の合成に広く用いられている。アジドとアルキンの環化付加反応(ヒュスゲン環化付加)に代表される。
[用語2]
アジド基、アルキン基:いずれもクリック反応における反応基であり、アジド基(―N3)とアルキン基(C≡C―)が環化付加を生じることで結合が形成される。
[用語3]
重合反応:モノマーが多数結合し、高分子(ポリマー)となる反応である。反応様式により連鎖型の重合と逐次型の重合に分類される。
[用語4]
分子量分布:高分子の分子量のばらつきを示す値であり、数値が小さいほど均一な構造を示す。
[用語5]
ブロック共重合体:異なる性質を持つ高分子が1分子内でブロック状に連結した構造を持ち、多機能材料として利用される。
[用語6]
リビング重合:連鎖型の重合において、反応の途中で活性が失われず、構造制御が自在に行える重合手法である。
[用語7]
数平均分子量:高分子の質量の平均的な大きさを示す指標であり、分子数で重み付けした平均値である。理想的なリビング重合ではモノマーと開始剤の分子数の比にモノマー分子量を掛けた値となる。

論文情報

掲載誌:
Journal of the American Chemical Society
タイトル:
Controlled/″Living″ Click Polymerization with Possible Bidirectional Chain-Growth Propagation during Polyaddition
著者:
Satoshi Sakai, Takuya Nakamura, Seiichiro Uchida, Yuto Nakauchi, Mineto Uchiyama, Tomohiro Kubo, Masami Kamigaito, and Kotaro Satoh*
(坂井 里誌、中村 拓哉、内田 誠一郎、中内 悠人、内山 峰人、久保 智弘、上垣外 正己、佐藤 浩太郎*)

研究者プロフィール

坂井 里誌 Satoshi SAKAI

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 大学院生(博士後期課程、論文投稿当時)
研究分野:高分子合成

佐藤 浩太郎 Kotaro SATOH

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 教授
研究分野:高分子合成

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