小惑星リュウグウの粒子が秘める「宇宙の謎」に迫る

好奇心を解き放つ!科学の扉

2025年5月27日 公開

理学院 横山哲也 教授

人物写真:横山哲也教授

我々が暮らす太陽系は約46億年前に誕生したと推測されるが、その形成過程は多くの謎に包まれている。太陽系や地球はどのように生まれ、進化したのか。そして、生命はいかにして誕生したのか。この壮大な問いを解き明かす鍵になるのが、隕石をはじめとする地球外物質だ。小惑星などに由来する隕石は、初期太陽系の情報を今に伝える、いわば「太陽系の化石」である。これらの隕石の化学組成や同位体組成を分析[用語1]すれば、その母天体がいつ、どのように形成され、いかなる変化をたどってきたのかを突き止めることができ、太陽系の成り立ちに迫る手掛かりが得られるのだ。

これまで地球に飛来した約7万個の隕石は、世界中の研究者たちの手で分析が進められてきた。だが、隕石には「母天体の正確な特定が難しい」「大気圏突入時の熱による影響や地球環境による汚染を受ける」といった課題もある。これを解決する方法が、宇宙探査により天体から直接試料を採取する「サンプルリターン」だ。代表例は、アメリカ航空宇宙局(NASA)のアポロ計画による「月の石」の採取。日本では2010年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「はやぶさ」が、度重なるトラブルに見舞われながらも、S型小惑星[用語2]イトカワから微粒子を持ち帰ることに成功。小惑星からのサンプルリターンを世界で初めて成し遂げ、大きな話題を呼んだ。

その後継機である「はやぶさ2」が宇宙へ旅立ったのは2014年。探査技術の確立が目的であり工学ミッションの性格が強かった初代はやぶさに対し、はやぶさ2に課せられた任務は、太陽系の進化や水、有機物の起源に迫ること。太陽系形成初期の姿を留める始原的な天体であり、水や有機物を含むC型小惑星[用語2]リュウグウで約5.4gの試料を採取、2020年12月に地球に帰還した。人類が初めてC型小惑星から直接入手した試料は、果たして何を物語るのか。太陽系や地球の歴史をひもとく糸口はあるのか。その分析結果に、世界から大きな期待が寄せられている。

ピックアップ

「サンプルリターン」が拓く可能性

宇宙探査により天体から試料を持ち帰るサンプルリターンは、人類が到底入手できなかった物質の分析を可能にした。これまで月や小惑星、太陽風や彗星のダストの粒子が地球に届けられ、多くの新たな知見をもたらしている。

隕石は初期太陽系の姿を伝える「化石」

小惑星や火星、月から飛来する隕石は、太陽系がたどったプロセスや惑星の内部構造を知る上で重要な試料。その化学組成によって、コンドライト、エイコンドライト、石鉄隕石、鉄隕石の4つに大別される。

地球と宇宙の歴史に「化学」で挑む

岩石などの地球上の物質、あるいは地球外物質を化学的に分析し、地球や太陽系の成り立ちの解明を目指すのが宇宙地球化学の分野。宇宙については物質の直接分析の他、天体望遠鏡を用いて分光観測を行う方法もある。

“「はやぶさ2」が持ち帰った5.4gの試料には、太陽系46億年の歴史が刻まれています”

人物写真:横山哲也教授

リュウグウの化学組成から、これまでの定説を覆す新たな宇宙の姿が見えてきた

「はやぶさ2」が採取した試料は、JAXAでキュレーションと呼ばれる基礎的な分析・記録を行った後、初期分析を担う6つのチームへ送られました。私は宇宙地球化学分野で長年隕石の研究を手掛けてきた経験を踏まえ、その1つである「化学分析チーム」の副リーダーを担当。試料を溶液化して元素を測定する「湿式化学分析」の手法を用いて、2021年6月よりリュウグウの化学的特徴を探る研究に着手しました。

まず取り組んだのは化学組成の分析、いわゆる成分表の作成です。2地点から採取された試料のうち、届いたのはそれぞれ0.03g。これに酸を加えて溶かし、四重極型ICP質量分析計にかけて元素の存在度を測定したところ、非常に興味深い結果が得られたのです。それは、「リュウグウはイヴナ型炭素質隕石(CIコンドライト)とほぼ同様の組成を持っている」ことでした。

大半の隕石は、長い歴史の中で熱などの影響により化学組成が変化していますが、イヴナ型の隕石は太陽系形成時の組成を最もよく保持しています。その数は7万個の隕石のうちわずか9個しかなく、非常に希少な存在とされてきました。しかし、リュウグウ、さらには2023年にNASAの探査機「OSIRIS-REx」が持ち帰った小惑星ベンヌの試料も、イヴナ型と同じ組成を示したのです。これらの事実から、何らかの理由で地球に到達していないだけで、小惑星帯にはイヴナ型隕石と同様の組成を持つ天体が多数存在する可能性が出てきました。まだ仮説の段階ですが、我々が思い描いていた太陽系と、実際の姿は大きく異なるかもしれません。この新たな手掛かりを得られたのは大きな成果であり、探査の意義を改めて証明する形となりました。

独自の化学処理技術が導いた、小惑星の「故郷」を巡る新事実

次に、粒子の起源や年代、形成プロセスなどを解明すべく、同じ元素でありながら質量が異なる同位体の分析を行いました。手順としては、イオン交換クロマトグラフィー[用語3]を用いて元素を分離した後、分析機器で同位体の比率を測定します。前処理にあたる元素の化学分離では、溶液化した試料から1種類の元素を分離し、残りの溶液を廃棄する作業を繰り返し、複数の元素を取り出す方法が一般的です。しかし、リュウグウの貴重な試料を捨てるわけにはいかないため、私は独自に開発した技術を駆使して、溶液を無駄にすることなく十数種類の元素を回収しました。世界でもほとんど例がないこの技術こそ、横山研究室の強みであり、リュウグウサンプルを託された大きな理由だったのです。

そして、この同位体分析からも面白い結果が得られました。隕石は同位体組成の違いによって、木星より内側で誕生した天体と、外側で誕生した天体の2グループに大別されます。しかし、リュウグウとイヴナ型隕石はいずれにも属さず、第3のグループを形成していました。さらに注目すべきは、両者が共に蒸発しやすい揮発性元素を失っていないこと。つまり、木星の「外側」よりさらに遠く、太陽の熱が届かない天王星・海王星領域で生まれた後、火星と木星の間にある小惑星帯へ運ばれたと考えられるのです。

この他にも、化学分析チームによる初期分析を通して数々の重要な示唆が得られました。リュウグウの試料は今後、間違いなく「太陽系の新たなものさし」として国際的に活用されていくでしょう。我々自身も、ミスが許されない環境下で、希少な試料に本気で挑んだ経験は大きな学びになりました。今回のノウハウは、前述の小惑星ベンヌの分析や、JAXAが2026年の打ち上げを目指している火星衛星探査計画(MMX)などにも役立てることができるはずです。

地球環境の汚染を防ぐクリーンルームで、リュウグウ試料の分析に着手

リュウグウサンプルが運び込まれたのは、エアフィルターを介した空気循環を行うクリーンルーム。専用のグローブボックスが設置され、環境からの汚染を極限まで防いだ。ここで溶液化や元素の化学分離を行った試料は、別の実験室にある分析機器群へ。大勢のメンバーを束ねる立場になった今も、現場に身を置き、自ら分析を行うのが横山流だ。「研究におけるモットーは、『常に現役でいる』こと。細かな手作業も多い湿式化学分析は、ある種クラシカルな手法ですが、知識と技術次第で最高精度のデータを出せると自負しています」

地球環境の汚染を防ぐクリーンルームで、リュウグウ試料の分析に着手

“太陽系が歩んだ「過去」の道のりを知ることは、地球と人類の「今」、そして「未来」を知るための大きなヒントになるでしょう”

「人類のルーツを知りたい」という根源的な欲求が、研究の原動力

宇宙の図鑑に夢中になった幼少期、天文部で星の動きを追った高校時代が、私の研究者としての原点です。大学では火山の岩石の化学分析を行っていましたが、アメリカでの研究活動をきっかけに、30代半ばにして対象を宇宙に広げました。主に取り組んできたのは、太陽系形成以前に存在していた「プレソーラー粒子」の研究です。始原的な隕石に含まれ、特異的な同位体組成を持つこの粒子は、初期太陽系における激しい物理化学プロセスを生き残ったもの。その分析を通じて太陽系形成前の宇宙の姿を解明し、元素の起源や、銀河における化学組成がどのように進化してきたのかを探ろうとしています。

ゴーギャンの『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』という有名な作品がありますが、この問いこそが私を研究へと駆り立てる動機そのものです。太陽系の起源を知りたい、自分のルーツを知りたいという知的好奇心は、今なお衰えることはありません。分析はトライアンドエラー、もっと言えば失敗の連続ですが、世界初のデータを目にする瞬間の喜びと高揚感は何物にも代え難く、今日まで研究に取り組んできました。

宇宙の始まりから連綿と続く「過去」を知ることは、「現在」と「未来」を知ることにつながります。地球はこの先どうなるのか、人類は何をすべきなのか。そのヒントは、太陽系が歩んだ膨大な歴史の中にあるはずなのです。目の前の研究で解明できるのは、壮大な宇宙のほんの一部かもしれません。それでも、まだ見ぬフロンティアを求めて挑み続けることが、我々研究者の使命だと考えています。

用語説明

[用語1]
同位体分析:同じ原子番号を持ちながら、中性子の数および質量数が異なる「同位体」の存在比や濃度を測定することで、物質の起源や年代、形成過程、過去の海水の温度などを導き出す分析手法。
[用語2]
S型/C型小惑星:小惑星表面の組成による分類。S型は岩石質で、普通コンドライトと呼ばれる隕石の母天体。C型は有機物や水を含むと考えられ、炭素質コンドライトの母天体。
[用語3]
イオン交換クロマトグラフィー:原子や分子が持つ電荷の違いを利用し、液体試料中の元素を分離・精製する技術。環境サンプル、食品、薬品などの分析に幅広く活用されている。

My future research

宇宙の次なる謎を解く鍵は、「探査」「分析」「理論研究」の分野を越えた融合にある

地球と宇宙を科学的に探究する地球惑星科学の分野は、天文学、物理学、化学、生命科学など多様な領域が関わっています。これまで各領域はほとんど交流がありませんでしたが、さらなる謎の解明には分野を越えた協業が不可欠です。特に、化学分析で突き止めた「証拠」に至るプロセスを明らかにするには、物理学の理論が生かせるはず。「探査」「分析」「理論研究」の融合により新発見を導くこと、今後のサンプルリターンに貢献できる後継者を育成することが、次の10年の目標です。

プロフィール

横山哲也(Tetsuya Yokoyama)

理学院 地球惑星科学系 教授

人物写真:横山哲也教授

1998年、東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程単位取得満期退学。岡山大学固体地球研究センターの研究員等を経て、2005年よりアメリカ・メリーランド大学にてリサーチアソシエイトを務める。2007年に東京工業大学(現・東京科学大学)に着任、2017年より現職。博士(学術)。

関連リンク

取材日:2024年11月20日/大岡山キャンパスにて

お問い合わせ

広報課